21話
俺は歩きながらグルーに説明した。
この世界には善神と悪神という存在がいた。ゼニードやラピスといったこの世界で神と言われる神が善神であり、悪神とは嫉妬や怨嗟といった負の感情の悪神。そして善神と悪神が戦い、善神が勝利した。
しかし、唯一、悪神の長である魔神だけは滅することができなかった。
始祖の七柱は力を合わせ、魔神を地下深くに封印した。
それで解決したかに思えたのだが、地下から魔神の力が溢れ出る場所が現れた。
それがダンジョンと呼ばれる場所だ。
ダンジョンの中は亜空間であり、瘴気が溢れそれを取り込んだ動物たちが魔物となり棲むようになった。
「特に魔王がいたと言われるダンジョンは地下二千階層にも及ぶ巨大ダンジョンで、そこで封印されている魔神と会話できるという噂もある。魔王は魔神の信者となり、多くの人を洗礼し魔族に作り替えた」
「え!? 魔族ってもともとは普通の人間だったんですかっ!?」
「それも知らないのか……」
いや、まぁ学校もない世界だし、仕方ないか。
「魔族は他の魔族の司祭から洗礼を受けた人間だよ。魔族の洗礼を受けると、力を発揮する時、体の一部が魔物のようになっちまうから魔族って言われているらしいが、力を使っていない時は見た目も人間とほとんど変わらないらしいぞ」
だから厄介なんだよな、魔族って奴は。
もっと見た目「あ、こいつ魔族」って感じにしてほしいもんだ。
その後も、俺のダンジョン講座や魔族講座は続いた。
「魔族とダンジョンの関係を示す上で一番恐ろしいのは、魔族は人間の魂を引き換えに、ダンジョンから好きな魔物を召喚することができるということだ。アイアンゴーレムなら、成人男性五人くらい生贄に捧げれば召喚できる。つまり、奴らは人間を殺せば殺す程仲間を増やすことができるわけだ」
もしかしたら、今から俺たちが殺しに行くアイアンゴーレムも、誰かの犠牲の上から生まれたのかもしれないな、と俺は冗談めかして言った。当然、笑いが起こるなんて期待していない。
少々空気が重くなったが、
「薬草畑までもうすぐですよ」
とグルーが言う通り目的地もそろそろなので別にいいだろう。
「この辺はよく来るのか?」
「はい、冒険者になってから二階層ばかり通って薬草採取で食いつないでいました。前は欲張って五階層にまで行って、あんな目にあいましたけど」
「なるほどな。行ったことのない場所に行く時は、慣れた冒険者にパーティを組んでもらえよ。俺は御免だ……が」
通路の先――扉の前に巨大な塊がいた。
「奴だな」
泥で汚れているが、しかしその泥の向こうには金属特有の体が見える。
アイアンゴーレムだ。
「あそこから全然動かないんです。薬草園はこの通路を通らないといけないんですよ」
「どうやって倒すんですか?」
グルーとグルー妹が俺に言った。
「アイアンゴーレムの弱点は奴の体内にあるゴーレム核だ。強い振動を与えるか、剣で斬り裂けば倒せる」
「アイアンゴーレムって鉄なんですよね? そんなの倒せるんですか?」
「俺のファイヤーソードなら倒せるけど、そんなの使わなくても、ああいうのは雷の魔法で倒せるんだよ」
鉄は電気を通す。日本では小学生でも知っている知識だが、そもそも電気というものを雷でしか知らないこの世界では知らない人間も多い。
雷の魔法がアイアンゴーレムに命中すると、雷は地面に向かって逃げていく。そのため、狙うのならアイアンゴーレムの頭を狙う――さらにいえば頭上から落とせば確実に倒せる。威力はたったの50ゴールド分の雷でも十分だ。
これが、俺がアイアンゴーレムを狙って狩り続けた理由だ。
俺は大銅貨五枚を引き出し、放り投げた。
「《サンダー》」
魔法を唱えると、銅貨がまばゆい光とともに雷へと姿を変え、一瞬にしてアイアンゴーレムの頭上に命中した。
――パチッ!
変な音がして閃光をあげた。
なんだ? 今の手応えは?
