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30話

「ゴーストっていうのは、死んだ人がこの世に未練を残した時に現れる魔物で、基本的には死んだその場所か墓場周辺にしか出ないっていうのは知ってるだろ?」

「そのくらい当然です」

「そして、その大きさは死んだ人の大きさのままだ。たまに例外はあるんだが。あのゴーストの大きさは人間サイズ――ドワーフじゃない」

「そう言われてみれば。つまり、どういうことですか?」

「少しは自分で考えたらどうなんだ? このあたりで死んだ人間で未練が残っている人間と言えば誰だ?」

「えっと……あっ! そういえば、湖にいる巨大生物を調査するために訪れた探検隊のひとりが滑落事故で死んだという記録が」

「んなとんでも探検隊のことじゃねぇっ! そいつがゴーストになっているとすれば、湖にいるよ。さっき言ってただろ、トレジャーハンターだよ、トレジャーハンター」


 トレジャーハンターは宝探しに執念を燃やしているような奴だからな。見つからずに死ねば怨念が残っていてもおかしくない。

 そして、そのトレジャーハンターのゴーストが人を襲うことがあるとすれば、それはきっと、ゴーストになって宝を発見したからだ。

 自分が見つけられなかった宝を他人に見つけられたくないと思っている可能性が高い。


「しかし、所詮はゴースト。宝に縛られているのなら、傷ついた時に戻るのは宝の在処だ」


 とっとこ走るアラートマウスを追いかける。

 そして、俺たちは坑道の最奥に辿り着いた。


「ここは――小部屋か?」


 明らかに坑道とは違う。どうやら坑道を掘り進めた結果、ドワーフたちはこの小部屋を掘り当てたようだ。

 そこには台座のようなものがある。


「ここで謎の円盤は見つかったんでしょうか? しかし、ここが遺跡だとしたらおかしくありませんか?」

「ああ、出口がない」


 小部屋だというのに、出口――いや、この場合は入り口と言った方がいいか?――が見当たらないのだ。扉も階段も通路もなにもない。

 ここはおそらく、隠し部屋か何かなのだろう。しかし、隠し部屋というのは本来、外から入るのは難しいが、中からなら出口となる場所のヒントのひとつやふたつあるはずなのだが。

 壁を叩いてみるが、壁の向こうに空洞がある様子はない。

 台座を押しても横にずれることはないし。


「八方塞がりか……」


 正確には入ってきた場所が塞がっていないんだが。

 それでも、こんな狭い部屋にずっといたら気がめいってくる。

 まるでエレベーターに閉じ込められたみたいな……

 いや、待てよ?

