5話
その日は、ゴブリンたちがいる山の地図の入手、冒険者ギルドでゴブリンの目撃された場所を調べ、印をつけておおよその目星をつけた。
そして、翌日。俺はユマとふたりで山にやってきた。
ゼニードとクイーナは邪魔なので置いてきた。キーゲン男爵に、俺の代わりに食事に連れて行くように頼んだので、今頃好きなものを食べているだろう。
「まずは適当にゴブリンを倒すか」
「倒すんですか? 後を尾けるのではなくて?」
「いいから見てろ」
ということで、ゴブリンを探したところ、わずか三十分で単独行動しているゴブリンを見つけた。
ちょうどいい。
俺は大銅貨一枚を取り出し、
「《サンダー》」
と魔法を使った。
大銅貨が雷となり、ゴブリンを撃ち抜いた。
以前、ミスリルゴーレムに使ったときより金額は五分の一と控えめなので、威力も低い。
ゴブリンも気絶はしたが、死んではいないだろう。
「よし、これでいいな」
俺はインベントリから荒縄を取り出し、ゴブリンを縛り付け、猿轡を噛ませる。
これで準備はできた。
「タイガさん、どうするんですか?」
「ゴブリンに魔法をかけて人間に見えるようにする。若い女にな。ゴブリンは若い女を捕まえると、ボスのところに運ぶ習性があるんだ」
「若い女性ですか」
「あぁ、ただし、この魔法には少し問題があってな。目の前にいる相手の幻影しか作ることができないんだ」
「へぇ、そうなんですか……え?」
どうやらユマも気付いたようだ。
そして、ちょうどいいタイミングで、ゴブリンが目を覚ましたようだ。
「ということで、協力してもらうぞ、ユマ! 《ミラージュ》」
俺が小銀貨一枚をゴブリンに投げた。すると、ゴブリンの姿が一瞬にして修道複を着たユマの姿に変わる。
「な、なんで私なんですかっ!?」
「だから、言っただろ。目の前にいる相手の幻影しか作れないんだよ。安心しろ、ちょっと触ったくらいじゃ全然気付かれないから」
と、俺が偽ユマの頭を思いっきり叩くと、偽ユマが目を開けて暴れ出した。
見た目だけでなく、感触まで変わっている――ように思ってしまう幻影だからな。
気品の欠片もない暴れっぷりだ。
「やめてください! 別の人を使ってください!」
「だから無理だって。ほら、安心しろ、変なことになる前に、奴らの巣が見つかったら幻影を解くからさ」
「絶対ですよ! 絶対に解いてくださいね」
ユマが必死の形相で言ったが、俺は笑って「はいはい、わかったわかった」と言った。
当然、そんな罰則のない約束、守るつもりはない。
そして、ゴブリンがやってきそうな場所に偽ユマを放置し、一時間後、ゴブリンが偽ユマを発見、巣穴に連れて行き、俺は巣穴にいたゴブリンたちを殲滅、目的の首飾りを見つけ出し、見事報奨金を受け取ったのだった。
※※※
侯爵領の領主町から馬車に乗り一週間。
特に魔物に襲われたり、盗賊に襲われたりすることもなく、金になりそうなイベントもないまま俺たちは王都へとたどり着いた。
穀倉地帯になっている、一面小麦畑の丘を越えると見える、城壁と王都の門は壮大だったな。
王都――人口はスラムにいる税金を納めていない不法滞在者を除けば約四十万人らしい。その胃袋を満たすために、王都の何十倍か何百倍か広いこの小麦畑は必要不可欠なのだろうな。
近くにある山から橋のようなものが延びているのも見える。古代ローマ時代にもあった水道橋だ。あの水が市民の喉を潤しているのだろう。
なにもかもが、辺境の町ノスティアと規模が違う。
そして、違うといえば馬車の数。
二又、三又の別れ道を過ぎるにつれ、すれ違う馬車の数が増えてきたのだ。
そして、王都まであと一キロというところで、長蛇の列の最後尾に着いた。
「凄い列ですね。ここから中に入るのに何時間かかるのでしょうか?」
「ん? こんなの悠長に待つわけないだろ。こっちには貴族様がいらっしゃるんだぞ?」
と俺はキーゲン男爵を見た。
キーゲン男爵は不機嫌そうな顔を浮かべて、御者に命令する。
「馬車を南門へ回せ」
「はっ」
東門から南門へと馬車を回す。
そちらは正面の門であり、一定階級以上の人間、もしくは戦争帰りの軍人しか使えない門だ。
当然、男爵であるキーゲン男爵は使う事が許されている。
「都合のいい時ばかり貴族扱いしおって」
「いいだろ。時は金なり。無駄な時間を使うことほど損なことはない」
「それは同感だ」
キーゲン男爵はそう言って自らの口髭を撫でた。
馬車は外壁の周囲を進み南門へとたどり着く。
先ほどの東門とは違い、数台の馬車が入っていき、行列などまるでない。
しかし、衛兵は東門の倍くらいいるし、外壁の上には、ワイバーンでも射落とせそうな巨大な大型弩砲があった。
かなり警備は厳重だ。
なにより、衛兵に混じって杖を持っている人間がいる。間違いなく魔法兵だろう。
ノスティアの北方、神竜の爪痕で魔族の見張りをしている魔法兵はわずかひとりしかいなかったのに、現在ぱっと見ただけでも十人以上も魔法兵がいる。魔族には普通の剣や矢による攻撃は通用しない。魔法、または特別な金属によって鍛えられた武器しか致命傷を与えることができない。
