19話
さて、あとはここから無事に帰るとしますか。
「お前のお陰で治療費が浮いたからな――お陰で片付けられるよ」
俺は金貨一枚を取り出し、《ファイヤーソード》を生み出した。
※※※
リザードマンの死骸を全てインベントリに収納し、《監獄結界》を解除した俺は、ユマと一緒に谷を登っていた。
何故かユマは終始ご機嫌だ。
「なんでそんなニヤニヤしてるんだ?」
「私、感動したんですよ! 口ではなんだかんだ言っていながらも、やはりタイガさんは愛のために動いていらっしゃるんですね」
「は? なんでそうなるんだ?」
「だって、今日だってカモノネギのために体を張って――」
「ああ、カモノネギのために頑張ったさ。なにせあいつらが巣立ったあとに残るネギの巣は、美食家たちの間では1万ゴールド単位で取引されるからな。あの大きさだったら2万ゴールドになるんじゃないか?」
中国の燕の巣のようなものだ。しかも必ず同じ場所に巣を作るからな。この数年でかれこれ20万ゴールドは稼がせてもらった。
「そんな、愛のためじゃなかったんですかっ!?」
「だから、俺は愛のために働かないって言ってるだろ」
本当に、愛のために動くなんて非合理的すぎる。
こいつを見ていると本当にそう思うよ。
それでも――
「そういう生き方を否定するつもりはないがな」
「……え? タイガさん、今何かいいました?」
「いいや、はやく帰るぞ。ゼニードが待ってる」
「それなら転移魔法を使いませんか?」
「そんな金はないよ。ただでさえ1万5000ゴールドも使ってるんだ」
「…………っ!?」
今、谷の向こうの森で何かの視線を感じた気がしたが――もしかして魔族か?
俺は谷の近くにある櫓を見上げた。
櫓の上ではキーゲン男爵の部下の魔術師が欠伸をしながら遠くを眺めていた――真面目ではないもののサボってもいないようだ。
どうやら気のせいだったらしい。
町に帰った俺は、教会の前でユマと別れ、男爵の屋敷でそのまま巨大リザードマンの死骸を引き渡した。
インベントリに収納していたので状態はよかったのだが、査定を行ったバレットにあれこれ文句を言われた。しかし、なんとか正規の報酬の2万ゴールドはもぎとった。
ちなみに、他のリザードマンの討伐による特別報酬はやはり断られた。俺が勝手にやったことだから期待していなかったが。残りのリザードマンのサーベルや鎧は一応売り物になるが、それでも二束三文だろうな。
一日働いて5000ゴールドか……いくらカモノネギの巣が手に入るといっても確実じゃない。これなら一日中ネギ炒飯を売っていたほうがよかったな。
そう思って部屋に帰ったのだが――
「……なんだ、これは」
部屋にあったのは、数百本の棒に突き刺さった杏子飴と、杏子飴を食べるゼニードだった。
「……ゼニード……なんだこれは?」
「うむ、実は杏子飴売りの店で半額セールを行っておったのじゃ。これはチャンスと思って妾は杏子飴を買い占めたわけじゃ。この先、妾は杏子飴を食べたいと思った時半額で買った杏子飴を食べることになるのじゃからな。インベントリに保存しておけば腐ることもない。どうじゃ? これぞまさに先行投資じゃろ!」
「お前はただ無駄遣いしただけだろうがっ! しかも、そんな金どこに持ってやがったっ! そうか、ネギ炒飯の売り上げかっ! いくらだっ! いくら使ったっ!」
「痛い痛い、うわーん、何故妾が怒られなければならないのじゃっ!」
ゼニードの泣き叫ぶ声が冒険者ギルドの二階に響き渡った。
ちなみに、ゼニードが使った金額は、今日のネギ炒飯の純利益より5000ゴールド多い金額だった。
つまり、俺の今日の稼ぎは全てこの杏子飴の山に消えたということになる。
久しぶりに泣きたくなった。
そんな夜に杏子飴の甘さが身に染みた。




