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1話


 それから五年の月日が流れた。



 薄暗い通路に、悲鳴が響き渡った。生と死が隣り合わせである迷宮において、それは珍しいことではないが、しかし(しるべ)となるには十分であった。

 声がした方向に歩いていくと、何かを砕く巨大な音とともに、短い間隔の足音が聞こえてきた。何かに追われ、必死になって逃げているのであろう。その足音を出している逃走者たちの姿が見えてきた。

 男ふたり、女ふたりの四人組の冒険者である。若い女は怪我をしたのだろう、男に背負われていた。

 四人は俺を見つけると、大きな声で叫ぶ。


「逃げろっ! 魔物が来るぞっ!」


 その声に呼応するかのように、床から巨大な緑の茨が床を砕いて突き出してきた。

 逃走車たちが俺の横を通り過ぎると同時に、俺の目の前の石床を喰らい、そいつが地下から顔を出した。

 巨大な口を持つ薔薇のような魔物。


「【薔薇と茨の悪魔】デーモンローズ。標的(ターゲット)だな」


 俺はそう呟き、右手の中にあった手配書を見た。


***************************

賞金首:【薔薇と茨の悪魔】デーモンローズ

報奨金:5万ゴールド

備考:茨による攻撃は岩をも砕く程に強力

   蔓は錬金術の素材となるため買い取り対象

***************************


 手配書に描かれた魔物のイラストを確認すると、それを後ろに投げ捨てた。


「手配書には正確な大きさが書かれていなかったが、思ったよりでかいな。迷宮の土は栄養が豊富なのか?」


 その質問にデーモンローズは答えない。そもそも言葉なんて通じないだろう。

 俺が後ろに飛び抜くと、横の壁を貫いて新たな茨が生えてきた。

 土の中で蠢く茨の振動でどこから襲ってくるか簡単にわかるため攻撃を避けるのは容易だが、しかし逃げるだけでは倒すことができない。


「これなら1万ゴールドは必要か」


 手のひらに金貨を一枚出現させた。


【出金:1万ゴールド】


 出金メッセージが脳内に直接流れる。

 そして、次の瞬間、金貨は赤い刀身の長剣へと姿を変えた。

 

「おい、逃げろっ! そいつの茨は固い! 生半可な攻撃じゃ傷つけることはできないっ!」


 逃げていた冒険者のひとり、少女を背負っていた男が叫んだ。

 そうだろうな、壁を貫く強度――鉄の剣程度では逆に折れてしまうだろう。

 でも――


「生半可な攻撃じゃなかったらいいんだろ?」


 俺はそう言うと、剣術の構えを取った。


「1万ゴールド武器、《ファイヤーソード》。しっかり元は取らせてもらうぞっ!」


 俺はそう言い放つと、石床を蹴って前に跳んだ。

 迫りくるデーモンローズの茨を剣で切りつける。すると、茨は一瞬で炎に包まれ、灰へと化した。

 ついで、デーモンローズは茨のない二本の蔓を伸ばしてきた。それで俺を捕まえて絞め殺すつもりなのかもしれない。

 蔓を燃やすのは簡単だが、俺はファイヤーソードを天井に投げた。土の壁に剣が突き刺さるのを視界の端で捉えながら、俺は二本の両手で蔓を受け止める。その衝撃で俺の手に激痛が走った。


「なんで、あの剣で燃やせよっ!」


 後ろの冒険者からヤジが飛ぶが、


「はっ? お前バカだろ。デーモンローズの蔓は一本8000ゴールドで取引される換金素材だぞ。それを燃やすわけにはいかないだろ、こっちはただでさえ1万ゴールドの出費がかさんでるんだからな」