そのため、サクティス王国が魔族に攻め落とされてから、魔法の担い手が世界中で重用されるようになったそうだ。
魔法兵がこの南門に多く配置されているのは、彼らがここにいることで貴族や王族が安心できるからだろう。
無駄遣いだとは思わない。
むしろ、自分たちの安全のために金を使おうとするのはいい事だ。
「これを出せ」
キーゲン男爵が招待状と男爵家の紋章が入っている短剣を御者の男に渡した。
それを御者が衛兵に見せる。
衛兵が真贋の魔法を唱え、招待状と短剣が本物であることを確認するとすぐにそれらを返却し、通行の許可を出した。
「あまり人がおらぬな。昼寝でもしておるのか?」
六車線はありそうなくらいに広い道を悠然と北に進む馬車から外を見て、ゼニードはそんなことを言った。
「ここは凱旋通りで貴族たちが南門から王城に向かう道だからな。貴族の馬車の前に平民が飛び出せば殺されても文句を言う事はできない。余計ないざこざに巻き込まれないためにも凱旋通りは横切る以外に使わないんだ」
「江戸時代の大名行列みたいなものか?」
「そうだな」
ユマとクイーナが、江戸時代と大名行列という言葉を聞いて首を傾げたが、無視する。
さすがに土下座をするような市民はいないけれど。
昔はもう少し寛容だったみたいだけれど、やはりサクティス王国が滅亡し、この国のヘノワール辺境領が占領されたためにピリピリしているのだろうな。
そして、俺たちは貴族たちが住む貴族街にあるクライアン侯爵の別宅に馬車を停めた。
王都に滞在する間、この家で世話になることになる。
「これはこれは、キーゲン卿、よくいらっしゃった」
そう言って出てきたのは、体格のいい俺より少し年上に見える金髪の男だった。
「お久しぶりです、ライサン子爵様」
ライサン・コングラス――クライアン侯爵の第一子であり、クライアン侯爵の跡取りの最有力候補である。現在も子爵の位を国王陛下より賜っており、その身分はキーゲン男爵よりも上になる。
「そちらはタイガ・ゴールド殿だな。妹と父上から話を伺っている。ドラゴンスレイヤーと直接お会いできたこと、誉れと思うぞ」
「勿体なきお言葉です。ライサン子爵様こそ、百人殺しの大オーガを退治したという英雄譚は遠きノスティアの地にまで及んでいます」
「ははは、そうか、ノスティアでは百人殺しなどという尾びれがついていたか。実際は家畜を百頭食い荒らしただけなのだがな」
それも知っていたけれど、でもこういう功績は多少大袈裟に語ったほうがいいのでそう語った。
ライサン子爵は上機嫌そうに笑い、俺の肩に手を乗せた。
「どうか自分の家だと思って寛いでくれ」
「お世話になります」
俺はそう言って頭を下げ、ライサン子爵はこれから所要があるということで、この家の馬車に乗りどこかに出かけた。
「タイガ・ゴールド。聞き忘れていたが晩餐会には誰が出るのだ?」
キーゲン男爵が言っているのは宮廷晩餐会のことだ。
晩餐会は王家の人間や貴族、名のある富豪など多くのお偉いさんが参加し、食事やダンスを楽しむ場所だ。
王城への招待状、というか召喚状は受け取っているが、晩餐会への招待状はまだ受け取っていない。
しかし、功績を挙げて王城に招待されたものは、これまで例外なく晩餐会への招待も受けている。
俺たちも晩餐会に出席する必要はあるだろう。
キーゲン男爵が言おうとしていることはわかる。
ゼニードは置いていけと言っているのだろう。当然、そのつもりだ。
「クイーナとふたりで行くつもりだ。男爵はユマを従者として伴うのだろう?」
「彼女は奴隷だろう?」
「犯罪奴隷じゃないから首輪もつけていないし、見た目は悪くないからな」
「待て、タイガ! 妻を置いていくというのかっ! 晩餐会と言えば豪華な食事が出るのであろうっ!」
ゼニードが文句を言ってきた。誰が妻だ、誰が。
「ご主人様! ゼニード様を置いていくというのであれば私も置いていってくださいっ! 誰がゼニード様を世話するのですかっ!?」
「ええい、うるさいっ! これは決定事項だ。ゼニードの世話はこの屋敷のメイドがすればいいだろ。あと、クイーナ、晩餐会までの間にここのメイドから最低限の宮廷作法くらい身に着けておけよ。俺はちょっと出かけてくる」
「待て、タイガ・ゴールド。貴様こそ宮廷作法を学んでいけ」
「心配するな、宮廷作法くらい身に着けてるよ」
こっちは十五年間宮廷に住んでいたんだからな。
「待ってください、タイガさん! どこに行くんですか?」
「知り合いに会いに行くんだよ」
俺はそう言ってユマに手を振った。
「損な役回りをさせてしまうな」
キーゲン男爵にしては珍しく殊勝な態度で言った。
キーゲン男爵には俺がどこに行くか既に伝えていた。
「気にするな。男爵のあんたが、犯罪者に頭を下げるわけにはいかないだろ」
俺がそう言うと、ユマが「あっ」と声を上げて、そして表情が沈んだ。
一応、クイーナも顔見知りではあるのだが、しかし彼女は事情を知らないから気付かないのも無理はない。