 俺は台座の上に土足で上がる。


「タイガさん、古代の遺跡になんてことを――」

「いや、天井に抜け穴がないかって思ってな」


 エレベーターにも天井に抜け穴があるからな。

 しかし、台座に上がってもやはり高さは足りず、天井には手が届かない。

 台座の高さは五十センチほど、天井の高さは三メートル近くある。

 ただ、天井と壁の間に、僅かな溝のようなものが見えた。もしかしたら、天井が開く仕掛けがあるのかもしれない。

 俺は天井を開ける仕掛けを探すのを諦めて、部屋を出た。


「タイガさん、諦めたんですか?」

「誰が諦めたって言った。掘るんだよ、別の抜け道を」

「掘るって、タイガさんっ! どうやってっ!」


 手段はいくらでもある。たとえば金貨一枚でアラートマウス千匹を召喚して穴を掘らせるとか、それこそドワーフたちを雇って掘ってもらうとか。

 しかし、どれも時間がかかるので、こういう時だからこそ使える裏技のようなものがある。

 俺は金貨一枚を取り出し、ファイヤーソードを取り出した。

 そして、岩盤を何度も切り裂いた次の瞬間、目の前から岩盤の一部が消失した。

 焼失したのではない、文字通り消えてなくなったのだ。ただし、失ってはいない。

 岩盤をインベントリに収納した。岩盤が切り裂かれ、他の岩盤との結束が弱くなると、ワイバーンですら収納できる俺のインベントリの前ではただのアイテムと同じだ。

 無論、そんな方法だと落盤してしまうが――落盤の岩も全てインベントリに収納していければ問題ない。それどころか掘る手間が省けて大助かり。落盤万歳だ。

 俺は小部屋の周囲をぐるっと回るように斜め上に掘っていき、そして一周回る頃には――


「貫通したっ!」


 小部屋の上に到達した。

 そして、そこにあったのは――


「古代遺跡の宝物庫ですかっ!?」

「いや、倉庫の方が近いんじゃないか? にしても大発見だ」


 そこには大量の剣や鎧、置物、装飾品などが置かれていた。ただ、何故か倉庫なのに周囲の壁が全部土壁だ。

 ただ、まぁなんというか、装飾品や置物もほとんどが壊れていて、学術的な価値はあっても、そのまま売れば二束三文にしかならないガラクタばかりだった。まぁ、古代遺跡の宝だと証明されたら、物好きな貴族なら高く買ってくれるだろう。

 だが、メインのエメラルド板が見つからない。

 それにゴーストも。


「タイガさん、上っ!」


 ユマに言われ、俺は見上げた。

 すると、そこには横穴があり、ゴーストの姿が。


『FUUUUUUUU!』


 ゴーストが猫の威嚇みたいな声をあげる。


「タイガさん、かなり怒っているみたいですが」

「宝が近いんだっ! ユマ、魔法で威嚇を――」

「《聖なる矢(ホーリーアロー)》っ!」


 ユマが魔法を放つと、ゴーストは穴の向こうへと去っていく。

 俺はインベントリから鉤付きのロープを取り出してそれを横穴に向かって投げた。

 そして、縄がしっかりと固定されたのを確認すると、壁に足を当てて登っていく。

 この先に10億ゴールド――じゃない、エメラルド板……いや、やっぱり10億ゴールドがあるっ!

 そう思うと、ロープを握る手にも力が入る。

 

「待ってください、タイガさんっ!」


 ロープの下でユマが叫ぶが俺は無視してロープを上りきり、横穴を駆けた。

 すると、先に明かりが差し込む場所が見えた。

 かなり開けた空間がある。

 きっとそこが目的地だ。

 10億、10億、10億――


「10億ゴールドっ!」


 俺は声を上げながら、その開けた空間に出た――が、そこにあったのはエメラルド板などではなく――


「地底湖?」


 天井に穴が開いていて、光はそこから差し込んでいるらしい。

《ライトボール》を使う必要がないから助かるが――しかしエメラルド板はどこにあるんだ?

 もしかして、湖の中か?

 俺は湖の底を見る。とても澄んだ水なんだが、底がまるで見えない。かなり深い湖のようだ。

 もしもエメラルド板がこの湖の底にあるというのなら、それこそゴーストにしか見つけることができない。

 そう、ゴーストにしか――


『FUUUUU』

「日本語でおkだっ!」


 俺はそう言って掌底でゴーストの頭を殴った。

 ゴーストは顔を押さえて蹲る。


『な、何故霊体である私を叩くことができる』

「よし、ちゃんと言葉が話せるな」

『あぁ、ゴーストになって幾年。すっかり自我を失いかけていたが、今の一撃で目が覚めた』


 そういうゴーストの姿が白い靄のようなものから、初老の男の姿へと変わった。

 殴られたから意識を取り戻したというのは事実であるが全てではない。

 俺が指と指との間に小銅貨を挟んでいた。

 その小銅貨を殴ると同時に、ゴーストの意識を覚醒させるための白魔法、《意識覚醒(ウェイクアップ)》を発動させただけだ。霊体を殴って短い間意識を覚醒させるだけという使い道の少ない魔法だ。



「そうかそうか、じゃあ教えろっ! エメラルド板はどこにあるっ!」

『エメラルド板? なんのことだ、私はそんなものは知らん』

「しらばっくれるなっ! お前が――」

「シャウト博士っ!」


 追いついてきたユマが叫んだ。

 シャウト博士?


