20話
冒険者ギルドで依頼を捜しているが、今日も碌な仕事が見つからない。
これなら、露店でネギ餃子を作って売った方が儲かりそうだ。
「タイガさん、下水路のスライム退治の依頼はどうでしょうか? セリカさんに聞いたところ、皆さんとても困っているみたいですし、受けてはどうでしょう? 特別報酬にまかない料理がついてくるそうですよ」
俺の横でユマがバカなことを言ってきた。
「なんで俺がそんな依頼を受けないといけないんだよ」
「でも、このままだと雨が降った時にスライムが溢れる危険があるので、緊急依頼と書かれています! 愛のためにも」
ユマの奴、なんでこんなにスライム退治を押してくるんだ?
もしかして、とセリカを見ると、ウインクで返してきた。
あいつ、ユマを使って俺に面倒な依頼を受けさせようとしているな。
そんな仕事は御免だ。
それに、こういう仕事は駆け出しの冒険者のためにとっておかないといけないからな。
「タイガさん、いらっしゃいますか?」
「ん? あぁ、お前らか」
こいつらは、かつて俺が【薔薇と茨の悪魔】デーモンローズを倒した時に助けた冒険者――男冒険者Aと女冒険者Bだ。治療をする時に1万ゴールドを条件にした。
「金は用意できたのか?」
「今はこれだけですが、次の依頼で残りを――」
そう言って俺に革袋を渡した。
中には五枚の大銀貨と十枚の小銀貨、――6000ゴールドが入っていた。
とりあえず治療には5000ゴールドかかったので、元は取れた計算になる。
「今月中なら無利息にしてやるから、残り4000ゴールドでいいよ」
「タイガさん、お金を貸していたんですか?」
ユマが尋ねたので、俺は包み隠さずに正直に答えた。
「そんな、ひどいですっ! そんな緊急時にお金をとるなんて」
ある種予想していた答えが返ってきた。
だが、予想していたからこそ、しっかり反論を用意している。
「お前にだけは言われたくない。ダンジョン内でも緊急時での治療に際し、治療費を請求するように言ってきたのは、ラピス教の奴らなんだぞ?」
「え? ラピス教が?」
「この国の治療院の神官は全員ラピス教徒が牛耳っている。何故だかわかるか?」
「ラピス教徒の神官にしか回復魔法が使えないからです。あ、タイガさんは例外のようですが」
「ラピス教徒にしか回復魔法が使えないのは事実だが、でも考えてみろ? 別に回復魔法でなくても包帯を巻いたり、傷口を縫い合わせたりすることはできる。他にも武道家の中には気功を使って治療する奴もいるくらいだ。でも、彼らに治療行為は認められていない。これは教会が出した決まりなんだよ。ラピス教徒以外の神官が治療院を開設してはいけない。怪我の治療というのは中途半端な知識を以って行えば逆に悪化させる結果に繋がるからだっていうのが表向きの理由だが、実際のところはラピス教の収入の確保だな。ラピス教の財源は、税収のある聖教国を除けば寄付金と治療院での診療費が多数を占めるから。同時に、神官が近くにいない時を除き、神官でない者が治療行為をしてはいけない。治療行為をする場合は、無償で行うか、治療院が定める価格で行わなければいけない――これは決まりなんだよ。ちなみに、治療院が定める価格っていうのは、大抵の場合、教会の倍以上の価格になる」
俺は長々と、要するに治療院の仕組みを説明した。
どうやらユマはそんな決まりが存在することを知らなかったようだ。
「どうしてそんな極端なことに――」
「教会より安かったら、みんな治療院じゃなくてダンジョンに治療してもらいに行くだろ? 全部治療院を守るための法律さ。俺の場合は治療に元手がかかるからな、無償で治療するってことは絶対にないのはわかるだろ?」
「タイガさんの言う通りだよ。それに、タイガさんに治療してもらった妹はもうすっかりよくなってる」
そう言って、男冒険者Aが女冒険者Bの顔を見る。
女冒険者Bは恥ずかしそうに、
「あの時は助けてくださってありがとうございました」
と深々と頭を下げた。
「あの、お金を返す前にこんなことを言うのは恐縮なのですが、タイガさんに頼みがあるんです」
「俺に頼み?」
「ええ。実は俺たち、薬草採取の依頼を受けたんですが、その薬草が採れる場所にアイアンゴーレムが現れて困っているんです」
