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3話


「馬車の扱いもだいぶ慣れてきたなぁ」


 青い空を見上げ、俺はそう独り言ちた。

 レンタルの費用1000ゴールドと保証金10万ゴールドを支払い、馬車を借りて東のゼミ遺跡を目指した。

 馬車といっても、荷台の部分は荷車だし、馬だって驢馬のようだ。速度も人間が歩くより少し速い程度――走れば簡単に追い抜かれる。

 ゼミ遺跡は俺がいたノスティアの町から歩いて二時間。この調子だと馬車なら一時間半くらいで着くだろう。


「セミワシでも襲ってこないかな――」


 セミワシはこのあたりを縄張りにする鳥型の魔物だ。特徴はセミみたいな鳴き声にあり、その羽は帽子の素材として高く取引される。

 銭使いスキルの中には《魔物寄せ》というスキルもあるにはあるのだが、しかしその効果は絶大で周囲一キロの魔物を呼び寄せてしまうため、馬車を守りながら戦うとなると使い辛い。

 なんて思っていたら、現れたのは一頭の猪だった。

 どうやら猪はこの馬車を敵と見定めたらしい。

 俺は御者席から降り、馬の背中を撫でてここで待っているように告げる。万が一逃げ出しても、すぐに追いつけるから安心だ。

 剣を使って殺すのは簡単だが、しかしあの猪の毛皮はなかなかに上質。できれば血で汚したくない。

 それならば――

 俺はインベントリから縄を取り出した。

 そして、俺は突進してくる猪を寸でのところで上に跳んで躱し、その背に乗った。

 暴れる猪の首に縄を括りつけた。


「暴れても苦しいだけだぞ」


 俺はそう言いながら、腕に力を込めた。

 最後のあがきに、俺を振り落とそうと大暴れする猪だが、これでも体幹は鍛えている上、縄という支えもある。簡単に振り落とされたりはしない。

 徐々に猪の力は失われていき、そのままゆっくりと横たわった。

 死んでいるかどうかは確認する必要はない。

 インベントリに収納する――生きている物は収納できないから、この場合、猪はもう死んでいたということがわかる。また、インベントリの中は時間が止まっているので、今すぐ血抜きをしなくても肉が臭くなったりしない。

 それにしても、やっぱりスキルを使わずに獣を倒すのはいいな。なにせ経費がゼロだからな。

 王子として体術、剣術、槍術、弓術、馬術と、戦いで必要な技の一通りを多くの達人から学んだ経験がこうして生きている。日本人の小金大河としての記憶が統合した時、国が滅んだせいで王子として生まれた意味がないと嘆いたものだが、しかし王子として学んだ技術や知識はしっかりと俺の中に根付いている。

 

 東のゼミ遺跡の近くに馬車を止め、《ATM》で大銅貨を十枚取り出して投げた。

【出金:100ゴールド】

【現在残高:585万1900ゴールド】

「《召喚(サモン)アラートマウス》」

 俺がそう言うと、大銅貨十枚が十匹の茶色いネズミの姿に変わった。

 小さなネズミで戦闘力は皆無だが、周囲に外敵が近づくと大きな声で鳴いて知らせる。

 防犯ブザー代わりにはもってこいだ。

 馬車が盗まれたら保証金の10万ゴールドが戻ってこないからな。


   ※※※



 遺跡の近くにある岩陰から、盗賊団の様子を見ていたが、何か様子がおかしい。


 ――というより、こいつら本当に盗賊団か?


 全員坊主頭で、緑色の武道着を着ている。

 そして、全員が拳を突き出し、なにやら修行っぽいことをしていた。

 その姿は盗賊団ではなく、どこかの格闘家集団のようだ。


 そのリーダーと思われる一際ガタイのいい男が、見本を見せるかのようにかつて神殿の柱だったらしいものに拳を突き出すと、柱はいとも簡単に砕け散った。いくらボロボロの柱だからといって板や瓦を割るように簡単に壊せるものじゃないはずだ。

 今のはまさか――いや、ありえる話だな。

 あの筋肉神ならば。


「ん?」


 俺が考えていると、盗賊団に向かって叫ぶ一人の女性がいた。

 白い修道服を身にまとった若い修道女(シスター)だ。

 なんでこんなところに修道女(シスター)がいるんだ?

