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11話


 目的のワインを手に入れた俺は、鼻歌まじりにマテス宰相の屋敷へと向かった。

 屋敷に向かう途中に衛兵に五度も呼び止められたのはさすがに参ったけれど、キーゲン男爵から預かった書状と王国の封蝋印がついた招待状を見せたらすんなり解放された。いっそのこと、最初に呼び止められた時にマテス宰相の屋敷に案内してもらえばよかったと後悔した。

 衛兵と一緒なら職質を受けることもなかっただろう。


 それにしても、立派な屋敷だな。

 普段なら、いったいどれだけあくどいことをしたらこんな屋敷に住めるのかと考えるところだが、この屋敷は歴代の宰相が住む――首相官邸のような場所であり、マテス宰相の個人所有の屋敷ではないそうだ。


「すみません、冒険者タイガ・ゴールドと申します。本日はマテス宰相にお話があって参りました」

「そんな話は聞いていない。帰れ」


 警備をしている男は取りつく島もないという感じだが、そうはいかない。


「このワインを宰相にお渡ししていただければ通してくれると思います」


 俺は木箱に入ったワインを手渡し、ついでに兵の手の中に金貨五枚を握らせた。5万ゴールド、決して安い額ではない。日本円にしたら50万円に相当するであろう額だ。


「ワインを見せるだけだ。受け取るかどうかはわからんが、それでもいいか?」

「勿論です」

「……ふん、こんな安物のワイン、あの宰相様が受け取るとは思わないがな」


 警備の男はそう言って屋敷の中に入っていき、数分後戻ってきた。


「宰相がお会いになるそうだ」


 俺の案内は警備の男から執事らしき男へと引き継がれる。

 応接間らしき部屋の前を通り過ぎ、執務室らしき部屋に案内された。

 俺を応接するつもりはないという意図なのか、それとも俺ごときに執務を邪魔されるつもりはないという意図なのかはわからないが、とりあえず賓客を迎える態度ではないのは確かだった。

 執務室では、マテス宰相が椅子に座り、なにやら仕事をしている。


「来たか、タイガ・ゴールド。なんだ? 謁見の間での言葉を訂正し、謝罪しに来たのか?」

「贈り物はお気に召してくださったようですね」


 マテス宰相の言葉には答えず、俺はデスクの上に置かれているワインを見た。


「ふん――こんな安物のワインを持ってくるとは思っていなくてな。驚いただけだ。それより用件を言え。その表情を見ると、謝罪をするつもりはないのだろう? なんの用だ?」


 どうやら用件があるのは俺だけではないらしい。マテス宰相も俺に聞きたいことがあるのだろう。

 なら、用件をさっさと済ませるとしようか。


「私の目的は、マテス宰相の想像通りだと思いますよ」


 俺はほくそ笑み、そして言った。


「ただの悪巧みです」


 ※※※



「さて、面白いことになったな」


 マテス宰相との会談は面白いものだった。

 どうやらマテス宰相は今度の晩餐会で俺に対し、恥をかかせるべく罠を用意しているようだ。

 しかし、そのような罠――魔族どもが仕掛けてくる罠に比べたら大したものではない。

 俺はその罠をどうやって破ってやろうかと想像しながらほくそ笑んだ。


 そして、その日――またあの夢を見た。


『陛下、正門が内側より破られました』

『先日避難してきた民の中に間者が紛れ込んでいたようです』

『急ぎ、抜け道より避難をなさってください』

 それは、サクティス王城が滅亡した日の夢だった。自分の思い通りにいかない白昼夢は、俺の中で何度も繰り返されてきた。五年前となにひとつ変わっていない姿の陛下が玉座から立ち上がる。

