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29話

 工房から族長の部屋に戻る。工房の中は熱気で溢れていたからな、常温のはずのこの部屋がずいぶん涼しく感じる。まぁ、実際に高度があるから、ノスティアの町よりは涼しいんだけど。

 そして、ユマはというと――じっと謎の円盤を食い入るように見ていて、俺が横にいることにすら気付いていない。

 ただ、なんだろうな。

 横から光を反射させて円盤を見るその仕草は、中古ゲームを買う時に傷をチェックする時を思い出す。

 ただ、その円盤はDVDやBlu-rayディスクというよりかは、どちらかといえばレコード盤くらいに大きい。


「というか、本当にレコード盤じゃないだろうな?」

「きゃっ! タイガさん、いつの間にいたんですかっ!?」

「さっきからいたぞ。族長はどこにいった?」

「葡萄酒の樽を持って出かけましたよ。今日は宴会だから帰らないって言っていました。この円盤は好きにしてもいいからと言って」


 不用心すぎるだろ、族長。防犯意識というものが欠如してるんじゃないか?

 そこに置いている細かい細工の金の置物なんて王都で売れば数十万ゴールドという金が動くはずだぞ。 

 まぁ、この村に入ってくるような泥棒はまずいないだろうが。


「あの、タイガさん。レコード盤ってなんですか?」

「レコード盤っていうのは、円盤を回転させて、表面に針を当て、僅かな針の振動で情報を引き出す装置――みたいなものだ」

「そんなものがあったんですかっ!? やっぱり、先史文明の魔道具なんですねっ!?」


 いや、未来の技術だ。この世界だとレコードが発明されるのは数百年以上先だと思うぞ?

 魔法という便利なものがあるせいで、科学の発達が遅いからな。

 科学としてこの世界に存在してもおかしくないものですら、魔法で代用されているほどだ。

 まぁ、魔道具とか温室効果ガスを出さないから、ある種エコなんだけど……ん? 魔道具か。


「もしかしたら、その円盤は魔道具で動くのかもな」

「つまり、タイガさんはこの円盤に対になる魔道具があると思っているんですか?」

「そういうことだ――しかし――」


 音声を記録する魔道具なんて聞いたことがない。

 俺が日本の電気工学について知識を持っていたらこの世界で作って大儲けしたのだけれども、残念ながら俺には電流や電波についての知識がほとんどない。


「もしもそれが現存し、複製量産するための資料が今も残っているとすれば――いや、解読とかの手間を考えたら面倒だな」

「そうですね、紙の資料は朽ちていますし。この地で以前発見された遺跡みたいにエメラルド板でもあれば別なんですけど」

「エメラルド板?」

「はい。五百年程前、この飛竜山でエメラルドの板が九枚見つかったそうなんです」


 エメラルド・タブレットか。

 そういえば、俺の世界にもそういう伝説が残っているな。アトランティスの記録だとか言われていた。


「そのエメラルド板は十枚一組で、残り一枚が今でも行方不明なのだとか。もしも見つけたら、報奨金を出すという話になり、当時は多くのトレジャーハンターがこの地に押し寄せたようです」

「それで見つからなかったわけか」

「はい、多くのトレジャーハンターがドラゴンに殺されたようです」


 そりゃそうだ。ドラゴンがいるこんな場所で宝探しなんて自殺にも等しい。俺だって御免被る。


「ですよね。いくら報奨金が10億ゴールドって言われても、命あっての物種――」

「よし、探すぞ! エメラルド板!」

「……タイガさんですもんね」


 俺の変わり身の早さに、ユマは驚くかと思いきや、どこから呆れたように言った。まだ短い付き合いだというのにもう悟っていやがる。



   ※※※



「ここか、例の円盤が見つかったっていう坑道は?」

「はい、そうです」


 ドワーフ自治区の集落から下っていく。

 既に廃坑となっているのか、人のいる気配はない。ガードレールのような木の柵で塞がれているが、跨いでいけば問題ない。


「勝手に入っていいんですか?」


 俺が跨いで柵を越えると、ユマが今更なことを言ってきた。


「問題ない。この飛竜山の坑道に関しては百三十年前に施行された亜人保護法第六十九条により国家の管轄から外れることになっているから」

「タイガさん、なんでそんなこと知っているんですか? 普通の人は自分に関係のない法律なんて知らないと思いますが」


 やばい、王子だった頃に家庭教師から学んだ知識をつい言ってしまった。

 なんて言い訳をすればいいだろうか? ドワーフから聞いたことに……いや、自治区の長である族長ですらそんなこと知らないだろうし。

 いっそのこと俺が元王子であることをばらすか? 別に公にはしたくないけれども全員に黙っているっていうわけでもないからな。

 絶対に信じてくれないだろうけど。


「愚問でした。タイガさんはお金になりそうな法律についてはいろいろ調べていそうですもんね」 

「――うるせぇよ」


 俺はそう悪態ついて、ユマに背を向けた。

 勝手に納得してくれたようだが、少しむかつくな。


「早くしろ、中に行くぞ」


 そう言って振り返ると、ちょうどユマは木の柵を跨いでいるところだった。

 スカートを履いている女性が木の柵を跨ぐとどうなるか、想像すればすぐにわかるだろう。

 つまり、本来見えてはいけないはずの純白の布切れが見えた。


「……タイガさん、どうかしましたか?」

「いや?」


 ユマはパンツを見られたことに気付いていないようだ。

 無防備な奴め。


 俺は大銅貨一枚を取り出し、

 

