34話
「意外だな、逃げ出していなかったのか、キーゲン男爵」
キーゲン男爵の屋敷の扉は開いていた。私有の騎士団はシルバーゴーレムを倒すためにダンジョンに潜っており、未だに戻ってきていないらしい。
「タイガ・ゴールド。何故貴様がここにいる」
「悪いが今回の事件の黒幕がだいたいわかってな。探偵アニメがごとく事件の解決パートというわけだ」
「黒幕だと?」
「あんたが俺に発注した依頼――リザードマンの退治は表向きは兵を実践投入させずに安上がりに済ませようとしてのことだろうが、実際のところは違う。リザードマン退治にてこずって、退治をしている時にブラックドラゴンの存在に気付かれたら困るからだ。そして、今回のシルバーゴーレム退治に竜神の谷にある見張り用の櫓にいる魔術師を向かわせたのも、万が一魔法による攻撃で谷底から上昇してくるブラックドラゴンを谷の向こうに押しやられたら困るから。さらに言えば、ワイバーンに姫様が襲われた時、ワイバーンは誰かに操られていたそうだ。姫様の旅のスケジュール、貴族のあんたなら知っていたんじゃないのか?」
「まさか、貴様、ワシを疑っておるのか?」
「いいや、まさか。あんたが黒幕なら、ブラックドラゴンに自分の屋敷を襲わせたりしないだろ」
それに、町が壊滅することになればキーゲン男爵の責任問題にもなりかねない。
最悪首が飛ぶ。
「リザードマンの依頼を俺に受けさせるように頼んだ奴、そしてシルバーゴーレムの話を持ってきた奴は同じじゃないのか?」
俺が尋ねると、キーゲン男爵の顔が青くなった。
「まさか――バレットが」
バレット? どこかで聞いた気がするが。
「そのバレットはどこにいる」
「町の外――ドラゴンの様子を見てくると町を東へ」
「東――ドラゴンの去っていった方か。キーゲン男爵、バレットは何者だ? どういう経緯で雇った?」
「ワシは知らん。ただ、奴が皇国の推薦状を持っておったから――皇国? いったいどこの」
キーゲン男爵が急に自問を始めた。
どうやら、精神魔法かなにかで洗脳されていたらしい。これ以上こいつを叩いてもホコリは出てこないだろう。それでも一発ぶん殴ってやりたいが。
「キーゲン男爵、お前は逃げないのか?」
「当然だ。町の長が町を捨てて逃げられるか」
「ヘノワール辺境領からの避難民を見捨てたくせにか?」
俺は忌々し気に言った。
キーゲン男爵が谷の橋を焼き落としたせいで、多くの人が谷を越えられずに魔族たちの餌食となった。その中には、サクティス王国からこの国に避難していた者も多く含まれている。
「……あれは仕方なかった。あの年の前年は不作で食糧の蓄えも底を尽きかけておった。あの時、難民を受け入れたら町の者も多くが餓死することになった」
「だから、橋を焼き落とした? 多くの民を見殺しにして? それでもお前は貴族か?」
「貴族だからだ。大を生かすために小を見殺しにする。そんな腐れ仕事をするのはワシだけで十分だ。ワシは――ワシはたとえ今後同じことがあっても同じことを繰り返す。絶対にだ」
キーゲン男爵が偉そうでそれらしいことを言う。
しかし、それで死んだ人間が納得すると思うのか?
死んだ人間はきっと恨んでいる。
……かつて俺が助けられなかった人たちも、きっと俺を恨んでいるはずだ。
キーゲン男爵の言葉が本心なのか建前なのかは俺にはわからないし、今はそれを問う時間もない。
「せめて、避難するならここじゃなく、冒険者ギルドかダンジョンの中にしておけ」
俺はそう言うと、屋敷を出て走っていった。
その時の俺の心境は――自分でもわからない。
※※※
「東と言えば――やっぱりゼミ遺跡の方か」
ドラゴンは東の空に去っていったため、東の門付近にはドラゴンを迎え撃つための冒険者や警備の兵たちが集まっていたが、避難民の姿はなかったため、門から外に出るのは容易だった。
「ゼニード、これからゼミ遺跡に向かう」
俺は小銅貨を数枚握りしめ、ゼニードに《コール》で近況を報告した。
『ドラゴンの去っていった方角か――しかしドラゴンなら人が立ち入ることができない森の奥にいるのではないか?』
「普通ならそうだろう。だが、ドラゴンを操っているのはただの人間だ。ブラックドラゴンとバレットが一緒にいるとすると、ゼミ遺跡にいる可能性は高い」
本来ならゼミ遺跡でなくても、潜伏の可能性のある場所はいろいろある。
だが、俺は確信を持ってゼミ遺跡だと言えた。
「忘れたのか? ゼミ遺跡でハンたちに最初に襲われたのが誰だったのか」
『妾もその話はタイガから聞いただけじゃったからな。確か傭兵や、男爵のところの……そうか、最初にハンに襲われたのはそのパレットか、バレットかという男じゃったというわけか。ドラゴンと合流する地点の下見をした時に件の脳筋武道家に襲われたというわけじゃな』
その通りだ。
そうでなければ、男爵の部下が街道から離れた遺跡にいる理由が思いつかない。
『気をつけるのじゃぞ、タイガ。ドラゴンは夜の活動は好まん。じゃからといって、夜になると弱くなる、逆ヴァンパイアというわけではない。戦いが楽になるというわけではないぞ』
「ああ、だが、バレットさえ倒せばブラックドラゴンは元の飛竜山に戻る可能性があるからな」
『妾はタイガが戦うと言って嬉しいと思ったぞ。まぁ、1兆ゴールドを貯めるなど本来はまず不可能な話。無茶をダース単位でこなさなければならん。ここで一発大きく稼ぐのはよい提案じゃ』
「じゃあ、今回の戦いはそのダース単位の戦いの記念すべき一戦目というわけか」
『うむ、その通りじゃ。そのうち半分勝てばよい。負けてもいい。ブラックドラゴンの鱗を二、三枚剥いでインベントリに収納すれば大儲け間違いないんじゃからな。じゃから――無理はしても死ぬんじゃないぞ』
「ああ、当然だ!」




