36話
「話を聞いていたのか?」
「ああ、よくわかったよ。つまり、お前を千回殺せばブラックドラゴンを倒せるってことだろ?」
ブラックドラゴンを一回殺すことに比べれば、バレットを千回、いや、一万回倒すほうが容易い。
俺も同時に動いた。
再度バレットの胴を切り裂いた。
これで二回。あと九百九十八回。
「ぐっ、やれっ! ブラックドラゴンっ!」
バレットが命令した。
「神を穿つ矢」
俺は1万ゴールドを使い、神を穿つ矢を放つ。
神を穿つ矢はバレットの脳天を貫通し、後ろにいたブラックドラゴンの胴をも貫通して消滅した。
だが、ブラックドラゴンはそんなことを意も介さずに大きな瞳を開けて立ち上がった。
「やっぱりこの程度じゃ倒せないか」
そう呟いた時、ドラゴンがバレットを巻き込むように巨大な炎を放つ。
「やばっ」
盾の魔法を唱えようとした、その時だった。
「風の加護っ!」
その声とともに、俺を風の結界が包み込み、炎から身を守った。
炎が止まると、同時に風の結界も消える。
結界が消失して、俺は俺を守った相手を見据えた。
そこにいたのはダンジョンに避難しているはずのユマだった。
「ユマ、どうして――」
「ゼニードちゃんから聞きました。タイガさんの助けになるようにって言われて」
「んなことは言われなくてもわかってる。風の加護ってラピス教の使える魔法の中でもかなり上級魔法だろっ! お前、実力を隠してたのか!?」
「ち、違います。特に隠そうとしていたわけではありません。ただ、言う機会がなかっただけです」
ユマが言い訳をしていると、消し炭になっていたバレットが起き上がった。
耐火布を使っているのかローブはほとんど燃えていない。
「ラピス教徒の修道女か。連続で補助魔法は使えまい。纏めて消し炭にしてやる」
「消し炭になっていたのはお前だろうがっ!」
俺はそう言って再度バレットの首を切り落とした。
しかし、ブラックドラゴンが炎を吐こうと口を開けたので俺は後ろに飛びのいた。
再度、ブラックドラゴンの炎がバレットを包み込む。
いくら千回死ねるからって、命令を考えろ、自滅し過ぎだろ。
俺とユマは岩陰に隠れた。
「あの炎は魔法なんですか?」
ここまで迫って来そうな炎を見て、ユマがそんなことを尋ねた。
こんな時だというのに勉強か?
「ドラゴンは体内に液体状の燃料を貯める燃料袋という名前の袋があるんだ。そこからガスを作り出し、口から噴き出す、ガスバーナーみたいなもんだよ」
「ガスバーナー?」
あぁ、ガスバーナーなんて言ってもわからないか。
「! ……そうか、燃料袋に穴を開ければ――」
「燃料袋の場所なんてわかるんですか?」
「わからねぇよ。ブラックドラゴンの解体なんてしたことがないからな」
ワイバーンには燃料袋なんてないしな。
俺がそう言った時、嫌な気配がした。
「やべっ!」
俺はユマを抱えて遠くへと跳んだ。
俺がさっきまでいた岩が熱で溶けた。
「神を穿つ矢」
矢を放つが――ドラゴンの右胸に小さな穴を作った。が、すぐに塞がってしまう。
やはりダメージを与えているようには見えない。
よく観察しろ――一回1万ゴールドの大技。これはスキルの仕組み上、連続で放つことができない。少なくとも放った矢が消えるまでは次の矢が放てないのだ。
燃料袋はそんなに小さいもんじゃない。大体の場所がわかればいいのだが。
遠くから観察していると、バレットが復活し、ドラゴンの炎の射程範囲から逃げるように去っていった。
「ユマ、お前に命を預けていいか?」
「何をすればいいんですか?」
「風の加護を俺にかけてくれ。できるだけ強力なものを」
「……わかりました。風の加護」
ユマの風の結界が俺を包み込む。
俺はそれを確認すると、ブラックドラゴンの前へと走った。
「ブラックドラゴン、今だ! 炎を放てっ!」
バレットの命令に、ブラックドラゴンが炎を放つ。
俺はその炎の中へと入っていった。
風の加護のお陰で直撃はしないが、その熱波だけで蒸し焼きになりそうだ。今すぐ撤退したくなるが、ダメだ。見極めろ、ブラックドラゴンの体の変化を。
「タイガさんっ! そろそろ限界――」
「持ちこたえろっ! 限界なのはこっちも同じなんだよ」
「何を考えているのかはわからないが無駄だっ! そのまま焼け死ねっ!」
バレットの馬鹿みたいな声が聞こえてくるが、俺は炎の中でそれを見ていた。
ドラゴンは炎を放つ間、呼吸をしていない。ただガスを噴出している。
つまり、呼吸をする時は肺が膨らんだり萎んだりするのだが、炎を放つ時は肺ではなく燃料袋が萎んでいく。
「あそこだっ! 神を穿つ矢」
俺は神を穿つ矢を放つ。炎を貫いて、その矢はドラゴンの体の中心部に吸い込まれていった。しかし、ドラゴンの炎が収まる様子がない。
ダメだったか――そう思った時だった。
ブラックドラゴンの中心部が大爆発を起こした。
引火したんだ――燃料袋に炎が。
「倒したんですか?」
「だろうな。あとはあいつを倒せば一件落着だ」
バレットなんて欠伸をしながらでも倒せるからな。
「そ、そんな。ブラックドラゴンが――最強のドラゴンが」
「たとえ最強のドラゴンでも、操っているのがお前だからな。どんな名馬に乗っても騎手が下手なら一流の騎士にはなれねぇよ」
俺がそう言った時だった。
ブラックドラゴンを包んでいた炎が消え、唸り声が聞こえてきた。