「《ライトボール》」


 と魔法を唱えた。

 洞窟の中なので、それほど光量は大きくない。そのため、金額も草原で使った時と比べ30ゴールドではなく10ゴールドとお手軽だ。

 あとは――


「《召喚(サモン)アラートマウス》」


 アラートマウスを召喚する。

 こちらも一匹大銅貨一枚、10ゴールド。

 魔物と戦っている時に背後から襲われるのは困る。

 ここにアラートマウスを置いておけば、少なくとも外から魔物が来たらすぐにわかる。


「こうしてみると、本当にタイガさんのスキルって便利ですよね」

「金はかかるがな――」

「はい、まるでうちのじいやみたいです」


 ユマが笑顔で俺に言った。


「お前、今、じいやって言ったか?」

「あ、すみません。タイガさんがお爺さんみたいな年齢だって言ったわけじゃないですよ」

「…………」


 自分の失言に気付いていないのか? 普通の家にじいやなんていないぞ。

 まぁ、ユマが金持ちのお嬢様だってことは最初に会った時からそれとなく気付いていたが、しかし、俺のスキルのような感じでなんでもできる執事となると、相当な金持ちでなければ雇えない。

 アスカリーナのことも知っているみたいだったし。


「ユマ、円盤はどこで見つかったんだ?」


 ユマの素性を調べるのはいつも通り後回しだ。

 今は10億ゴールドを手に入れるほうが優先だ。


「あ、はい。族長さんの話では、一番奥だそうです」

「一番奥って、また大雑把だな」


 地図などはないそうだが、分かれ道も《ライトボール》を置いていけば迷うことはないだろう。

 ただし、この魔法は数時間で消えてしまうので、ある程度進めば一度引き返さないといけない。


「思ったよりも広いですね。ドワーフの人たちって背が低いですから、これほど高く掘る必要がないと思うのですが。それに、天井も平らで、まるで普通の廊下みたいです」

「ドワーフは職人気質の奴らが多いからな。どうせ掘るなら綺麗に歩きやすくってなっているらしい。それに、このあたりを掘るとメタンガスが発生することがあるらしく。高く均等な天井を作ることでメタンガスが天井に溜まって自分たちが吸ってしまう危険性を減らしているって聞いたことがある」


 さらに歩くと、分かれ道になっていた。

 とりあえず、目印として、《ライトボール》を置いておき、僅かに狭い方の道に進むことにした。


「タイガさん、広い方の道に行かないんですか?」

「ああ、そっちは行き止まりの可能性が高いからな。広い方の道は僅かにだが上り坂になっている。さっき言ったばかりだろ。このあたりはメタンガスが発生しやすい。メタンガスは空気より軽いからな、上向きの通路はそれが溜まりやすいんだ――が、一応あれを呼んでおくか」


 勿論、ガスの中には空気よりも重いガス――硫化水素ガス等も存在するので対策をしないといけない。

 そのため、再度魔法を唱える。


「《召喚(サモン)アラートマウス》」


 アラートマウスを一匹召喚し、


「次の分かれ道まで先に行ってそこで待ってろ」


 と命令した。アラートマウスは頷く素振りを見せ、とっとこ走っていった。


「魔物がいないか偵察に行かせたわけですね」

「まぁな」


 本当は毒ガスが溜まっていないか、鉱山のカナリアのように調べさせに行ったんだけど。

 道中にアラートマウスが死んでいたら、そこには毒ガスが溜まっているということになる。当然、そんなことユマにでも言おうものなら、鬼畜だの非道だの言われるのはわかっている。

 魔物がいないか偵察に行かせるのも、それはそれでかなりひどい行為に思うかもしれないが、まぁアラートマウスも魔物が出れば大きな鳴き声を上げながら逃げ出すくらいできるだろうからな。


『MYAAAAAAAAAAっ!』


 猫のような鳴き声が坑道に響いた。

 前方にいるはずのアラートマウスの鳴き声だ。


 俺は鋼鉄の剣を抜いて走る。

 走り去った時間を考えると、それほど遠くない。


「いたっ!」


 大きな鳴き声をあげながらアラートマウスが走ってくる。


「《送還(レパトリエーション)》っ!」


 アラートマウスを強制送還させる。

 再召喚するのに再度金がかかるが、このまま騒がれたら、入り口付近で待機させているアラートマウスまで連動して鳴きだしてしまう。

 そして、光に包まれて消えるアラートマウスの向こうから白い影が迫ってきた。


「ゴーストかっ!」


 人間くらいの大きさの白い影。

 俺は鋼鉄の剣でその影を切り裂くが、やはり手応えはない。

 ゴーストというのは魔族と同様、物理攻撃は効かない。

 俺のかつての師匠ならば、剣に気を纏わせて倒せたが、やはり俺には無理だったか。


「タイガさん、ここは私に任せてください」

「待て、ユマっ!」

「《聖なる矢(ホーリーアロー)》っ!」

「待てって言ってるだろっ!」


 俺が前に出たユマを後ろに引っ張る。

 ユマが放った魔法の矢は、かろうじてゴーストの体を掠めるだけに終わった。そしてゴーストは一目散に通路の奥へと去っていく。


「何をするんですかっ! もう少しで当たったのに」

「倒してどうする」

「ゴーストを含めた不死生物(アンデッド)の浄化はラピス教徒の責務です」


 ユマが頬を膨らませて怒ってくるが、アラートマウスは再召喚して前に進ませ俺は逃げたゴーストを追った。

 ユマも渋々ついてくるが、全然納得できていないようなので、俺はユマにどうしてゴーストを倒させなかったのか説明した。


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