「アイアンゴーレムか」
アイアンゴーレムというのは、鉄の塊の魔物のことだ。
その防御力から倒しにくい敵ではあるが、しかし純度の高い鉄の塊ということもあり、その死体は高値で取引される。大きさにもよるが、いったい1万ゴールドは下らない。
「タイガさんは昔、アイアンゴーレムの情報を聞いて、好んで狩っていたという話を聞いたことがあります」
「つまり、俺にその情報を売りたいと?」
「いえ、アイアンゴーレムを狩ってもらうだけでかまいません。その、俺たちの薬草採取の依頼も期限が迫っているので、俺たちが依頼を達成できるように手伝って欲しいんです」
「……条件がひとつある。それを受けてくれるのなら、アイアンゴーレムを倒してやるし、俺が査定したアイアンゴーレムの代金の三割をやるよ」
俺はそう言って、彼に条件を耳打ちする。
すると、男冒険者Aは、驚いたように、
「そんなことでいいんですか?」
と尋ね返した。
「ああ、それで十分だ――ユマ、お前もついてくるのか?」
「いえ、私は今日は教会の月一回の掃除がありますので」
ユマが申し訳なさそうに謝罪した。
そして、俺たちは町の郊外にあるダンジョンの入り口に向かった。
男冒険者Aの名前はグルー・アンパサンドという名前らしい。茶髪の平凡な町の男という感じの顔立ちだ。
年齢は十七歳と俺より三つ下らしい。
グルーの妹もグルーと同様、彫りの浅い平凡な顔立ち。日本人の美的感覚でいえば美人ともいえる。
ちなみに、グルーが剣士で、グルー妹が弓使いらしい。
それぞれ、鉄の剣と、石の矢を持っている。
「残りのふたりはどうしたんだ?」
前に会った時は、ガード職っぽい男とレンジャーぽい女が一緒にいたはずなのだが。
もしかして借金が原因で解散したのか?
「薬草の採取だけならふたりで十分だから、他のふたりは近くの森にゴブリン退治に行っています」
どうやら解散していなかったらしい。
ダンジョンの入り口は小さな祠であり、冒険者ギルドの職員が入り口を管理している。
管理といっても、冒険者ギルドのカードを持っていれば誰でも入れる。
俺たちもすんなり中に入ることができた。
ダンジョンの一階層は東京ドーム一個分くらいの広さがある。
そこそこ広く、部屋の数もある。魔物も弱く、罠もほとんどないため初心者の冒険者講座に使われるくらいの場所だ。
「一階層は僕たちにとっては庭みたいなものですから、罠を無力化させる方法も魔物の対処法も全部知っていますよ」
というのがグルーの話。ただ、一階層にいる魔物のほとんどはお金にならない魔物のため、ここにいる魔物を狩って生活するのは厳しいだろう。
だから、こいつらも三階層にまで遠征したのだろうから。
一階層では魔物に出会うこともなく、二階層にまで到達した。
二階層は一気に一階層の五倍くらいの広さになる。
俺は三階層へのルートしか知らないから、ここからはグルーたちに案内してもらうことになった。
「薬草があるのはこっちです」
グルーはそう言って、歩いていく。
一階層のあった石作りの部屋と違い、二階層はまるでジャングルの中みたいな場所だ。
「食人植物か」
木の上から巨大なウツボカズラのような魔物がぶら下がっていた。甘い匂いがする。
人間がすっぽり入ってしまいそうだ。
「それは人間は襲いませんよ。というか自分で動けません。先輩冒険者から聞いた話によると、この液体はある程度冷やすと粘着性が増すから、落とし穴などを塞ぐのに便利なんだそうです」
「へぇ、接着剤になるのか」
「はい。瓶の中に入れて、使う時には一度温めるんだそうです。夏には使えなくなるのが難点だそうです」
これは便利そうだから、俺はコップで掬ってインベントリに収納した。
インベントリなら時間が流れないから、温め直す必要もない。
「このあたりはあまり来たことがないが、そういえば木の実が豊富だな。やろうと思えば、ここで生きていけそうだ」
「本当ですよね。ダンジョンって不思議な場所です。魔物は怖いですけど、ここは神様が作った場所みたいですね」
「ん? 知らないのか? ダンジョンというのは神は神でも魔神が作った場所なんだぞ」
「魔神?」
今度はグルーが首を傾げた。こいつら、本当に何も知らないんだな。




