10話
「すぐに訂正しろ。異議などないと言え」
キーゲン男爵が押し殺した声で俺に訴えるが、もう出した声は引っ込まない。
「異議だとっ! 図に乗るな、冒険者風情が陛下に異議を唱えるなど国家反逆罪だぞっ!」
マテス宰相が顔を紅潮させて激昂したが、国王が手でそれを制する。
「待て、宰相。タイガ・ゴールド、それでは其方はいったい何を望む?」
「はっ、私が望むのは領地でございます」
「バカも休み休み言えっ! 冒険者の成り上がりに領地など前代未聞だ。ましてやこの国にはもう、領地など残っておらぬ」
「ええ。それは存じています。ですが、かつてはこの国にもあったではありませんか――旧ヘノワール辺境伯爵領が」
俺を罵るマテス宰相に対し、不遜な態度でそう言い、そして不敵な笑みを浮かべた。
「陛下にお約束申し上げます。私、タイガ・ゴールドは一年以内にこの手で旧ヘノワール辺境伯爵領を魔族から奪還いたします。その暁にはその領土を拝領賜りたく存じ上げます!」
俺の宣言に、その場はざわついた。
ヘノワール辺境伯領の魔族からの奪還。それは、マイヤース王国にとっては悲願でもあり、そして責務でもあった。
「陛下、このような冒険者の妄言、聞き入れてはいけません!」
マテス宰相が必死に訴えたが、国王は口を開いて笑った。
「はっはっはっはっ、これは愉快だ。宰相、妄言といったが、これまで我が軍に一度でもヘノワール辺境伯爵領の奪還を申し出た者はいるか? いや、いたとしてもそれは姿だけで実の伴わないものばかりだった。しかしこの若者は一年という期限付きで奪還を余に謳った。申してみろ、タイガ・ゴールド。何か策はあるのか?」
「はい、ございます」
「うむ。それでは其方の申し出、明日より王国会議にて再考しよう。下がって良し」
「「はっ」」
こうして、俺の勝負は始まりを告げた。
しかし、このままでは俺の敗戦は目に見えている。
その理由はマテス宰相だ。
平民嫌いのマテス宰相が俺のバカげた申し出を受け入れるわけがない。マテス宰相は貴族たちの間にも顔が広く、彼の意見を国王は考慮しなくてはならないだろう。
だから、まずはマテス宰相をこちら側に引き入れる。そのための手段は既に用意している。
俺を蔑むように見る貴族たちを見た。今に俺のことを笑っていられなくしてやるから覚悟していろ。
※※※
帰り道、馬車から見える貴族たちの屋敷を眺める。
1億ゴールド、1億5000万ゴールド、5000万ゴールド、あの家は2億はするな――と思ったけど、あれはハリボテっぽいし、かなり手抜き工事だな。3000万ゴールドかな。
それでも3000万ゴールドというとかなりの大金――一般兵の生涯報酬の倍はする。
その三十分の一、100万ゴールドでも、日本円で1000万、俺の死の原因となった親父の遺した借金の額に相当する。
本当に無駄に金がかかっている。
このあたりに住む貴族の屋敷の資産価値をすべて現金に換算すれば、俺の目標額、一兆ゴールドの数パーセントは調達できそうだ。
「何を考えておる、タイガ・ゴールドっ!」
「耳元でワンワン煩い」
帰りの馬車の中で、キーゲン男爵は俺の耳元で喚いてきたので、俺は耳を塞いで文句を言った。
狭い馬車の中だ、そんなに大きな声を上げなくても十分聞こえている。
国王陛下が「異議があるなら言え」って言ったから、言ったんだよ。
士爵位を貰ったところで俺の目標が叶うには程遠いからな。まとまった金を稼ぐには、やはり領地が必要になる。しかもヘノワール辺境伯爵領といえば、サクティス王国と隣接したマイヤース王国最北の領地。今後、サクティス王国を取り戻す際の大きな足掛かりとなる。
ただ、やはり問題はマテス宰相か。
宰相といえば、日本で言うところの内閣総理大臣に相当する。
会いにいきたいんだけど、考えてみれば、どこに住んでいるかもわからないんだよな。
「いますぐマテス宰相に謝罪にいけ! 先ほどの発言を訂正するのだ。いまならもう屋敷に帰っておられるだろう」
「ん? キーゲン男爵、マテス宰相の家を知っているのか?」
「当然だ。このあたりの貴族の家はすべて把握している」
それはちょうどいい。
俺も会いたいと思っていたところだ。
俺はマテス宰相の家の場所を聞いた。
「そうだな、手土産のワインを持って行くとするか。馬車を停めてくれ。酒を買いに行ってくる。昨日行った大通りに良い酒屋があった」
「待て、タイガ・ゴールド。そのような酒屋ではなく、儂がワインを用意させる」
「いいんだよ、男爵のセンスじゃ舌の肥えたマテス宰相を唸らせることは不可能だ」
俺はそう言い切って馬車が停まると、扉を開けて飛び降りた。
そして、ひとりで歩き、酒屋へと向かった。




