22話
さすが二階層によく行くと言っているだけあって、グルーは罠の場所をいろいろと把握していた。
「理想で言えば吊り天井の罠なんだよな」
いくらミスリルが丈夫だと言っても、ゴーレムの核の強度そのものはアイアンゴーレムとそう変わらない。吊り天井でミスリルゴーレムを圧迫されればゴーレム核が砕けてくれる。
「吊り天井の罠はこの階層では見ませんね――」
グルーが苦笑して、頬を掻きながら言った。
「せめてゴーレムの核の場所がわかればいいんだが」
核の場所さえわかれば、神を穿つ矢で仕留めることができる。
逆にわからない場合、最低一発で終わるが、最悪数十発撃たないと殺せないかもしれない。
「核の場所ってどうやって調べるんですか?」
「そうだな、一番よく使われるのは触ってみることだ。ゴーレムの核って熱を持っているんだ。だから、ゴーレムの核がある場所付近は表面温度が高いんだ。だから、粘着の罠があれば、それで足止めをして表面温度を調べる方法もある――接近する分危険は伴うが」
「私がその役目を受けますっ!」
グルー妹が手を挙げた。
「今回、私は何の役にも立てませんでした。それに、この中で一番身軽なのは私です。死んでもゴーレムの核の場所を探してみせます」
「却下だ。俺が受けた依頼は、お前たちの依頼を達成させることだ。お前に死なれたら、その条件が厳しくなる。それに――」
俺は冒険者ギルドで交わした条件を思い出して言った。
「お前に死なれたらもうひとつの条件が厳しくなるからな」
「タイガさん……」
グルー妹が何故か感動したように俺の名を呟いた――その時だ。
「危ないっ!」
俺は手を伸ばし、グルー妹の手を掴んだ。
と同時に、彼女の足下の床が抜ける。
「落とし穴か――」
「あ……ありがとうございます」
「ここは罠が残ってるのか。油断するなよ」
俺はインベントリからマッチを取り出し、火を灯すと落とし穴の中に入れた。
「う゛っ」
グルー妹が声をあげる。
彼女が呻くのも無理もない。落とし穴の底には大量の蛇がいたのだ。
マッチの火は蛇に飲み込まれて消えてしまった。
「そうだ、タイガさんっ! この落とし穴にゴーレムを落とすっていうのはどうですか?」
「――悪くないが――しかし」
先ほどの落とし穴。深さは十メートルある。
しかし、ひとつ欠点がある。
落とし穴の先――そこは袋小路の行き止まりだった。
落とし穴を飛び越えてその向こうに渡るとする。しかし、ミスリルゴーレムも落とし穴に気付いて跳び越えてきた時、俺たちは完全に追い込まれることになる。
それに、ゴーレムは完全なバカというわけではない。跳躍して逃げたら、そこに落とし穴があると教えているようなものだ。そんな状態で落とし穴に落とせないだろう。
だが、それでも落とし穴の作戦は有効だ。
グルーもそれに気付いているのか表情が暗い。
「お前等、無理だと思うのなら安全な場所で下がっていろ、俺一人でなんとかする」
「いえ、俺たちはタイガさんのことを信用します。俺たちにできることがあれば言ってください」
「信用……か。わかった、大船に乗ったつもりで任せておけ」
その後、俺たちは作戦を練った。様々な事態を想定した作戦を練るにつれ、グルーたちの緊張がほぐれていく。話だけ聞いていればまったく持って抜かりないと思ったのだろう。
経験が浅い冒険者によくあるパターンだ。
今話したことは想定の範囲内の事態であるが、魔物との戦いで想定できない事態に巻き込まれることはよくある話だ。そういう時に臨機応変に対応できるかどうかが、冒険者の生死を分ける。
それは戦場も同じことで、王子だった頃は師匠によく注意された。でもそのお陰で、こうやって冒険者として一人前の冒険者になれたのだから、感謝の念でいっぱいだ。
おっと、感傷に浸っている暇はない。
「さて、行くか」
全員が配置についた。
俺がひとりでミスリルゴーレムの元へと向かう。
「起きろ、寝坊助がっ!」
俺はそう言って鋼鉄の剣で切りつけた。
――カキンっ、という金属同士がぶつかる音とともに、火花が散った。
ゴーレムの目に意思のようなものが宿る。
「ついてこい」
俺はそう言い、ミスリルゴーレムと一定の距離を保ち走る。
この先だ――
俺は落とし穴のある床を走り抜ける。
「今だ、引っ張れ」
俺が叫ぶと、グルーとグルー妹がそれぞれロープを引っ張る。すると、落とし穴の手前にある杭の間に縄があがった。普通の人間が走っていれば転んでしまうようなロープだ。
これで転んだら面白いんだが、しかしグルーとグルー妹の筋力、そして荒縄程度の強度でミスリルゴーレムを転ばせることはできない。
だからこそこのタイミングだ。
ミスリルゴーレムの目から見て、ロープが上がってきたのはすぐにわかっただろう。だからこそミスリルゴーレムはそのロープを飛び越える。
巨体とは思えないような動きで。
(かかった!)
俺も、そしてグルーとグルー妹もそう思っただろう。
ミスリルゴーレムが跳び越え、着地したその瞬間――床がパックリ割れ、ミスリルゴーレムは落とし穴の中に吸い込まれていった。




