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26話

「ここがドワーフ自治区ですか」


 ユマが周囲を見回して言った。

 ドワーフ自治区は灰色の岩肌の斜面の上にある。

 ここは俺たちがいたノスティアの町の遥か西――飛竜山の麓だ。

 飛竜山は五千メートル級の山で、中腹より上には雪がまだ残っている。

 その名の通り、山には多くの翼の生えた竜が生息しているが、幸いこのあたりまでドラゴンがやってくることはあまりない。

 ドワーフ自治区はあまり広くないが、百人近くのドワーフが住んでいる。

 石造りの立派な建物が多く、そのうちいくつかの建物の煙突から黒煙が上がっていた。


「ユマはここに来るのははじめてか?」


 俺はなにげなくユマにそう尋ねた。


「はい、来たことがありません。案内してくれるんですか? お昼ごはんを奢りますよ」

「どうせ族長の家に行く用事があるからな。そこに行く途中に案内してやるよ。昼飯は今度奢ってもらう」


 ドワーフ自治区を移動するのは登山とそう変わりない。山の麓といっても斜面の勾配は平均三十度を超え、歩いて上がるのは疲れる。


「見てください、タイガさんっ!」


 ユマが興奮しながら山の断崖となっている場所を指差した。

 山の中の窪みに石造りの建物がある。

 まるで鳥取県にある投入堂(なげいれどう)みたいだ。


「あの建物はゴーレム堂という神殿です。かつて山に現れたロックゴーレムが、高名な神官の説教により改心し、自らの体を神殿にした結果生まれた建物だと言われているんです。パワースポットとしてとても有名な場所なのですよ!」


 へぇ、不思議なところに建物があると思っていたが、そんな謂われがあるのか。

 十中八九嘘だろうが。

  

「次にあちらを見てください!」


 ユマが俺に見せようとしたのは、ここより遥か下にある湖だった。

 湖にはいくつか船が浮かんでいるから、漁をしているのだろう。


「七十年前あの湖の中から謎の巨大生物が現れたという言い伝えがあり、湖の中にある島にはその巨大生物の足跡が今も残っているそうです。ただ、その島はドワーフにとって神聖な場所らしく、一般人が立ち入りできないということなのでとても残念です」


 ユマが興奮しながらそう言った。


「俺が案内されていないか?」


 このままだと俺が昼飯を奢らないといけなくなる。


 その後、俺はドワーフの酒蔵とか、工房とか、いくつかの場所を案内した。

 広場まで行くと、三歳から八歳までのドワーフの子供たちが遊んでいた。

 子供たちは俺を見つけると、


「あっ! タイガさんだっ!」

「タイガさんだっ! タイガさんだっ!」

「ゼニちゃんは一緒じゃないの?」


 と一斉に取り囲んできた。

 ここには十回も来ていないのだけれども。

 ドワーフ自治区は月に数度やってくる行商人以外、外からの来訪者は少ないからな。


「あぁ、邪魔だ邪魔だ。ほら、杏子飴をやるから向こうに行ってろ」


 俺はインベントリから杏子飴を取り出して子供たちに配った。

 ゼニードに文句を言われるだろうが、俺の金で買った物だから、勝手に使わせてもらう。

 子供たちは杏子飴を受け取ると、礼を言って走っていった。


「タイガさんにしては優しいですね」

「にしては――は余計だ。あいつらも大人になったら全員いっぱしの職人になるだろうからな。今のうちに恩を売っておいて損はないだろ」


 俺はそう言って、広場の奥にある小さな家の前に立った。小さな家の横には工房があり、そちらは家の十倍くらい大きい。


「ここが族長の家だ」


 俺はそう言うと、ノックもせずに扉を開けた。

 そこには、身長くらい長い髭を蓄えた背の低い男が、石の椅子に座っていた。


「よぉ、ガイツんとこの坊主じゃねぇか。また何か売りにきたのか?」

「ミスリルゴーレムを倒したから、それを持ってきた。それと――」


 俺はインベントリから、酒樽を取り出す。


「王都から取り寄せた葡萄酒だ。酒精は低いが、味は悪くないはずだ」

「おぉ、ガラリック産か。いつも悪いな、貰っちまって……」

「気にするな……それとユマ。なんて顔をしているんだ?」

「だ、だってタイガさんが無料でお酒を振る舞うなんて。しかもガラリックのワインといったら高級酒とはいかないまでもそこそこの値段しますよね? 杏子飴の時もまさかとは思っていましたが、天変地異の前触れとしか思えません。ま、まさか宇宙人がタイガさんに化けて――それとも謎の怪電波を」

「受けてねぇよ」


 ていうか、怪電波を放つ魔物なんてこのあたりには生息していない。


「ガハハ、嬢ちゃん、そいつは本物のタイガだ。こいつはな、儂たちを利用できると思っているからこうやって酒を持ってくるのさ」

「利用……ですか?」

「ああ、この国の王と一緒さ。この国の王は儂たちを利用できると思っているから、こうして自治を認めているし交易もしている。エルフや獣人にしてもそうさ。まぁ、儂らもそれを知っていながらこの国の王やこの坊主を利用しているからな。お互い様だ。ガハハハっ!」


 族長はそう言って豪快に笑った。

 その後、俺たちは簡単に雑談を交わした。

 ユマが謎の円盤に興味があると言ったら、あとで持って来てくると言ってくれた。


「ガイツなら隣の工房だ。会っていくんだろ?」


 円盤を取りに行く前に、族長が俺にそう言った。

 当然だ。


 俺は工房への扉を開けた。熱気が一気に全身を包み込む。

 そして、鉄を叩く音が聞こえてきた。


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