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1話

 岩場ばかりの山の中、ゴブリンたちが荒縄で簀巻きにされた修道女を嬉しそうに木の棒に吊るして運んでいる。ゴブリンは人間を襲う。巣に連れ帰って弄ぶこともある。だが、荒縄に縛られている少女に一切危害を加えずに運ぶということは滅多にない。ホブゴブリンと呼ばれる人間に対して友好的な態度をとるゴブリンもいるにはいるのだけれども、奴らはそうではない。

 となると、どうやら当たりのようだ。


 ゴブリンに気付かれないように岩の陰を移動しながら、俺はゴブリンたちを追いかけると、洞穴を見つけた。その穴の前には獣の骨に混じって人骨らしき骨が散乱している。ここがゴブリンたちの巣で間違いないだろう。

 ゴブリン退治――本来なら駆け出しの冒険者が受けるような依頼だけれども、今回はそういうわけにもいかないか。


 俺は剣を抜くと、ゴブリンの巣穴に向かって走った。

 見張りのゴブリンがこちらに気付いて声を上げたが、その直後、俺が投げたナイフがゴブリンの胸に命中――洞穴の前に真っ赤な血溜まりを作ってその場で息絶えた。しかし、先ほどのゴブリンの声は中の連中に届いているだろう。

 もう不意打ちは効かない。

 俺はナイフを抜いてゴブリンの死体をインベントリに収納する。

 洞窟の中を見た。

 中は薄暗くなっており、このままだと松明がなければ中に入る事はできない。ただし松明など使おうものなら、ゴブリンたちの格好の的になるのは間違いないだろう。


「経費は依頼者持ちだからな、使わせてもらうぜ」


 俺はそう呟き、小銀貨一枚(100ゴールド)を懐から取り出して放り投げた。

 小銀貨は一瞬輝きを放ち、空気中に溶けるように無くなる。

 スキル発動――暗視。

 暗い場所でも視界が確保できるスキルだ。

 完全な暗闇の中ではやはり何も見えないが、洞穴のように外と繋がっている場所ではまず視力が失われることはないだろう。


 俺は視界を確保し、洞穴の中へと入っていった。

 背後からの強襲も怖いので、さらに100ゴールドを追加投入し、狭い範囲ではあるけれど気配探知スキルを発動させる。広いダンジョンと違い、通路の狭い洞窟ではこのくらいの気配探知で十分だ。

 洞穴の奥へと移動している気配が三つ、ぎりぎりの範囲でひっかかる。先ほどの修道女を運んでいるゴブリンだろう。

 俺はそちらに向かった。


 どうやらこの洞穴は鍾乳洞に繋がっていたらしい。天井からぶら下がる鍾乳石のいくつかが無残にも折られていた。ゴブリンたちが通路を確保するために折ったのだろう。一センチ伸びるのに五十年もかかる物を邪魔だからという理由で折るとか――いや、ゴブリンに情緒という物を求めるのは無理があるか。

 俺も本当に必要なら鍾乳石を折るくらいしそうだし。

 それに、今回は鍾乳石を折ってくれたゴブリンに感謝しないといけない。


「お陰で剣を振るいやすい」


 死角から殴りかかってきたゴブリンを、俺は鋼鉄の剣で一薙ぎした。

 急襲したつもりだろうが、気配探知のお陰で丸わかりだった。

 そして、ゴブリンの断末魔が新たな脅威を呼んだ。

 周囲から気配が近付いてくる。

 どうやら、俺が入ってきたことがバレたようだ。

 このままでは囲まれてしまうが、まともに戦うつもりはこちらにはない。

 俺は大銀貨二枚(2000ゴールド)を取り出し、左右に投げた。


召喚灰狼(サモングレーウルフ)!」


 俺の掛け声とともに、大銀貨がそれぞれ灰色の狼へと姿を変えた。

 灰狼(グレーウルフ)の召喚コストは一匹1000ゴールド。俺がよく召喚するアラートマウスの百倍の値段だけれども、その分、召喚獣としては強い部類に入る。ゴブリン程度なら倒せるだろう。

 ちなみに、大銀貨が狼に変化したのではなく、大銀貨が消費され、この世界のどこかにいる灰狼(グレーウルフ)が召喚されたという話らしい。

 二頭の頭を撫でる。俺のことを主人と認めているらしく嬉しそうに尻尾を振った。


「お前等は左右の道を進んでゴブリンを殲滅しろ」

『ワウ』


 二頭の狼は首を縦に振り、左右の道に向かった。

 そして、俺は奥へと進む。

 迫りくるゴブリンたち。まぁ、ゴブリン退治に関しては、少年期にスパルタ気質の兵隊長に散々やらされた過去があるから、倒すのは全然苦じゃない。

 兵隊長の息子と一緒にゴブリン百匹斬りなんてさせられた時は、本気で王子に生まれたことを後悔したものだ。

 好きで王子として生まれたんじゃないのに! なんて心の中で呪った。

 少年期の俺、すまない。

 本当は自分で望んで王子として生まれていた――というか転生していたんだ。



 日本人だった俺――小金大河は、親父の借金を押し付けられ、借金取りに追われていた。

 そこで死にそうになった俺のもとに女神ゼニードが現れ、俺に提案をしてきたんだ。

 異世界の王子として転生してみないかって。

 金持ちに憧れていた俺は女神ゼニードのその提案を受け入れ、俺は王子――タイガ・サクティス・ゴールドとしてこの世に転生してきた。

 だが、五年前、元々日本人だったという記憶を取り戻した十五歳の誕生日の日、既に俺の生まれた国は魔族によって滅ぼされ、ほぼ無一文の状態だった。

 それでも、元王子として英才教育の末に培われた能力、そして女神ゼニードによって与えられた「金を消費して魔法やスキルを行使する力」によって冒険者としてかなりのものになった。

