23話
「さすがタイガさんっ! 見事に決まりましたね、例の作戦が」
「落とし穴を接着液で固めて、タイガさんが走り抜けられる強度を確保するとはさすがです」
「念には念を入れて、ゴーレムが跳び越えるように縄を設置したからな」
普通に走り抜けるより、跳び越えて着地した時の衝撃のほうが大きい。いくら鉄より軽いと言われるミスリル製のゴーレムでも、その重さは一トンを超える。
接着液程度で落とし穴を固定しても簡単に壊してしまった。
「これで薬草園に行けますね」
「そうだな――」
俺はそう呟き、穴の底を見る。
すると、穴の底でミスリルゴーレムがこちらを見上げていた。大量の蛇に巻き付かれながら。
当然だが、蛇に倒されるほどミスリルゴーレムは弱くないか。あの体なら毒も効かないだろうし。
そう思った時、ミスリルゴーレムが膝を曲げた。あの体勢は――
「――下がれっ!」
落とし穴を飛び越えようとするグルーにそう叫び、俺も下がった。
その時だった。
落とし穴の縁を掴んだゴーレムの手を俺は見た。
跳びだそうとしている、十メートルはある落とし穴から。
「そんな……嘘……でしょ?」
グルー妹の泣きそうな声が背後から聞こえてきた。
そりゃ悪夢だろうな。なにしろ俺たちがいるのは袋小路。そして、巨大なミスリルゴーレムが塞ぐ通路は逃げる隙間もない。だが――
「全部想定内だっ!」
俺はグルー妹の傍らに立ち、そして、金貨を一枚引き出した。
「神を穿つ矢」
そう叫ぶと、金貨一枚が光り輝く矢に変わり、俺はその矢を放った。
一直線に飛んでいく矢は、ミスリルゴーレムの右胸に命中――小さな穴を開けた。
特別な効果音があるわけでもない。何かが砕ける音も聞こえない。大きな変化なんてなにもない。
だが、ミスリルゴーレムの動きは止まった。
「もう大丈夫だ」
「大丈夫……核を一発で撃ち抜いたんですか?」
「ああ、核の場所がわかったからな――こいつのお陰で」
俺はそう言って、ゴーレムにへばりついて地上にあがってきた白蛇の首を掴む。
マッチを落とし穴の中に入れた時、蛇はそのマッチの火を飲み込んだ。本来なら火を恐れるはずの蛇が。
それでわかった。この穴の中にいる蛇は、無条件に熱を持つ獲物を襲うようにできていると。蛇にはピット器官という熱を認識する機能があると、日本での知識があった。それこそ、軍用兵器なみに高性能だと言われている。
だから、ゴーレムを穴の底に落として蛇に襲わせることで、ゴーレムの核の場所を探し当てたわけだ。
「もう、そうならそうって言ってくださいよ。でも、それなら蛇を生け捕りにしてゴーレムに投げるだけでよかったんじゃないですか?」
「明るい場所で蛇を投げたら、目で見てミスリルゴーレムに攻撃するかもしれない――いや、攻撃しないかもしれないからな」
蛇だって視力がないわけではない。
「もしも蛇で核の場所がわからなかったらどうするつもりだったんですか?」
「その時は、ミスリルゴーレムの攻撃を避けながら、一本一本、核を潰すまでさっきの矢を放たなければいけなかったからな――節約できて助かったよ。それに、ゴーレムが落とし穴から飛び出してきてくれて助かった――」
俺は余裕そうに言ったが、実際のところ確信はあった。
「まぁ、アイアンゴーレムでも試したことがあるからな。冒険者たるもの、策は複数用意しておくものだ」
「落とし穴から出られるってわかってたんですかっ!?」
「そりゃそうだろ。だって、そうでないなら大変だろ?」
俺は笑いながら、ミスリルゴーレムの死体をインベントリへと収納した。
「ミスリルゴーレムの死体――その売値を考えると俺の儲けは700万ゴールドは下らないはずだ」
「700万――っ!? 大金持ちですね、タイガさん」
「何言ってるんだ? お前等だって300万くらい入るだろ?」
「「え?」」
「約束しただろ? アイアンゴーレムを倒した時、報酬の三割はお前たちにやるって。まぁ、アイアンゴーレムじゃなくてミスリルゴーレムだったわけだが、それでも約束を違うつもりはねぇよ」
「……えっと、本当にいいんですか?」
グルーが目を丸くした。
まぁ、俺には金の亡者だとか黒の守銭奴だとかいろいろと悪名があるから驚くのは無理ないが。
「金になんで価値があるか知っているか?」
「え? それはお金は物が買えるから――」
「正解だが不正解だ。物が買えるのは金に価値があるからだ。金って言うのは信用で成り立っているんだ。この世界の金の大半はラピス教会が発行している。教会が、この金には価値があるって言っているから、金に価値が生まれる。それだけラピス教会は信用されている――いわば、金の価値っていうのは信用で成り立っているんだ」
逆に言えば、紙幣が生まれるまでは信用されていないということになる。
五十年くらい前に教会が紙幣制度を導入しようとしたが商人たちの猛反対に会い計画が頓挫したことがあるらしい。
「たかが金属の塊を貨幣に変えてしまうくらい、信用には価値があるっていうことだ。条件が変わったからといって、俺が約束を違えるのならそれは俺の信用を損なうことになる。それは今後の仕事にも影響を及ぼす。だから、約束は守るさ。それより、お前等も薬草を採りに行かなくていいのか?」
「あ、そうでした――あの……少し待ってもらっていいですか?」
その場にグルーとグルー妹は座り込んでしまった。
「どうした?」
もしかして、今のでどこか怪我でもしたのか?
今なら同じパーティだし、少しの怪我なら無料で治療してやらんこともないが……
「腰が抜けて」
「私も……」
グルーとグルー妹はそう言って座り込んでしまった。
まぁ、思わぬ大冒険だったから、仕方がないか。




