27話
ドワーフ特製の防音防熱の壁と扉には毎度ながら驚かされるな。扉ひとつ潜るだけでもう別世界だ。
「おう、坊主。来てたのか」
「紹介するよ。この爺さんはガイツ。俺の昔からの知り合いで鍛冶の神アイアンの信者だ」
「はじめまして。ラピス教の修道女をしております。ユマ・コンシューマファインと申します」
「ユマの嬢ちゃんか。ワシはガイツ・エドモンドじゃ。一部の人間にはげんこつ爺さんって呼ばれておるわ」
そう言って、ガイツは「ガハハハ」と豪快に笑った。
「げんこつ爺さん――そうお年を召しているようには見えませんが」
「なに、悪ガキに勝手につけられたあだ名が今でも残っておるって言うだけじゃ」
「そうなんですか――」
自己紹介を終えたところで、ユマに族長から呼び出しがかかった。
どうやら例の円盤を持ってきてくれたらしい。
ユマは目を輝かせ、
「それでは失礼します」
と頭を下げた。下げ終わる前に踵を返していたので、よっぽど楽しみにしていたのだろう
「ところで、坊主。ワシのところに来たということは、何か用事があって来たのか?」
「あぁ、そうだ。さっき族長にも話してきたんだが、ミスリルが大量に手に入ったんで持ってきた」
俺はインベントリからミスリルゴーレムを取り出した。
ガイツは特に驚くこともなく、ミスリルゴーレムに空いた穴を見た。そして、木の棒のようなものを取り出し、中に差し込む。
「なにしてるんだ?」
「核の粉を出しておる。ゴーレムの性能っていうのは核を見れば大体わかるからの」
俺からしたら、ただの赤いガラスの破片にしか見えないんだがな。
「アイアンゴーレムの時はそんなことしてなかっただろ?」
「それは、核を取り出すのが面倒じゃから、そのまま溶かしておった」
そういえば、アイアンゴーレムはいつも魔法で傷つけずに倒していたからな。
「で、そのミスリルゴーレムはどうなんだ?」
「生まれたてのミスリルゴーレムじゃな。不純物を含んでいないのでいいが、少し小柄だの」
「これで小柄なのか……で、値段は?」
「そうじゃの。120万ゴールドといったところか」
「そうか。まぁ、いつも通り処分してくれ。大金を得たからって、酒ばかり飲むんじゃないぞ」
「バカ言え、坊主から貰った素材で得た金属で稼いだ金はビタ1ゴールドたりとも酒に使ってないわ」
「そうか――じゃあこれで一杯酌み交わさないか?」
俺はそう言って、一本のワインの瓶を取り出す。
さっき族長に渡したワイン樽を買った時におまけで貰った、そこそこ値の張る酒だ。
「坊主、もう酒が飲める年齢になったのか? 『ミセーネン』とか言って二十歳になるまでは酒を飲まないと言っていただろ?」
「今年に二十歳になったよ。まぁ、あんまり飲まないが」
この世界では十五歳から成年扱いとなり、酒を飲んでもいいことになっている。
ただ、若いうちから酒を飲むのはよくないという日本人独自の考えから、二十歳になるまでは酒を飲まないと決めていた。
「坊主――例の調子はどうじゃ?」
「ボチボチだ。1兆ゴールドを今すぐにってわけにはいかないが、いい具合にこの国の貴族になるための足掛かりはできている。運がよければ今年にでもな」
「貴族か……そういえば、レイクがこの国の名誉貴族でなく永代貴族じゃったなら坊主もそんなに苦労せずに済むんじゃがな」
ある国の王が、他国で爵位を持っているというのはよくある話だ。父、レイクはこの国では名誉伯爵という爵位を持っていた。名誉爵位というのは、一代限りの爵位であり、子供に継がせることはできない。
「本当だよ。そういう打診があったが、断ったらしい」
「欲のない坊主だったからな」
「陛下……父を坊主扱いするのはガイツだけだな」
「ワシのことをげんこつ爺と呼ぶのも坊主たちだけじゃろ」
俺がそう言い返すと、ガイツは楽しそうに笑ってグラスの酒を飲んだ。
子供の頃の俺は悪戯ばかりしてガイツにげんこつを何度もくらったからな。そりゃ文句も言いたくなるさ。
ガイツは、俺の祖国の専属鍛冶師であり、俺が元王子であることを知っている数少ない人間だ。
五年前の魔族の襲撃の時はたまたま故郷であるこのドワーフ自治区に鉱石の買い付けに来ており、難を逃れたそうだ。
今でも「ワシがその場にいればこのミスリルのハンマーで魔族を殴りつけておったのに」というのが口癖だ。
「そっちはどのくらい貯まったんだ?」
「今回のこれを合わせて5000万ゴールド分といったところじゃな」
ガイツはミスリルゴーレムを叩いて言った。
俺が祖国の王になるための条件は三つ。
魔族を領土から追い払うこと。
国民を呼び戻すこと。
そして、国土に神の加護を浸透させるための神々の宝玉を創り出すこと。
ゼニードが割り出した計算によると、この三つ全て合わせて1兆ゴールド必要になる。
まず、祖国から魔族を追い払うこと。そのための武器と防具の費用だけでも50億ゴールドが必要だ。
魔族を倒すには専用の武器が必要になり、その素材はミスリルが最低条件。上級魔族ともなると、オリハルコンで鍛えられた武器でしか傷つけられない。
そのため、ガイツには戦いに備えて武器を鍛えてもらっている。
「五千万……まだ十分の一か。はぁ、どこからにオリハルコンの鉱脈でも転がってないかな」
「そんなもん転がっておったらとっくの昔に掘り尽くされておるわ。それに、僅か三年で5000万ゴールドを揃えるなぞ並大抵のことじゃないぞ」
ガイツはミスリルゴーレムの首を回して引っこ抜いた。死んだゴーレムのパーツはこのように分解できる――勿論、ドワーフの怪力が成せる業だが。
「しかし、妙なものじゃ。ワシは向こうにいる間、常に故郷はこの飛竜山じゃと思っておったが、しかしここに住む時間が長くなれば長くなるほど、やはりワシの故郷はあの国じゃったんじゃと実感させられる」
「……故郷……か」
俺の故郷はどっちなんだろうな。サクティス王国か、それとも日本か。
取り戻したいと思っているサクティス王国と、絶対に戻ることができない日本。
どっちが故郷かは、サクティス王国を取り戻した時にわかるのかもしれない。




