18話
カモノネギの巣を守るため、俺とユマはリザードマンの群れの目撃情報があった西の方角へと向かった。
道なんて当然ないので、岩を乗り越えたりせせらぎを飛び越えたりと悪路が続くが、ユマも文句を言わずについてきた。そして、谷の中の開けた場所――日当たりのいい場所にリザードマンの群れを発見した。
数は三十――いや、二十九匹。
装備はサーベルと革の鎧か。
ちなみに、あのサーベルと軽鎧もリザードマンの骨と同じ成分でできているため、鉄よりは強度は劣る。
リザードマンは人間と違い変温動物だから、ああいう風にして体温を上げないと活動できないのだろう。
その群れの真ん中には三メートルを超える巨大なリザードマンがいた。
「ユマ、危ないと思ったら走って逃げろよ。追いつかれそうになっても逃げ続けるんだ」
リザードマンの速度は平均的な人間の逃げ足より速いが、走って体温が上がりすぎると動けなくなるため、ある程度距離を取っていたら逃げ切れる相手である。
そして、俺は大銀貨を四枚取り出した。
岩陰を移動しながら、大銀貨を所定の位置に置いていく。
そして――一周回って戻ってきた。
「タイガさん、いったい何をしていたんですか?」
「魔法の下準備だ――お前はそこから動くなよ」
俺はそう言うと、最後にもう一枚、大銀貨をリザードマンの群れがいる上方に向かって放り投げ、そして魔法を唱える。
「監獄結界」
魔法を唱えると、上方の大銀貨を頂点として、四方の大銀貨に光の線が延び、四角錐――ピラミッド型の黄色い半透明の結界が生み出された。
「タイガさん、この結界は?」
結界の外から、ユマが問いかけた。
「触れても死ぬことはないし、無理をすれば超えられるけれど、ビリっとするからな。触れるんじゃないぞ。これはリザードマンを逃がさないためだ」
本来なら、巨大リザードマンを遠距離から狙撃して、他のリザードマンが逃げ出してから巨大リザードマンをインベントリに回収すれば解決の予定だったのだが、カモノネギがいるとなると話は別だ。
俺はそう言うと、鋼鉄の剣を抜いた。
「タイガさん、銭使いスキルは使わないんですかっ!?」
「当たり前だ。ただでさえ5000ゴールドも浪費してるんだぞ。これ以上金を浪費したら持ち出しになっちまう」
「それなら、巨大なリザードマンだけを倒せばいいじゃないですか」
「そんなことしたら、カモノネギが食われちまうだろ。ネギ好き仲間のあいつらを殺させるためにはいかない」
俺はそう言って自嘲した。
「キーゲン男爵にしてやられたな。カモノネギがいる以上、俺は本来の報酬以上に働かないといけない。リザードマンを全滅させないといけない」
野鳥を守るために、魔物を殺すという行為は、日本にいた頃のことを思えば間違えているだろう。
シマウマを守るためにライオンを殺すのと同じだ。
だが、魔物はやはり殺さないといけない。奴らは魔神によって普通の動物から進化した新たな生物の子孫であり、魔族の手下である。人間を見たら襲ってくる狂暴な奴らだから。
俺は剣を構えると駆けた。
既に結界ができたことで、リザードマンたちは既に何かが起こっていることに気付いている。
だが、そのせいで浮き足立っている。群れとしての機能がまだ果たされていない。
統率が取れていない群れなら、ただの烏合の衆だ。
(冷静にさせるな)
冷静に対処されたら、リザードマンが持つ二十九本のサーベルが同時に襲い掛かってくる。
いくら骨の剣だからと言っても、肉を切り裂くには十分だ。無防備な首や顔を斬られたら無事では済まない。
俺はインベントリからワイバーンの死骸を取り出した。
死んではいるが、心臓を一突きされただけのワイバーンの遺体――そんなもんが現れたらリザードマンたちはどうなるか?
少し見ただけではワイバーンが死んでいることなんて気付かない、そしてワイバーンを含め、竜族は魔物を襲って食べることもある。
ただでさえ統率が取れていない状態のリザードマンたちだ。逃げ出すに決まっている。
逃げ出した奴らはどうとでもなる。戦意を失った敵はもう敵ではないのだから。
ワイバーンの上に飛び乗った俺は、結界に衝突した結果激しくスパークして転げまわるリザードマンたちの処理を後回しにし、俺はそいつと一騎打ちを決めることにした。
「さすがは群れのボスということか」
唯一逃げなかった巨大なリザードマンを見る。
巨大リザードマンのサーベルは、もはや片手剣ではなく大太刀だな。
『UGURUUUUUUUUUUUU!!!』
鳴き声を上げてワイバーンの死骸の上にいる俺に向かって跳びかかってくる巨大リザードマン。
俺はそのリザードマンに向かって鋼鉄の剣を放り投げた。
縦回転をして飛んでいく剣を、巨大リザードマンは軽々剣ではじき返すが、それが目的だ。
俺はワイバーンの上から飛び降り、別の剣をインベントリから取り出すと、剣を弾いたことで隙ができた巨大リザードマンの口の中に差し込んだ。
串刺しになった巨大リザードマン――あとは雑魚を倒すだけだと思ったのだが――
「がっ――」
喉まで刺さったというのに、リザードマンは最後の悪あがきで俺に剣を振るった。
それが俺の脇腹に命中する。
鎧の上からだったので致命傷にはなっていないが、あばらが何本かいったかもしれないな。
巨大リザードマンは死に絶えたらしく、インベントリに収納することができた。
しかし、俺が傷ついたことが、死んでいたはずのリザードマンたちにやる気を取り戻した。
さて、リザードマンは残り二十八匹。
これは少々厄介だ。
せめて、この怪我がなかったら――仕方ない、金で回復魔法を――
「タイガさんっ!」
「なっ、ユマ、お前どうやってっ!」
結界に穴なんてなかったはずだぞ。
「タイガさんが怪我をしたのが見えたので、無理やり超えてきました。ちょっとビリっとしましたけど。それより怪我を――《ヒール》」
アハハ、と笑うユマは俺の脇腹に回復魔法をかけた。脇腹の痛みが引いていく。
無理やり超えてきたって、それが簡単にできないことはリザードマンたちが証明しただろ。内から外に出るのも、外から内に入るのも同じ痛みが襲ってくる――リザードマンたちはその痛みに耐えられずに通り抜けられなかったというのに。
(これが愛の力って言うのか? はっ、合理的じゃねぇな)