『小娘、私のことを知っているのか?』

「はい! シャウト博士の『古代より生き延びた巨大生物は確かに存在した』は何度も読みました!」

『ほう、あれを読んだか。死んでからファンに会えるとは、ゴーストになってみるものだ』


 そう言ってゴーストは朗らかな笑みを浮かべた。

 このまま成仏してしまいそうな勢いだ。


「って待てっ! つまりこの爺さんは――」

「はい、私が言っていた滑落事故で死んだ探検家、古代生物学者のシャウト先生です」


 なんてこった。

 つまり、ユマの予測が当たっていたということか。


「いやいや、待て! なんてその古代生物学者のゴーストが俺たちを襲ったんだ!?」

『それは、この湖が奇跡の湖だからだ』


 シャウト博士が見た場所に、一匹の魚が泳いでいた。


「この魚は、三万年前に滅んだと思われていた魚――シーカランスだ。他にもヨロイガニやアンナモイトなど絶滅したはずのカニや貝が生息している」


 なんかシーラカンスやカブトガニ、アンモナイトみたいな名前の生物だな。でも、どれも海の生き物なんだけど。


『ここはドワーフたちが守り続けた奇跡の湖。それを守り続けるために私はゴーストとなってここにいる』

「待て、今ドワーフが守り続けているって言ったか? ドワーフはこの湖を知っているのか?」

『知っているもなにも、ほれ、そこに――』


 シャウトが指差す方向を俺は見た。


「おぉ、坊主、こんなところで何をしておる?」

「げんこつ爺さんっ!? なんであんたが――」


 そこにいたのはガイツだった。 


「なんでって、この先にドワーフのゴミ捨て場があるからの」

「ゴミ捨て場?」

「あぁ、失敗作などを廃棄するための穴がこの先にあるんじゃ」


 ガイツはそう言って、俺がやってきた方に向かうと、横穴の向こうにある場所にガラクタを捨てた。


「ゴミ捨て場だって!?」

「ああ、そうじゃぞ――ん、嬢ちゃん、それをワシに貸してもらえんか?」


 ガイツはユマが持っていた謎の円盤を手に取った。


「ガイツさん、これが何か知っているんですか?」

「知っているもなにも、これは鍵じゃよ」


 これが宝物庫の鍵であっていたのか!


「いったいどこでこれを? 巨大金庫の鍵としてワシが作ったものじゃったが、間違えて金庫の中に鍵を入れてしまって、開けられなくなったからこの先のゴミ捨て場に金庫ごと捨てたはずじゃったが――」

「巨大金庫の中にこれを――」

「つまり、あの小部屋は遺跡の一部ではなく、金庫の中だったわけか」


 ユマと俺は落胆し、その場に項垂れたのだった。

 ガイツの奴、族長が見つけた円盤を一度も見たことがなかったらしい。

 ちなみに、湖の向こうにある通路はドワーフの村の裏手に繋がっていた。

 俺たちの苦労っていったいなんだったんだろう。

 10億ゴールドどころか、ファイヤーソード等に使った諸経費で大赤字だ。

 もう宝探しなんてこりごりだ。


 ドワーフの村に戻った時は既に夕方だった。

 思ったよりも長居が過ぎた。ユマのせいで無駄な時間を使ってしまった。

 明日の朝一には町に戻ろう。

 ユマは先にドワーフの村唯一の宿に向かった。

 俺は宿代が勿体ないからガイツの家にでも泊めてもらおう。

 そう思った時、ゼニードから連絡が入った。


「――っ!」


 俺はゼニードからの通信を切り、ユマの宿へと向かった。


「待て、坊主っ!」


 ガイツが追いかけてくるが、待っている余裕なんてない。


 扉を開けると、ユマがちょうど着替えているところだった。

 一瞬ユマの白い下着が見えた。

 ユマは慌ててさっきまで着ていた修道服を着直す。


「タイガさん、どうしたんですかっ!? ノックくらいしてくださいっ!」

「そんなお色気シーン、今はいらねぇんだよっ! ノスティアの町にすぐ戻るぞっ!」

「え、いったいどうしたんですか? なにかあったんですか? 私、今日は泊まっていくのかと聞いていたので食事をお願いしていたのですが」

「飯なんて食ってる暇はないっ! ノスティアの町がやばい」


 ゼニードから入った連絡が真実なら、一秒すら惜しいのだから。


《ノスティアにドラゴンが現れた。ワイバーンなどではない、正真正銘のドラゴンじゃ》

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