 盗賊団たちに気付かれないように、岩陰と岩陰との間を忍び足で走り抜け、距離を詰めていく。


 近づいてわかったのだが、修道女はなかなかの美人だ。年齢は十六、七くらいだろうか?

 露草――薄い青色の髪も手入れがされているらしく綺麗に輝いているし、手にはあかぎれの痕もない。どこかの貴族の娘が修行のために修道院に入っているという感じがする。


「これ以上この遺跡を壊すのはやめてください」

「旧きモノは滅びる定めにある。拳法もしかり、建物もしかりだ」

「ここにはかつて始祖の七柱と言われた神が奉られているとても貴重な遺跡なんです。滅ぼすのではなく守るのが後世に残った私たちの務めです」

「武道の道は神に至る道とも言われる。そのために遺跡が使われるのなら本望であろう」


 修道女とリーダーらしき男の話が噛み合っていないな。

 どうやら修道女は何らかの理由でこの遺跡を訪れ、盗賊たちが遺跡を破壊しているのを見て咎めているようだ。

 まぁ、見るからに脳筋と思われる男に、考古学的に貴重な遺跡だから壊さないで、って言っても無駄だろう。

 だが、妙な点がある。

 あの男、修道女の持ち物を奪う様子もなければ、襲う気配もない。胸元にある十字架のペンダントとかなら奪う価値はありそうなのに。

 盗賊の中にも信心深い気持ちがあって修道女を襲わないということも考えられたが、さっきの罰当たりな台詞を考えるとそうじゃないのだろう。

 これはもしかして――


「少しいいか?」

「なんだ、貴様は――」

「冒険者ギルドから派遣された冒険者だ。このあたりに盗賊が出るという情報があって調べてるんだ」

「盗賊だと! なんともけしからん奴がいるものだ。そのような不埒な者がいるのなら、この拳の錆びにしてくれる」


 男はそう言って拳を握りしめた。

 剣の錆びみたいに言うな。お前の拳は鉄か何かでできているのか?

 でも、やっぱりそうだ。

 こいつら、自分たちのことを盗賊団だと思っていない。


「お前たち、最近、冒険者や傭兵から剣を奪ったりしたか?」

「奪いはせん。ただ、正当な果たし合いの上、相手の装備を受け取った。それは戦いの前の取り決めだった」

「正当な果たし合い? ルールは?」

「ルールなどない。得物は自由、魔法の使用も禁止していない。無論、我が使うのはこの拳ひとつだ」


 なるほどな。こいつらが盗賊団というのは嘘か。大方、戦いに負けた連中が下手にプライドが高く、正々堂々どころか武器を使って素手の相手と戦って負けた等、プライドが邪魔して言えずに取り囲まれて装備を奪われたと話したのだろう。

 しかし、それを除いても、国が保有する遺跡を私物化して、しかも破壊しているのには変わりないか。


「ちなみに、さっき言った盗賊団っていうのはブドウパンって名前らしいんだが」

「ブドウパン? 聞いたことがない名前だな。お前たち、聞いたことがあるか?」


 頭が配下の男たちに尋ねた。


「押忍っ! いいえ、ございません」

「押忍っ! 私もございません」 

「押忍っ! 我々もございません、ハン師範代」


 ――ん? ハン?


