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32話

 夜中だというのに町は騒がしい。あちこちに火が灯されている。

 この世界では夜中は月明かりくらいしか照らすものがないから珍しい。

 俺は青ネギを一本口に咥え、とりあえずシンミーのところに行ってみるかと町を歩く。


「タイガさんっ!」


 俺を見つけてひとりの冒険者が走ってきた。


「グルーか。お前も護衛依頼を捜してるのか? それならあっちにそこそこ金を持ってそうな行商人がいたぞ。俺の眼鏡には敵わないが」

「いえ、僕たちは町を守るために戦うつもりです」


 予想外の答えに俺は口が開きっぱなしになり、口から青ネギが落ちた。


「は? お前、死にたいのか?」

「いえ、死にたくはないんですけど、やっぱり無茶ですかね」

「生まれたばかりのゴブリンがオーガの群れに喧嘩売るようなもんだ」

「でも、やっぱり僕はこの町が好きですから。それに、僕だけじゃありません。町の冒険者の多くが町のために残っています」


 ……そうか、だから冒険者ギルドが騒がしかったのか。俺はベランダから飛び降りたから気付かなかったが。

 グルーは笑顔で俺に頭を下げると、冒険者ギルドの方へと去っていった。

 あいつ、こんな時なのに、なんで笑ってやがるんだ?


 調子がくるうと思いながら、奴隷商館へと向かった。

 シンミーなら金払いもいい。それに逃げるとしたら領主町になるはずだ。あそこなら次の拠点にもぴったりだ。


「タイガはん、悪いけど今、手が離されへんねん。町を逃げ出す人間たちが奴隷を売りにきてな。安く買うことができたんで、その子たちを領主町まで運ぶ手続きをせなあかんねん」

「そうか、それなら護衛の依頼は必要ないか?」

「護衛? あぁ、うん。今日は必要ないわ。集団で避難する列に紛れ込ませるから、護衛とかは冒険者ギルドの冒険者がやってくれるやろ」


 シンミーはあっけらかんとした口調で言った。


「シンミーは逃げないのか?」

「町を守るために兵士や冒険者が何人も残ってるやろ? その人たちがこの町を守りきった時、町を立て直すための人員は絶対に必要やしな。そういう時に真っ先に奴隷を売るためにも、うちがこの町を離れるわけにはいかんやろ」


 シンミーは笑って言った。

 とてもではないが、これから災害級の魔物が現れる町に残る人間が見せる笑顔には見えない。

いったい、何を考えているんだ?


「奴隷は全員、領主町に連れていくんじゃないのか?」

「タイガはん、この町の住人を全員領主町で受け入れられるわけないやろ? ましてや、特別な技能を持っていない奴隷は真っ先に町から追い出されるんがオチや。せやさかい、奴隷の大半は町に残ったままやねん」

「まさか、その奴隷を守るために?」

「まぁ、奴隷は商品やからな。商品をほったらかして逃げるなんて、商人失格やろ?」


 シンミーはそう言うと、「ほら、こっちは忙しいんやから、タイガはんはタイガはんができることをしーや」と言って俺を追い払うように言った。

 俺にできることって、俺はただの冒険者だぞ。

 できることなんてそんなもんはねぇよ。


 とりあえず、ユマには俺が避難することを伝えておくか。

 俺はそう思い、教会に向かった。

 教会に向かう途中、教会の近くにあるキーゲン男爵の屋敷を見たが、屋根の部分が、巨大な爪で削られたように欠けている。

 そして教会に入ろうとしたのだが、教会を囲う塀の中に人が溢れていた。

 そんな中、ユマと神父が外にいる人たちに毛布を配っていた。


「ユマ……これはいったい」

「皆さん、ここに避難してきているんです」

「なんで……」

「理由はいろいろありますが、ほとんどの人はこの場所以外で生きていくことができないんですよ」


 生まれ育った町を捨てることができない。

 他の町に避難した息子夫婦についていけば迷惑になるだけだ。

 領主町まで歩くことなんてできない。

 せめて、神に祈るしか自分にできることはない。彼らはそう言って教会に集まってきたんだそうだ。


「バカな奴らだ。こんなところで神に祈っても、神は助けてくれない」


 サクティス王国が魔族に襲われた時も、かなりの数の人間が避難できずに王都に残った。

 全員神に祈って死んでいった。

 確かに、避難の旅は楽なものではなかった。道中の町に受け入れてもらえないこともあった。

 開拓村の募集に行った者も多くいたが、その開拓村が飢餓で全滅したという話を聞くこともあった。

 それでも、そんな苦しいことが待っていてもやはり俺は生きるために行動してほしいと思った。


「そんなことは……いいえ、そうですね。ラピス様に祈りが届いたとしてもラピス様がいらっしゃるのは遠き聖教国ですから」

「そうだ。神に祈るくらいなら行動しろ。避難するなら教会じゃない」


 俺はユマの目を見て言った。


「ダンジョンだ」


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