「倒したんですか?」
「……雷が弾かれた」
「どういうことですか?」
どういうことって、俺が聞きたい。いくら泥で汚れているとはいえ鉄が雷を弾くことなんてありえない。
「泥が邪魔をしてるのか?」
泥がコーティングをしているとはいえ、しかしそれが雷を防ぐほどの力になるとは思えない。
「もう一発撃ってみては」
「無策に撃っても金の無駄遣いになるだけだ」
中途半端にダメージを与えているんじゃなく、魔法が完全に弾かれたせいか、ゴーレムは動こうとしない。
考えるには時間がある。
しかし、こんなことははじめてだ。俺がこれまで倒してきたアイアンゴーレムは今の一撃で倒せた、それこそコスパ最高の獲物だったのに。
……ん? これまで倒してきたアイアンゴーレム?
もしかして――
「こいつはアイアンゴーレムじゃないのか?」
金属の体を持つゴーレムということでてっきりアイアンゴーレムだと思い込んでいた。でも、アイアンゴーレムじゃないとしたら?
「アイアンゴーレムじゃないって、じゃああれはなんなんですか?」
「金属の体を持つゴーレムの中で、このダンジョンの記録に残っているのは三種類。アイアンゴーレム、ブロンズゴーレム、シルバーゴーレム。うち、シルバーゴーレムが発見されたのは一例のみ……だが、どれも雷の魔法で倒せるはず」
だが、それでも電気を弾く金属なんてものはない。
しかし、弾いたのが雷ではなく、魔法そのものだとしたら?
「ありえないことじゃないが、しかし――」
「何かわかったんですか?」
「それを今から確かめる。余計な出費だが、仕方ない」
俺は大銅貨を取り出して撃った。
「《ウォーターガン》っ!」
俺の高圧洗浄による水がゴーレムの表面についた泥を弾き飛ばす。が、しかし先ほどと同様、水はゴーレムの体に触れると一瞬で消え失せた。
そして、ゴーレムの体の一部が完全にその姿を現す。
泥で汚れていてそれまでわからなかったが、そのゴーレムの体は銀色に輝いていた。
「まさか、シルバーゴーレムっ!?」
「違う、シルバーゴーレムならば魔法が弾かれるようなことはない。お前等、こんな金属を知ってるか? 羽のように軽く、そして鋼よりも硬い。聖なる銀。破邪の力を持つと言われ、攻撃魔法を打ち消すとも言われる」
「まさか、それって」
「ああ、鉄を嫌う妖精やエルフでさえも虜にすると言われるあのミスリル――奴の体はそれでできている」
「ミスリルゴーレム……そんな魔物が本当に……」
「いないわけじゃない。過去の記録によると、遥か北方のダンジョンでかつて全身オリハルコンでできたオリハルコンゴーレムという魔物との遭遇記録も存在する。ミスリルゴーレムならば正式に記録に残っているだけでも十例以上は確実にあったはずだ」
「倒す方法はあるんですか?」
「基本は同じだ。ミスリルゴーレムの核を潰す。それだけでいい――が」
しかし、ミスリルゴーレムに魔法は効かない。そして、その強度は鋼鉄を遥かに上回るため、俺やグルーが持つ鉄の剣は役に立たない。グルー妹が持つ木の矢では言わずもがなだ。
倒せるとしたら、やはり俺の銭使いとしてのスキルが必要になる。
しかし――ミスリルを貫く強硬度の使い捨ての矢を創り出そうとすると、約3万ゴールド必要になってくる。どこにあるかわからない核を一発で撃ち抜かないと、3万ゴールドをドブに捨てる結果となる。
「グルー、お前はミスリルゴーレムと戦ったのか?」
「ええ……あまりにも硬く手も足も出ませんでした」
「でも、無事に帰れたんだよな? 何故だ?」
「何故って、動き出しが遅いので、剣が通じないとわかった時点で逃げ出しましたから」
なるほどな。
ゴーレムは、ダンジョンにおいては守護者とも呼ばれる。何故なら、ゴーレムの多くがあのように扉の前に待機するからだ。まるで部屋を守っているみたいに見えるから守護者。逆に言えばこちらから攻撃をしかけたり部屋に入ろうとしたりしない限りは攻撃してこないし、一定の距離を取って逃げるとわざわざ追ってこない。
ミスリルゴーレムに攻撃をしかけて扉から引き離し、その隙にグルーたちが薬草畑の中に入るということもできない。こういうゴーレムは部屋の中に侵入者が入ってしまうと、優先的に排除にかかることがある。部屋の広さはわからないが、グルーたちにゴーレムから逃げ回る力があるとは思えない。
「……グルー、時間はあるか?」
「え?」
「この周辺に使えそうなものがないか調べてみる。ミスリルゴーレムを倒す方法を考えながら」
「お供しますっ!」