 と、話が逸れてしまった。


「悪い悪い、つい感傷にふけっちまった――って聞いてないよな」


 目の前にゴブリンが三体、致死量の出血を伴い横たわっていた。

 こんなんじゃ死んだ兵隊長に怒られちまうな。

 ゴブリンどもは俺を殺すつもりで襲ってきているんだから、油断してはいけない。


「さて、残りはお前だけだな」


 最奥に、おそらくこの洞穴のゴブリンたちのボスであろう、丸太のような巨大なこん棒を持つ、ひと際大きなゴブリンがいた。

 やっぱりいやがったか。

 ゴブリンの中から極稀に生まれる変異主、ゴブリンキングが。

 仲間を殺された恨みか、目を吊り上げて怒っている。


「おい、ここに修道女が運ばれてきたはずだ。そいつはどこだ? 正直に答えれば楽に殺してやる」


 ゴブリンキングは知能が高く、人間の言葉を発することはできないが理解できるといわれている。

 それで奴も気付いたようだ、俺がここに来た目的を。

 ゴブリンキングは笑みを浮かべ、岩陰からそれを取り出した。

 無残に服を破かれ、白い肌が露わになった青い髪の修道女。連れ込まれて間もないというのに、腕も脚もあらぬ方向に曲がっていた。

 しかし、それでも意識はまだあるようで、金属製の猿轡を噛ませられているというのに、何か俺に伝えようと必死になっている。


「ユマ……くそっ、お前がやったのか!」


 俺がそう叫ぶと、ゴブリンキングは溜飲が下がったのか嘲笑の笑みを浮かべ、そして、あろうことか天井近くにまで放り投げた。

 受け止めないと彼女は死んでしまう――そう思った矢先、ゴブリンキングは俺に向かって駆けだした。

 彼女を受け止めたところをふたりまとめて巨大なこん棒で叩き潰すつもりなのだろう。


「くっ――卑怯な」


 俺はそう呟き、選択した。

 彼女を助けて二人まとめて死ぬか、それとも彼女を見捨てて俺だけ助けるか。

 そんなもの決まっている――

 彼女を助ける――フリをした俺はそのまま後ろに飛びのく。

 直後、彼女は地面にたたきつけられ、さらにゴブリンキングの巨大なこん棒に潰された。


「ユマの仇だっ!」


 俺はそう言うと、ゴブリンキングのこん棒に飛び乗り、それを登っていき、そいつの首を剣で切り裂いた。

 ゴブリンキングの血、そしてゴブリンキングのこん棒によって潰された彼女の血、すべてが赤く染まった。

 俺はゴブリンキングのこん棒をインベントリへと収納する。


「……ユマ、ヒキガエルみたいになっちまって……すまない、俺がもっと早くきていればこんなことにはならなかったのに」

「あの……タイガさん」

「なんだ、俺は今、ユマの死を慈しんでいるんだ。そうか、これが愛なのか」

「いいえ、それは愛ではありません。ですからその不愉快な幻影を解いてください」

「おいおい、愛じゃないって、お前がそれを否定するのかよ」


 振り向くと、そこには鬼の形相を浮かべたユマの姿が。ヤバイ、ちょっと冗談が過ぎたようだ。

 俺は指を鳴らして幻影魔法を解除する。

 すると、ヒキガエルになった修道女の姿が押しつぶされたゴブリンの姿に変わった。

 幻影魔法――対象を強制的に別の姿に変える魔法であり、相手の魔法耐性によって必要な値段は変わる。

 ゴブリン相手ならせいぜい300ゴールドってところだ。


「臭いでバレるかと思ったんだけど、大丈夫だったな。お陰でゴブリンの巣もすんなり見つかって、それどころかゴブリンキングの油断まで誘うことができた。一石二鳥だな」

「私は酷く不快でしたけどね。でも、これでゴブリンに殺された方たちも安らかに眠れることでしょう」


 ユマはそう言い、祈りを捧げた。

 依頼主から聞いた話が本当なら、この近くの村で少なくとも七名の人間がゴブリンに攫われて殺されている。その中にはまだ七歳の女の子もいたという。


(……生まれ変わったら、幸せな人生を送れよ)


 俺はひそかにそう祈りを捧げた。

 そして、祈りを済ませるとゴブリンキングの腕に巻きつけられている宝石のついた首飾りを回収する。

 ゴブリンたちを仕留めて戻ってきた二匹の灰狼(グレーウルフ)を優しく撫でてから送還し、俺たちは近くの村へと戻り、翌日にはクライアン侯爵の領主町へと戻った。

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