2話
「ありがとうございます、タイガ様、ユマ様! 祖母の形見の首飾りを取り戻してくださって」
高そうな服を着た十二歳の少女にそう言われ、俺たちは頭を下げた。
彼女はリシア。クライアン侯爵の一人娘であり、そして今回のゴブリンキング討伐――正確には細工職人のところで修理を終え、この町に運ばれる途中にゴブリンに奪われてしまった祖母の形見の首飾りを取り戻す仕事の依頼人だ。報酬は50万ゴールド。
「勿体なきお言葉です、リシア様。私のほうこそリシア様のお役に立てたこと、光栄に思い、子々孫々にまで伝えていくつもりであります」
「……相変わらずタイガ様はつれない方ですね。同じ銭神様の信者で、信者としての位はタイガ様のほうが上ですのに。もっと気さくに話してくださってもよいのですよ?」
「ははは、なにを仰います、リシア様。あなた様はクライアン侯爵の御息女――私などこうして話しているだけでも恐れ多いお方なのですから」
「……はぁ。では、約束の謝礼のほうは、《ATM》での振り込みでよろしいですね」
「はい、ありがとうございます」
約束の報酬――50万ゴールドが振り込まれたことを確認し、俺とユマは再度礼を言って、侯爵の城をあとにした。
「お知り合いだったんですね」
「ああ、この町で活動していた時期があってな。リシアはその時に知り合ったんだ。もっとも身分を隠していやがって、ただの金持ちのお嬢様だと思ってたからいろいろとふんだくってやった。俺と同じゼニード神の信者になったのもそのときだ。相当、クライアン侯爵に怒られたらしいが、親父さんの浮気の証拠を盾に、今でも信者を続けているよ」
ちなみに、彼女はゼニード神の信者第二号であるのだが、ゼニードとは非常に仲が悪いので、ゼニードはここには連れてきていない。
この町での滞在期間は今日で終わりか。
これから、俺はこの国の王都に向かうことになる。
ここから王都までは馬車で五日。決して短いとは言えないが、しかし日本人としての記憶を取り戻してからの五年間を考えると、たった五日と言えなくもない。
そう、一兆ゴールド稼ぐための足掛かり、それを俺は手に入れたのだ。
※※※
ときは四日遡る。
国王からの招待状が届き、俺とキーゲン男爵、そして各々従者二名までが王都に向かうことになった。
出発は明日。
今日届いて明日出発というのもせわしない話だが、国王からの招待を受けてのんびりもしていられないだろう。
胃痛に悩むキーゲン男爵に胃薬を売りつけ、わずかばかりの金を貰った。銭使いのスキルを使って作った薬はかなり効果があるから、まぁ三日くらいは胃痛に悩まされることはないだろう。
そして、男爵が去ったあと、俺は招待状を一瞥し、インベントリに収納した。
「凄いですね、タイガさん。ところで、一緒に行く二名はどうなさるのですか?」
ラピス教徒の修道女――ユマが尋ねた。たまたま俺の部屋に食事に来ており、キーゲン男爵から国王への招待状を受け取る現場に出くわした。
従者は二名までか。
ならばひとりはもう決まっている。
「妾は当然ついていくからの! 王都には杏子飴以外の甘味が揃っているのじゃろ? くくくっ、妾がこれまでコツコツと貯めに貯めたお小遣いを振る舞うときが来たようじゃ」
俺が言うまでもなく行く気満々のこの女神。ひとりで留守番させたらなにを仕出かすかわかったもんじゃない。
連れて行かないわけにはいかないだろう。
それと。もうひとりは――
「クイーナを連れていくか。セリカに断っておかないとな」
「え!? 私じゃないんですか!?」
自分が誘われると思っていたらしいユマがそう叫んだ。
まぁ、なんだかんだ言って、俺とユマはこれまで一緒に行動することが多かった。ユマを連れて行くのも俺の中の案にはあったのだが。
「悪いが、俺も忙しいからな。ゼニードの世話係が必要なんだ。それにお前は教会の仕事があるだろ?」
「それはそうですが……あと、仕事ではありません。お勤めです」
細かいところに注意を入れてくる。
なんだ? ユマの奴、一緒に行きたかったのか?
「ユマ、もしかして時間を空けられるのか?」
「はい。先日まではブラックドラゴンの騒ぎで教会も右往左往していましたが、最近は落ち着きを取り戻しましたので、私がいなくても問題はありません」
「そうかそうか。なら、一緒に行くか?」
「いいんですか!?」
ユマは子供のように目を輝かせ、そして一度咳をした。
「そうですね、私も王都の聖堂には興味がありますし、巡礼の一環としてぜひタイガさんと――」
「5000ゴールド払うならついてきていいぞ」
「行きませんっ!」
ユマの奴、顔を真っ赤にして怒って宿を出ていきやがった。
なんだ? 王都まで乗合馬車で行こうとしたら、二度乗り継ぎ必要で往復約3000ゴールド。さらに宿泊費や食費などの滞在費を考えたら5000ゴールドでは絶対に足りない。
つまり、この5000ゴールドというのはかなりの良心価格だったのに。
ユマの奴、普段教会に無料で泊まっているから、旅費の適正価格をわかっていないのか?
「タイガも女心がわかっておらぬの」
ゼニードがニマニマとほくそ笑んだ。
女心ってなんのことだ?
合コンに行ったら男がお金を払って当然だ! っていう女心ならわかりたくないぞ。