 俺はそう言うと、蔓を掴んだままそれを待つ。

 天井に一度は突き刺さったものの、その天井の岩をも溶かして落ちてくる《ファイヤーソード》を。

 炎を纏った剣は俺の目の前を通り過ぎて落下する。


「喰らいやがれっ!」


 そして、俺はその剣の柄を思いっきり蹴り飛ばした。

 吹っ飛んでいく剣はそのままデーモンローズの本体を貫通し、一気に燃やす。本体と一緒に蔓の付け根も燃えたため、引っ張ったら蔓を簡単に抜くことができた。

 少し焦げ跡が残っているが、このくらいなら一割程度の減額で済むだろう。


「すげぇ威力……そんなに強いのなら最初から剣を投げればよかったんじゃないのかよ」

「バカ言え。それじゃあこの蔓まで燃えちまうだろうが。【肉を斬らせて金を取る】って言うだろ? うぅ、いてて。また余計な出費が出ちまうな」


 俺はそう言うと、袖の中に隠し持っていた小銀貨を三枚取り出す。


「《ヒーリング》」


 そう魔法を唱えると、小銀貨三枚が消え失せ、俺の手の痛みと内出血のあとが綺麗に消え失せた。

 小銀貨一枚は100ゴールド……日本円にして約1000円。つまり3000円も治療費がかかる。魔法による治療は便利だけれども、やはり何度も使えるものじゃない。

 しかし、まぁおかげでデーモンローズの蔓が手に入ったことだし、デーモンローズの賞金と合わせれば結構な値段だ。

 差し引きで言うとかなりのプラスになる。


「待ってくれ、さっきの魔法をこいつにも使ってやってくれ」


 俺が帰ろうとした時、さっきから俺の戦いを見ていた冒険者たちがそう懇願してきた。

 確かにもう一人の男が背負っている少女の顔色はあまりよくない。

 怪我で血を失っているのだろう。

 名前を訊くのも面倒なので、とりあえず少女を背負っている男を男冒険者A、残りのふたりを男冒険者B、女冒険者Aと勝手に決めた。


「その怪我を《ヒーリング》で治そうと思ったら、1万ゴールドは必要になる。お前らに払えるか?」


 四人の中でもリーダーらしい男冒険者Bに尋ねる。1万ゴールドは、ダンジョンの三階層で死にそうになっているようなこいつらにとってはかなりの大金のはずだ。


「いちま……教会の司祭様の奇跡でもその半額以下じゃないか」


 男冒険者Bが叫んだ。


「悪いが教会と俺とは違うんでな――どうだ? 一括で払うのが無理なら、特別に月1000ゴールドの12回払いで勘弁してやるぞ」

「12回払いだと2000ゴールド多いだろ」

「利息だよ。嫌ならポーションを500ゴールドで売ってやる。それでも応急処置くらいならできるだろ」


 怪我さえ塞げばこれ以上悪化することはないだろう。

 俺が善意で言ってやると、今度は男冒険者Bが苛立った様子で言う。


「それだって相場の倍じゃないかっ!」

「迷宮の中ならそれでも安いくらいだ。ここは地上じゃないんだぞ」

「このっ――」


 いまにも殴り掛かって来そうな男冒険者Bだったが――


「待ってください――あなた、もしかしてタイガ・ゴールドさんですか?」


 男冒険者Aが待ったをかけた。


「そうだよ」

「わかりました。今すぐは無理ですが、近いうちに1万ゴールドを支払います。なんなら借用書も書きます。彼女――妹を治してください」


 交渉成立だな。

 俺は大銀貨を五枚取り出し、手の中に忍ばせる。そして、


「《ヒーリング》」


 と魔法を唱えた。


「凄い……あの傷が一瞬で……」

「あぁ、高位の神官様か、それ以上だ」


 当然だ。神官が治療に消費するのは己の魔力――一日経過すれば回復するようなものだ。

 それに比べ、俺が消費しているのは金、当然一晩寝たら元通りというわけにはいかない。

 代価が高ければ、その効果は大きくなる。


「失った血は戻らないからな。地上に戻ればレバーでも食わせておけ」

「わかりました……助かりました。彼女は僕の妹で――」

「別に助けたつもりはないし身の上話を聞くつもりもない。代金はしっかり貰うからな」

「……でも礼を言わせてください。ありがとうございます」


 男冒険者Aはそう言って頭を下げ、そして一足先にと地上に去っていった。

 ひとり残った俺は、デーモンローズの蔓をインベントリへと収納し、転移魔法で地上へと戻った。

 ちなみに、転移魔法にかかる費用はひとりなら1000ゴールドだ。


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