16話
「ふふふふ、信者がまた増えたのじゃ」
クイーナが信者になったことを聞き、ゼニードは昨日からずっとこの調子だった。
大昔はそれこそ数千万という規模で信者がいたという話をしていたが、今では数十人程度しかいないからな。それでも、俺の活躍によりゼニード神の洗礼を受けたいという商人が訪れるようになった。転移魔法やインベントリといった行商人にとっては喉から手が出るほどに欲しいであろうスキルだからな。
だが、信者になったばかりの頃はインベントリに入れられる容量は僅か数キログラム。そして転移魔法も数キロ先までしか転移できない。俺と同じようにスキルを使いこなすには、前投資として数億ゴールド使わないといけないと知ると洗礼を受けるのを止めて去っていった。
なかなかに厳しい話だ。まぁ、俺もその話を知ったらスキルを使うのを渋るだろう。
さて、俺は現在、暇を持て余していた。冒険者ギルドの仕事に碌な物がなかったからだ。
ネギへの水やりも終え、今日は食べごろのネギを使って、ネギ炒飯を作って売っていた。この国でも米は作られているため、炒飯は意外とメジャーな食べ物だ。ただし胡椒は高いので味付けは鶏肉とネギから取った出汁と塩がベースとなる。
「ゼニード、しっかり手伝え。客がさばききれねぇ。小遣いやらないぞ」
「く、卑怯な。じゃが杏子飴を食べるためにも手伝わないわけにはいかぬか」
ゼニードはそう言って、金の受け取り係を続ける。
レジスターもないこの世界だが、さすがは金の神と言うべきか、彼女が金勘定を間違えることは一度もなかった。
作れば作るだけ売れていく炒飯。俺が三年振りに露店に顔を出しているという噂が広まったのか、客の列はどんどん伸びていく。俺の料理店が繁盛することで他の店が閑古鳥が鳴いている状態――というわけではなく、相乗効果で市場全体が賑わっているようだ。
結果、二時間で用意していた三百食分の具材が底を尽き、撤収となった。
一人前50ゴールド、これだけ売っても1万5000ゴールド――原価が4000ゴールドなので1万1000ゴールドの儲けだが、ここから場所代として売り上げの二割、3000ゴールドを組合に持っていかれるというのだから辛い。
他の店と違い廃棄が少ないのは幸いだが。
「もうくたくたなのじゃ」
ゼニードは賄いの叉焼入れネギ炒飯を食べながら、疲労を訴える。
くたくたなのは俺も同じだ。
俺も叉焼入れネギ炒飯を食べる。我ながらうまい。
「疲労にネギが染み渡る……」
やっぱりネギは体にいいな。
ネギに含まれる硫化アリルはビタミンB1の効果を高め、食べた栄養物のエネルギーへの変換効率を高める効果があり、食事による疲労回復を促してくれる。
やっぱりネギは万能野菜だ。
俺が食事で癒されていると、
「いました。この人がタイガさんです」
その言葉とともにユマが現れた。
なんか、最近毎日この修道女の顔を見ている気がする。
今日は彼女と一緒に見知らぬ三十歳くらいの男がいた。
ハリウッド映画に出てくるイケメンみたいな顔をしているが、どことなく小物臭がしてモテなさそうな男だ。
「俺の名前はバレットだ。貴様がタイガか」
偉そうにする男――はて、バレットってどこかで聞いた気がする。
あぁ、思い出した。ハンに勝負に挑んで負け、装備を奪われた者のリストの中にこの男がいたような気がする。
確か――
「あぁ……キーゲン男爵の部下の男か」
「男爵様と言え、平民風情が」
お前も平民だろう――とは言わない。
こんな小物と喧嘩しても意味がないからな。
「それで、男爵様のおつきの者が、しがない冒険者の俺にどのような用事で?」
「仕事の依頼だ。ついてこい」
有無を言わさず命令をしてくる。
面倒だ……が、行かないわけにはいかないか。
「ゼニード、先に宿に帰ってろ。今日の仕事の帳簿、きっちりつけておけよ」
「うむ、わかったのじゃが、先に渡すものがあるのではないか?」
「ちっ」
俺はゼニードにお駄賃の100ゴールドを渡すと、キーゲン男爵の部下の男についていった。
一応、この町の唯一の貴族だから、ある程度顔を立てないといけない。
無論、依頼を受けるかどうかは別だが。
キーゲン男爵の館は町のほぼ中央――教会の近くにある。
