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13話


「静粛に! これより国王陛下のお言葉を賜る」


 会場の奥から、マテス宰相の声があがった。

 一瞬にして会場が静まり返った。

 そして布の奥の影が動く――と同時に、多くの貴族が自分の席へと戻った。


「皆の者、よく集まってくれた。クロワツ卿、今年も素晴らしいワインの提供、感謝する」

「勿体なきお言葉です。すべては三十年前に陛下の援助があってこそのワインでございます」

「謙遜はいい。卿のワインに対する愛情は知っている。ただし、ワインに凝りすぎて妻に愛想をつかされないようにな」


 陛下がそう言うと、会場にどっと笑いが溢れた。

 少し恥ずかしそうにクロワツ侯爵は顔を伏せた。侯爵のワインへの情熱が原因で夫婦喧嘩が起こるのは、貴族の間では有名な話だったからだ。


「はい、肝に銘じて」

「うむ――今宵はマテス宰相が特別な趣向を用意している。皆、最後まで存分に楽しんでいってくれたまえ」


 国王が挨拶を終わった。乾杯の宣誓はなく、その場にいた全員が一様に頭を下げた。

 十秒における低頭の時間は、まるで時が停まっているかのような空間を生み出した。そして、十秒が経過したころ、身分の高い者たちが頭を上げ、下っ端の貴族や俺のような平民たちは余裕をもって十五秒から二十秒くらい経過してから頭を上げた。

 クイーナはまだ頭を下げたままだったので、「もういいぞ」と囁いてやる。

 そして、席についたところで、料理が運ばれてきた。

 スープ、前菜と次々に運ばれてくる料理に俺は舌鼓を打つ。


「子羊のソテーです」


 メインディッシュとして運ばれてきた料理の名前を聞いて、俺は一瞬硬直した。

 しかし、肉を切り分けて俺は安堵した。なるほど、これは最初の罠だ。


「どうしたのですか、タイガさん?」


 隣の席に座っていたユマが俺に尋ねた。


「あぁ、料理人の気遣いに感動していたんだよ」

「そうなのですか。とても美味しいですからね」

「ああ。クイーナは緊張して味がわかっていないのが残念だ。こっそり余ったパンをインベントリに入れて持ってかえれないかな」

「やめてくださいね」

「勿論、冗談だよ」


 俺は笑って言った。

 そして、デザート……はない。肉料理ですべてのコースは終わりとなる。

 さて、俺もコネを作りに行こうか――そう思った時だった。


「楽しんでいるかね、冒険者くん」


 そう言って俺の席にやってきたのは、先ほどマテス宰相の取り巻きをしていた貴族のひとりだ。名前は確か――


「これはこれはグナイツ男爵様。このような末席にまでおいでいただけるとは――本来でしたら私の方から挨拶に行くべきでしたのに。はい、とても素晴らしい食事ばかりでとても満足いたしました」

「とても美味しかったか。肉料理はどうだったかね?」

「ええ、とても美味でした」


 俺がそう言うと、グナイツ男爵が非常に満足そうな笑みを浮かべた。

 やはり、こいつの仕業か。


「特に、料理人の心遣いに痛く感銘をうけました」

「心遣い?」

「はい。私は北国の――サクティス王国の生まれなのです」


 俺がそう言ったら、グナイツ男爵が不思議そうな顔を浮かべた。

 北国と肉料理の関連性がわからなかったのだろうか?

 そして、なにやら結論に至ったようだ。


「なるほど、北国の人間は濃い味付けの料理を好むという。確かに今宵の肉料理は香辛料もふんだんに使われていたからな」

「タイガさん、サクティス王国の出身だったんですね。あれ? ……でもサクティス王国の人間は子羊を食べるのを禁じられているのではありませんでしたか?」


 それに気付いたのはユマだった。

 極寒の地において、羊毛はとても重要であり貴重である。靴にも羊毛が使われているくらいだ。そのため、羊毛があまりとれない子羊の状態で、食べることを禁止したのだ。

 俺も幼いころから子羊を食べてはいけないと注意されていたので、子羊のソテーと言われて困ったのだが。


「私の出身地を存じ上げていたのでしょう。まさか子羊の代わりに老羊を用意してくださるとは」


 俺がそう言うと、グナイツ男爵の表情が驚愕に変わった。

 おいおい、そんなに驚くなよ。

 この羊は老羊の中でも毛もとれなくなって処分される廃羊。

 廃羊と子羊くらい食べなくても肉質を見ればわかる。子羊の肉は食べたことがないんだけどさ。


「なるほど、さすがは陛下。わざわざ平民であるタイガ・ゴールドの経歴を調べて下さったのだろう」


 キーゲン男爵が感心して言うが、多分、キーゲン男爵は気付いているんだろうな?

 これはグナイツ男爵の策略だったのだと。

 俺が廃羊だと気付かなければ、ネタ晴らしをして俺のことをバカにする。俺が廃羊だと気付いてそれを指摘すれば、陛下の出した料理を愚弄したと言って罰する腹積もりだったのだろう。なにしろ出された羊が廃羊だったという証拠はどこにもないのだから。

 しかし、廃羊だと気付いてはいたが、それが陛下の気遣いであったと言えばどうなるだろう? 少なくとも、陛下を愚弄したとは言いだしにくい状況になる。むしろ、このような晩餐会で客が食べられないものを出していたということになれば、それは主催者である陛下の落ち度になるからだ。

 そして、男爵が即答できなければ――


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