『タイガ、話は聞いたな』

『はっ、陛下。このタイガ・サクティス・ゴールド。サクティス王国の王子とし、この身命が朽ち果てるまで戦い、魔族と配下の魔物を一体でも多く道連れにする所存です』

『ならぬ――タイガ。お前が死ねば誰が民を導く? 王城内に避難している国民たちを率い、この国から脱出しろ』

『陛下――っ! まだ民を救えと仰るのですかっ!? 兵の話では、城門が破られたのは魔族の甘言にそそのかされた民では――』

 俺の怒りの言葉は、陛下の鋭い眼光によって遮られた。

『タイガっ! これはこの国の王の――父の最期の言葉として覚えておけ。民を救うのだ。王族とは――』


 次の瞬間、俺の隣のベッドで寝ていたはずのゼニードの踵が、俺の鳩尾に振り下ろされ、その衝撃で目を覚ました。

 いつの間に俺のベッドに……寝相が悪すぎるだろ。

 ゼニードの涎で濡れたシーツを見て、俺はため息をつく。

「……おまえのせいで、陛下の言葉を最後まで聞けなかったじゃないか」

 俺はゼニードの頬をぷにっと押す。

 すると、ゼニードがうっすらと目を開け、俺を見て笑った。

「……なんじゃ、タイガ……とうとう妾の寝姿に欲情し、この幼く清き体を蹂躙しようとベッドに乗り込んできおったか……いいぞ、女神として信者に恵みを――」

「せいや――」

 俺はゼニードをシーツに包み、そのまま隣のベッドに放り投げた。

 猿のように騒ぐゼニードを無視し、俺は寝ることにした。

 夢の続きは見られなかった。



 後日、俺たちの元に宮廷晩餐会の招待状が届いた。

 その点は想定通りだったので問題ない。むしろ、謁見の間であれだけ問題を起こしたのだから、晩餐会に招待されない可能性もあり、そちらのほうが問題だったので安心した。

 ちなみに、晩餐会は昼から始まるらしい。


「なんで昼間なのに晩餐会なんだ。これじゃ晩餐会じゃなくて昼餐会だろ」


 宮廷に行く前にキーゲン男爵にぼやいたが、キーゲン男爵は不機嫌そうに言った。


「仕方あるまい、今宵……いや、宵ではないのだな。今日の晩餐会の肝は儂の屋敷を破壊したあの憎きブラックドラゴンのお披露目だ。いくら宮廷の広間であってもあの巨体を置くことはできないからな。中庭で用意するしかない。しかし暗夜の中ではブラックドラゴンをしっかりと見ることができないであろう」


 俺が言いたいのは、「晩餐会じゃなくて昼餐会って呼べ!」ってことなんだけど、キーゲン男爵は俺にどうして夜ではなく昼に開かれるかという理由を語っていた。

 それから、四日後、俺たちは宮廷広間の前にいた。

 俺の横にはユマとガチガチに緊張したクイーナがいる。会場の入り口でキーゲン男爵が知り合いの貴族を見つけて挨拶に行くと言った。俺も一緒に挨拶しようかと提案したが、即座に断られた。俺が余計なことをするのではないかと心配しているのだろう。賢明な判断だと思う。

 ユマもクイーナも普段着ることのないドレスを着ており、とても似合っている。どこからどう見ても淑女にしか見えない。

 馬子にも衣裳という言葉が喉から出掛かったが、緊張しているクイーナにそんなこと言ったら逆効果だと思い、ひっこめた。


「似合ってるぞ、クイーナ」


 俺はそう言ってクイーナの頭をポンポンと叩いた。


「……あ、あの、ご主人様。私はご主人様の奴隷ですから、褒めていただいても支払えるものはすべて借金の返済になってしまいますが」

「気をつけないとダメですよ、クイーナちゃん。タイガさんはたとえ自分の奴隷でも毟り取れるだけのお金を奪い取るつもりなんですから」


 女性たちの俺への扱いが酷すぎる。

 日頃の行いが悪い自覚はあるが、それでもあんまりだと思う。


「ところで、タイガさん。何故かやたらと視線を感じるのですが」

「ん? そりゃ俺が男前だからな」


 五年前までは毎日のように着ていた貴族や王族が着るような高貴な服(借り物)を掴み、俺は自分で言って嘲笑した。

 まぁ、俺に注目が集まっているのは嘘ではない。

 俺のことを見ているのはマテス宰相の派閥の貴族たちだろう。彼らはマテス宰相によって俺が陥れられると信じているからだ。

 この晩餐会で笑いものにするつもりだろう。

 逆にこっちが内心笑っているとも知らずに。


「……ユマさん、ご主人様がとても邪悪な笑みを浮かべているのですが」

「気をつけないといけませんよ、クイーナちゃん。こういうときのタイガさんにかかわったら本当に大損しますからね」


 おっと、内心から笑みが零れ出ていたらしい。

 これは注意しないといけないな。

 そう思ったときだ。

 一台の馬車がこちらへと近付いてきた。

 その馬車を見て、名のある貴族たちも道を開ける――それも当然だ。

 馬車には王家の紋章が描かれていたのだから。


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