2話
「タイガ・ゴールドさん、賞金首【薔薇と茨の悪魔】デーモンローズ撃破、おめでとうございます! こちら賞金5万ゴールド。そしてデーモンローズの蔓、二本で買い取り金額1万6000ゴールド。会わせて6万6000ゴールドお支払いですっ!」
どうやら、デーモンローズの蔓が僅かに焦げたことは減額対象にはならなかったらしい。
ギルドの美人受付嬢、セリカが大きな声で俺の報酬を喧伝する。
高い報酬が支払われた時はよくあることで、そこには個人情報の保護などという言葉は存在しない。そうすることで、冒険者ギルドに併設されている酒場の利用客や、他の冒険者たちに「冒険者は儲かる」と錯覚させることが目的だ。宝くじ売り場によくある「当売り場から1等前後賞3億円が出ました」と書かれた紙が貼られているのと同じようなものだ。
ファイヤーソードに1万ゴールド、怪我の治療に5300ゴールド、ダンジョンからの脱出に1000ゴールド使っている。
今回の収支はプラス4万9700ゴールドか。半日で五十万円稼ぐというと、前世の俺にとっては目が飛び出る程の額だが、しかし王子として過ごした時間と、平和な日本で育った前世がある分、命のやり取りをしての稼ぎとなると、やはり少なくも感じる。
支払われたのは全て大銀貨だった。この国には一般的に五種類の貨幣が使われている。
1ゴールド=小銅貨。10ゴールド=大銅貨。100ゴールド=小銀貨。1000ゴールド=大銀貨。1万ゴールド=金貨となっている。まぁ、平民の間には回らないが、大貴族や大商人たちの間には白金貨、聖銀貨というものも出回っており、白金貨=10万ゴールド、聖銀貨=100万ゴールドとなっている。
俺は大銀貨六十六枚を確認すると、それを【入金】した。
【入金:6万6000ゴールド】
【現在残高:595万3000ゴールド】
現在の貯金額が表示される。だいぶ増えて来たな。
銭使いスキルは、お金を使って様々な力を発現させるスキルのことだ。
だが、お金を使わなくても使うことができるスキルがふたつある。
それは《インベントリ》と《ATM》だ。
《インベントリ》というのは、道具を異次元に収納したり取り出したりできる力のことを言う。
そして、《ATM》。ふざけた名前のスキルだが、これが結構便利。異次元にお金を収納、取り出しできるという点はインベントリとあまり変わらないが、それだけじゃない。
まず、同じ《ATM》スキルを持つ人間同士、お金の送金が可能だ。日本の一部銀行を除くそれと違い、振込手数料は一切かからない。さらに両替も無料。入出金記録もあとから見直すことができるので帳簿をつける時にも困らない。さらにさらに、残高を示す金額を折れ線グラフで表示させることができる――と至れり尽くせりだ。
「おーい、タイガ。稼いだのなら酒の一杯くらい奢れ」
「酒がいやなら飯作ってくれ!」
「今夜は宴会にしようぜ! 嬢ちゃんも呼んでよ」
いつもここで飲んだくれているベテラン冒険者たちが俺に叫んだ。
もう既に出来上がっているらしく、テーブルの上には空のジョッキが並べられていた。冒険者ギルドは酒場を兼ねているから、どの町でもよく見る光景らしい。
「うるさい、なんでお前等に奢らないといけないんだ。日の出ているうちは仕事しろ、おっさんたち」
俺もまだまだ仕事をするつもりだが、何かいい仕事はないか? と依頼板を見に行く。
ここでは、様々な依頼が貼られている。賞金首の討伐と違い依頼は早い者勝ち。依頼を受けるのならその依頼書を剥がして受付カウンターまで持って行けばいい。
しかし、大半は【猫の捜索】だとか【下水川のスライム退治】、【薬草採取】などと時間がかかって金にならないものばかり。
そんな中、ひと際気になる依頼があった。
ただし、より質の悪い依頼として。
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依頼内容:盗賊団ブドウパンの頭領の捕縛
場所:東のゼミ遺跡
報酬:2000ゴールド
備考:頭領の生死を問わず
ただし殺した場合はその首を差し出すこと。
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依頼の詳細を読むと、通りがかった傭兵や冒険者が何人か襲われ、持っている武器や兜、他にも金目の物が奪われたようだ。
盗賊たちに囲まれて手も足も出なかったのだという。
「セリカ、これは?」
俺の横で、いかにも説明させてくださいという目で俺を見ていたので尋ねることにした。
「見ての通り盗賊退治の依頼です」
「見ての通りって、見ればわかる。なんで報酬がこんなに安いんだ?」
盗賊退治というものは大抵国の騎士たちが三十人で行う。冒険者が行う場合でもひとりでは行わず、十人以上のパーティで行うのが普通である。
つまり、十人分の依頼ともなると、少なくとも報酬はこの二十倍は必要になってくるはずだ。
「理由は言えませんが、緊急依頼ですので受けて貰えると助かります」
「依頼人は?」
「匿名希望の方です」
「……キーゲン男爵だな?」
俺の問いかけに、セリカは肯定も否定もしなかった。
まぁ、そうだろうな。盗賊の捕縛だというのに報酬の少なさは勿論のこと、盗賊団と書かれているのにその盗賊の数も曖昧すぎる。囲まれたっていうから、まぁ数人じゃないだろうが、それが何人なのかわからない。それに、倒すのは盗賊のお頭だけというのも妙な話。
こんなクソみたいな内容で依頼を持ち込むのは大抵あのバカ男爵だ。
キーゲン男爵はまだ自前の騎士団を持つことが許されていない。そのため、盗賊退治は通常、主家であるクライアン侯爵に騎士団の派遣を要請する。しかしキーゲン男爵は冒険者を雇って退治し、それを自分の手柄にしようとしたのだろう。討伐した証拠として盗賊団の頭の首さえ持って行けばいい――あとは残りの盗賊団がどうなっても知ったことか。そんなことを考えているに違いない。
「あの、お願いですから受けてもらえないでしょうか?」
セリカは懇願するように俺に言った。
相手は腐っても貴族だからな。その貴族の依頼が塩漬け(誰も依頼を受けないまま放置されること)になったらどんな文句を言われるかわかったものではない。
「特別報酬はあるのか?」
俺はセリカの目を見て尋ねた。
こういう、このままでは塩漬け確定の、だが冒険者ギルドとして達成してほしい依頼には大抵冒険者ギルドからの特別報酬が出る。
「えっと、特別報酬を支払うと私のボーナス査定に影響が……」
先ほどの懇願する表情から打って変わって、まるで悪戯がバレた時の子供のような表情で、セリカは苦笑いを浮かべた。
「あ、じゃあ私と一回デートする権利を――」
セリカが言い終わる前に依頼書を剥がしてセリカに投げつけた。
「受けてくれるんですかっ!?」
「ああ、セリカには世話になってるからな。それに、ちょっとこっちにも事情がある」
「デートはどこに行きますか? あ、最近できた美味しいパスタ料理の店があるんですけど」
まだ依頼も終わっていないのにセリカがデートプランを立ててくる。飲んだくれていたベテラン冒険者たちから、「爆ぜろ」だの「もげろ」だのと野次が飛んでくる。
「それってデートってかこつけて飯を奢らせようとしてるだけだろうが。行かねぇよ、代わりにあいつの面倒を見てやってくれ」
俺はこの時間なら二階で昼寝をしているであろうあいつを思い浮かべ、セリカにそう頼んだ。
さて、もっと稼がないといけないな。
自分の国を手に入れる。そのために必要な1兆ゴールドを稼ぎ出すために。