31話
どこからドラゴンが現れたのか?
そもそも巨大なドラゴンが空を飛んでいたら誰かが気付くはずなのに、周辺の町の人間は何故誰も気付かなかったのか?
様々な疑問があるが、今はノスティアの町に戻らないといけない。
ゼニードの身が危険だ。
「坊主、これを持っていけっ!」
追いついたガイツが俺に鞘に入った剣を投げてきた。
俺は剣を抜く。そこには美しい銀色の刀身があった。
「これ、ミスリルの剣か」
「ドラゴンと戦おうっていうんじゃ。鋼鉄の剣じゃきつかろう」
「ドラゴンと戦うなんて誰も言ってないんだが――」
でもありがたい。
ブラックドラゴンの鱗はワイバーンの比じゃないからな。
俺はガイツに礼を言い、ユマの手を握って転移魔法を唱えた。
※※※
「ゼニードっ! ……いないのか」
ノスティアの自室に戻ったが、ゼニードの姿は見えなかった。
ベランダから外に出る。
夜で薄暗いため、町の細部までよく見えないが、建物に被害らしき被害は見えない。しかし、町の人たちが浮き足立っている様子が見える。こんな時間だというのに馬車が通り、荷車を押している人や荷物を担いで歩く人たちが通りを行き交っている。どうやら町から避難しようとしているようだ。
「タイガさん、私は一度教会の方に行ってきます!」
「ああ、何か情報がわかったら教えてくれ」
「わかりました」
ユマがおっとり刀で駆け出していく。彼女と入れ替わるようにベランダの横にある梯子を登ってゼニードがやってきた。
「ゼニード、無事だったのか」
「うむ、問題ない。この傷もちとタイニャーを避難させようとしてひっかかれただけじゃ」
ゼニードはそう言って二の腕の傷を見せてきたが、血が出るような怪我は負っていない。
それでも破傷風の危険はあるので、1ゴールドを使って治療する。
「それで、ドラゴンは?」
「町の上空を三回まわると、キーゲン男爵の家の屋根に爪痕を残して去っていったわ」
爪痕を残すのはドラゴンにとってマーキングの効果がある。
キーゲン男爵の屋敷はこの町で一番大きな屋敷だから、そこに爪痕を残すということはこの町そのものを標的にしたということで間違いないだろう。
「ドラゴンは夜はあまり動きたがらないからの――今日は警告のみで、しかし、明日の朝には戻ってくるじゃろうな」
そうだった。ドラゴンは変温動物であり、気温の下がる夜、動きが活発化することはあまりない。しかし、あまりないというのなら、町の上空を飛び回ることもあまりないはずだ。
「何があったのか教えてくれ」
「うむ……これはセリカから聞いた話なのじゃが」
ゼニードの話を聞く限り冒険者ギルドも、町の北から突如としてドラゴンが現れたことしかわかっていないそうだ。
神竜の爪痕近くにある見張りの櫓から魔物が襲来を知らせる狼煙が上がったのが昼過ぎのこと。しかし狼煙は暫くすると消えてしまった。その数時間後、巨大なドラゴンが突如として襲来したそうだ。
「神竜の爪痕を越えてきたのか? いや、しかし――」
ドラゴンはそれほど高い場所を飛ぶことができない。そのため、竜神の爪痕から吹き上げる上昇気流を越えてくるのは不可能だと言われていた。
(どうやって? “凪の谷”はまだ早いだろ)
『飛竜山の麓にいるはずのリザードマンが、どういうわけか群れごと移動している』
リザードマン討伐の依頼を受けた時の、キーゲン男爵の言葉が蘇った。
まさか?
「ドラゴンは谷底を歩いて来たのかっ!?」
確かに空を飛んで谷底を越えるのは不可能だ。だが、谷底を歩いて移動する分ならば問題ない。俺だって歩いていたわけだし、飛竜山からならドラゴンのような巨体でも歩いて移動することは可能だ。
しかも、この町の北以外では神竜の爪痕はかなり深く、谷の上から谷底を歩くドラゴンを見つけることはできない。
かなりの距離で、しかもドラゴンの足はそれほど速くない。
歩けば一カ月はかかる。
しかし、確かにいた。
一カ月前に飛竜山からいなくなったドラゴンが。
「ゼニード、お前が見たドラゴンの特徴を言ってくれ」
「特徴と言っても、既に日も沈んでおったからの……ただ妙にでかく、黒い竜だった」
「黒い竜……ブラックドラゴン」
飛竜山から突然いなくなったと言われるボスドラゴン。
二十のドラゴンと百のワイバーンを従えていたというまさに竜の王。
「そんな化け物と戦うなんて、金がいくらあっても足らないぞ」
「間違ってはおらんが、そこは命がいくつあっても足りないというべきなのじゃろうな」
その通りだ。
最近だと俺はデーモンローズ、ワイバーン、ジャイアントリザードマンやミスリルゴーレムという強敵と戦ってきたが、実際のところあいつらは倒し方さえ気にしなければ俺にとってはどうとでもなる格下の存在だ。
しかし、ブラックドラゴンは違う。
その力は上級魔族にも匹敵すると言われる。国の全軍が出撃して、大きな犠牲を出して追い払うことができるかどうか。そんな奴に戦いを挑むなど考えられない。
「ゼニード、荷物を纏めておけ。インベントリにしまっておく」
「逃げるのか?」
「当然だ。ついでに護衛の仕事を取ってくる。できるだけ金払いがいい奴を探してくるよ」
町の外には魔物や野盗が現れる。そういう災厄から身を守って欲しい金持ちにはいくつも心当たりがあるからな。
俺がそう言って、とりあえずネギたちをインベントリへと収納していく。
すると、視線が浴びせられているのに気付いた。
ゼニードが俺のほうを半眼で見ていた。
「……なんか言いたそうだな」
「何か言われたいと思っておるのは貴様じゃないのかの?」
なんのことだかさっぱりわからない。
逃げ出す準備をしろって言ったのが聞こえていなかったのか?
「ゼニード、お前は俺に何かさせたいのか?」
「貴様はまだわかっておらぬのか? 神というのは加護を与える。きっかけも与える。じゃが、実際のところは見ているだけじゃ。決めるのは貴様の方じゃ。貴様が逃げるというのなら妾も同行しよう」
「それって他人任せってことか。神様は何もしないのかよ」
「何もせんな。信者は神に見られていると意識する。神に見られた貴様はいったいどのような行動を選ぶのか? 選ぶのは貴様の自由じゃ」
「……ずっと言おうと思ってたけど、俺のことを貴様って言うのはやめろ」
俺は吐き捨てるようにそう言うと、逃げ出す準備を済ませておけと言って、護衛依頼を捜すためにベランダから飛び降りて、町に出た。