「……お前の名前はハンって言うのか?」

「そうだ。我が名は武道家ハンだ」


 武道家ハン……ブドウカハン……ブドウパン。

 しょうもない聞き間違いだな――いや、むしろ自分たちを倒した相手が武道家であると知られないためにあえて嘘をついたのか。


「それで、その正当な立ち合いであんたが対価として差し出そうとしたのはなんなんだ?」

「それはこれだ」


 それは――まさかの下駄だった。

 しかもただの下駄ではない。


「純金下駄か」

「ほう、下駄を知っているのか? そう、極東の島国の履物だ。かの国では鉄でできたこの下駄というものを履き、階段をうさぎ跳びで登ることで己の身体と精神を鍛えるという」


 ハンは自慢げにそう説明した。確かに日本にもそういう修行法があったけれど、体を壊す間違ったトレーニングだからな。

 ちなみに、極東の島国というのはジパンという日本とよく似た文化のある国の名前であるが、あまりにも遠い場所にあるため正確な情報はほとんど入ってきていない。今の下駄の話もどこまで本当かどうかは不明だ。


「そこで、我が考えたのがこの純金の下駄だ。金は鉄よりも重いからな。これを使い、鍛錬を行い、師範に追いつく――それが我の夢だ」

「師範……ね。俺もその勝負挑めるのか?」

「ああ、いいだろう。貴様が負けたらその剣を貰う。男なら拳で戦うべきだとわからせるためにな」

「お前たちが負けたら、純金下駄の他に、ここにいる全員、ここから出て、町に出頭してもらう。お前たちがやっているのは遺跡の不法占拠だからな」

「我が負けることはない――がいいだろう。その勝負受けて立つ」


 そう言うと、男はゆっくりと歩いていく。

 遺跡の中でも一番開けた空間――ここはかつて祭儀上で使われていたらしい。


「待ってください、ここで戦うのはダメです! 遺跡が破壊されたら――」


 修道女が止めようとするが、既に戦いははじまった。

 いきなりハンが俺に殴り掛かってきた。俺は腕でガードして堪える。

 

「やるなっ! ならこれでどうだっ!」


 間合いを十分開けているにもかかわらず、ハンが構えを取る――あれは。

 ハンが拳を突き出すと同時に、俺は咄嗟に横に跳ぶ。すると、確かに俺の顏の横を何かが通り過ぎていった。そして――


 俺の左後方にあった瓦礫が粉々に砕けた。

 拳の圧だけで岩を砕いたのか。


「どうだ、これこそが我が修行により会得した秘技――その名も闘熱気砲」

「なんだ、その名前(ネーミング)は。というか、今のは遠当てだろうがっ! 勝手に名前をつけるんじゃないよっ!」

「違うっ! これは我が毎日一万回突きの練習を一年続けた結果会得した我にしか使えない秘技である!」

「努力と根性だけで魔法やスキルを会得できるわけないんだよっ!」


 そんなのはゲームや物語の中だけだ。

 スキルを会得するには必ず神の加護がいる。

 逆に言えば、神に洗礼を受けて名を授かった人間しか魔法やスキルを使うことができない。

 普通の人はその神を奉る神殿に行き、神官から洗礼を受けることで名前を授かる。その後の行いにより、その神が持つ力の一部を使えるようになる。

 たとえば、俺の名前、タイガ・ゴールド。このタイガというのは両親が名付けた名前であり、ゴールドという名前は生まれながらにゼニード神から貰った名前である。そのお陰で俺は銭使いとしてのスキルを自由に使うことができる。

 ちなみに、神の数は多く、それこそ日本みたいに八百万(やおよろず)くらいはいるのではないだろうかとも言われている。

 その中でもさっき修道女が言っていた始祖の七柱という神は、この世界で人類に最も大きな影響を与えた神々と言われる。

 最も強大な神が《平和と愛の神》ラピス神。回復魔法や破邪魔法を会得できるようになる他、自己治癒力があがり、病気になりにくくなるという加護もある。きっとあの修道女もそうだろう。

 そして、このハンという男もまた神から洗礼を受けている。

 その神の名は――


「《戦いと鍛錬の神》タイラン神」



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