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4話


「タイラン――貴様、我が師範のことを知っているのか?」

「始祖の七柱の一柱でありながら一風変わった神だと聞いたことがある。世界中を単身巡り、出会った人間に戦いを挑む。相手に見どころがあれば名前を授けるというが……」

「そうか……タイラン師範は神だったのかっ!」


 ハンはタイランが神だということに気付いていなかったようだが。力のある神は人間の姿になり、この世界に顕現することができる。タイランほどの神となると、神気を完全に抑え込み、人間のフリをすることなど容易だ。


「たぶん、お前、タイラン神の司祭になってるぞ」


 司祭というのは、神でなくても信者として洗礼を行うことができる役職のことだ。

 彼が司祭になっているため、ここにいる他の奴らもタイラン神の信者という扱いになっている。


「司祭――そんなものは我は知らない。我はただ、タイラン師範に、このハンという名を授かった時と同じように、我についてきた者に名を授けただけだ」

「それが洗礼だっていうんだよっ! 名前を考える時、啓示のようなものがあっただろうがっ」

「確かに名前を付ける時、脳裏のその名がよぎったが、しかし些細なことだ」

「んな些細なことがあるかっ!」


 全員がタイラン神の信者か。そこいらの武装集団よりやっかいな連中だな。


「戦い方は我流なんだな」

「無論だ。型というのは旧き物。旧き物は廃れていくが宿命(さだめ)にある。故に流派も新しき物が勝る――これは真理である」


 そう言ってハンは両腕を広げた。その姿はまるで巨大なグリズリーのようだ。

 これなら――

 俺は低い体勢を取り、ハンの攻撃を待つ。


「あれは、古来より北方民族が熊と戦う時に使ったと言われる幻の拳法コラマイッターの型っ! まさかその使い手がまだいたとは」


 ハンの弟子のひとりが、アニメならば必ずひとりはいる妙な知識を持った解説キャラの如く説明をした。


「熊と戦う型だと?」

「熊みたいな戦い方をするあんたと戦うのならぴったりだろ?」

「ふざけるな、旧きものが新しいものに勝てるわけがない」


 そう言ってハンが襲い掛かってくる。両腕で斜め上から振り下ろされる攻撃――一番回避が容易いのは上空。

 俺は攻撃を避け、バク転のように空へと跳んだ。そして踵をハンの後頭部に撃ち込み、その背後に着地した。


「コラマイッターの型の基本は、相手の攻撃を一撃も受けない回避の構え、そして反撃を得意とする、まさにカウンターの型」


 解説の男がそう言った。そこまで知っているのなら、ハンに教えてやればよかったのに。

 ちなみに、今の攻撃の本筋はカウンターで相手を仕留めることではなく、熊に一撃を与え、その背後に着地したあとに逃げ出して距離を取ることにあるんだけどな。

 熊相手に素手で戦うのはバカがすることだ。猪相手ならまだしも。

 だが、俺は距離を取らずに振り返った。


「な、何故――」


 俺に背を向けたまま、ハンはそう尋ねた。

 倒れないことに驚愕したが、もう意識が朦朧として立っているのがやっとということはよくわかった。


「何故だって? 決まってるだろうが。お前が言う型というのは数十年、数百年という長い年月、何人、何十人、何百人という人間が研鑽を重ねて生まれてきたものだ。ひとりの人間が数年努力したからといって追い抜ける程甘くないんだ」

 俺はかつて師匠に教わったことをそのままハンに伝えた。

 そして、トドメの一言を告げる。


「ちなみに、このコラマイッターの型を最初に伝授したのもタイラン神だぞ」

「――こら……まいった」


 ハンはそう言ってうつ伏せに倒れた。


「おい、そこの修道女――名前は?」

「ユマです……ユマ、コンシューマファイン」

「そうか。ユマ、金は払えないがそいつの治療を頼んでもいいか? 放っておいても目を覚ますと思うが、少々厄介なことになりそうだからな」


 ハンの弟子たちを見る。今はハンが負けたことが信じられずにとまどっているようだが、このまま放っておけばどうなることになるか。最悪、師匠の敵討ちとか言い出して襲われかねない。

 それだけならまだましだ。

 銭使いのスキルを使うことにはなるが、全員返り討ちにすることはできる。

 もっと厄介なのは――


「わかりました」


 ユマは俺の一方的な申し出に、快く了承し、ハンに治療を施す。

 回復魔法ヒール

 俺も使えるが、本来はラピス教徒の神官や修道女の専売特許の魔法だ。


「そういえば、お名前を伺っていません」

「言わないとだめか?」

「そういうことはありませんが、こちらが名前を名乗ったのですから、是非教えていただきたいです」

「タイガだよ。タイガ・ゴールドだ」

「タイガさんですか。先ほどの戦い、見事でした。しかし、武力による鎮圧は私は反対です。話し合いで解決できたのではありませんか?」


 いきなり説教か。

 これだからラピス教徒の人間は好きになれない。


「仮に話し合いが成り立ち、ハンが改心したとしても、弟子たちが納得しないだろ。奴らは力を信奉していたからな、手っ取り早く力で済ませただけだ」


 もしも話し合いでハンを捕縛しても、きっと弟子たちは納得しなかっただろう。そうなったら、俺はハンではなく、他の弟子たちと戦うことになっていた。


「それなら、お弟子さんたちとも話し合えばよいではありませんか?」

「ひとりやふたりなら話し合いでなんとかなるかもしれない。でも、こんな大人数全員を言葉で説得するのは不可能とは言わねぇまでも、不可能に近いだろ」

「愛を以って接すれば必ずわかってくれます」

「愛が何になるって言うんだ。愛じゃ腹は膨れないぞ?」

「心が膨れます。主は仰いました。『本当に貧しき者は心が寂しきものである。それを満たせるのは真実の愛のみである』と」

「俺の知っていることわざにこういうものがある。『金持ち喧嘩せず』だ。金が豊かな人間は心も豊かになって喧嘩なんてしないってな。実際、こいつらだって金があればこんな遺跡の真ん中で修業をせずに道場を開いて盗賊みたいな真似事なんてしなかったと思うぞ」


 突然話を振られ、ハンの部下たちは言い淀んだが、何人かは俺の圧に押されて頷いた。


「そんなことはありません。彼らに襲われたという人も愛を以って話し合いに挑めば、きっとハンさんもわかってくれました」

「その割にはお前の全然話が通じていなかったようだが?」

「そんなことはありません――昨日来た時は遺跡の柱を一回の演武で三本壊していましたが、今日はまだ一本しか壊していませんから」

「……確かに、本来十二本あったはずの柱が今は七本しかないな」


 ちなみに、柱を一本壊したのは五年前の俺なのだが、そのことは黙っておく。

 というか、この修道女、昨日もここに来ていたのか?


「もしかして、遺跡の保護を仕事にしているのか? だとしたらこんなところまでご苦労なことだな」

「いえ、遺跡に来たのは興味からで、仕事ではありません。タイガさん、この遺跡がどのような場所かご存知ですか?」

「それは……少しはな」


 嫌というほど知っている。

 俺も五年前にこの遺跡に調査に来ていろいろと調べた。


「ここは、始祖の七柱のうち一柱の神を奉っていたと言われている遺跡なんです。その神の名は――ゼニード」



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