前にどこかの伯爵が別荘として使っていた建物をそのまま買い取り、改装して使っているため、男爵の屋敷としては大きい部類だ。
まぁ、あいつはいろいろとあくどい方法で金を稼いでいるから、このくらいの家には普通に住めるだろうが。
手入れの行き届いた庭を通り、エントランスへと案内される。
本来ならこのあと応接間にでも連れていかれるのだろうが、冒険者の俺はこの場で待たされるらしい。
いつもこれだ。
そして、いつもあの金色の巨大で悪趣味な金庫を見せられる。
「相変わらず不用心な金庫だな」
「凄い金庫ですね――」
玄関という、本来あるべきではない場所にある金庫。
ドラゴンの爪でも傷つけることができないと言われる金庫であり、中に入っているのは1億ゴールドとも2億ゴールドとも言われている。
「この金庫はキーゲン男爵の富の象徴らしいぞ。資産の全部が入っているかららしい」
俺はそう説明してから、ユマの方を見た。
「ったく、お前は余計なことをしやがって」
大理石の女神像を見る。女神像といっても実在する神ではなく、神のように美しい女性の裸像である。
まるで手のあるミロのヴィーナスのような像で、この世界では有名な彫刻家の物らしいのだけれども、これはどうみてもその贋作だ。まぁ、王子だった頃に審美眼を磨いたからわかるわけで、素人にはわからない程度にはうまくできている。
「タイガさん、やっぱりそういう女性が好きなのですか?」
ユマが自分の胸を押さえて、恨みがましく俺を見た。
あぁ、俺が裸婦像をじっと見ていたからか。
確かに、この像はユマよりも胸のあたりが豊かだもんな。ユマも決して貧相というわけではないんだが。
んー。
「……どうでもいい」
「そうですよね。女性の価値が胸の大きさで決まるなんてことはないですよね。ラピス様だって胸はそれほど――」
「いや、この女神像の胸だって俺からしたら小さく思えるよ」
大人バージョンのゼニードの胸と比べたら、この女神像すら小さく思える。
「ガーン……そんな……」
口で「ガーン」という人間を俺は初めて見たかもしれない。
ユマが立ったまま落ち込んでいると、奥からそいつが現れた。
三十歳くらいの、僅かに顎鬚を生やした男。
鍛えてはいるようで中年太りはしていないその男――キーゲン男爵だ。
「ようやく来たか。儂は暇ではないんだが」
「久しぶりですね。お元気そうでなによりです、男爵様」
「儂が元気でも辛くても君には関係ないだろう。それより、依頼だ。君にはこれを受けてもらおう」
そう言って渡してきた依頼書を読む。
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依頼内容:谷に生息する巨大リザードマン撃破
場所:神竜の爪痕
報酬:2万ゴールド
備考:体長二メートル以上のリザードマンの撃破
死体を必ず持ち帰ること。
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巨大リザードマンね。まぁ、群れがどれだけいても、巨大リザードマン一匹倒すだけなら、離れた場所から《神を穿つ矢》で頭を撃ち抜けばいいだけの話だ。
それにしても、神竜の爪痕か。
神竜の爪痕とは、町の北にある巨大な渓谷だ。まるで神話に登場する巨大な竜が大地を抉ったかのように伸びる五渓の谷。谷の底には瘴気が溜まり、魔物が生息している。
だが、リザードマンはいなかったはずだ。
「リザードマンなんていない。そんな顔をしているな」
「…………相変わらずですね。男爵様は。読心術でも使えるんですか?」
「ふん、そんなもん使わんでも君が普段から神竜の谷に赴いていることくらい知っている。あそこに行ったものなら当然持つ疑問だ」
ちっ、これだからこの男爵はやっかいなんだ。
ケチなくせに優秀なんだよな。
「神竜の谷は長い。それこそ遥か西、飛竜山まで続いている。飛竜山の麓にいるはずのリザードマンが、どういうわけか群れごと移動している。一匹一匹は有象無象なのだが、その群れのリーダーと思われる巨大なリザードマンが群れを率いているらしい。群れとなったリザードマンは少々厄介だ。そこで君に巨大リザードマンの退治を頼みたい。質問はあるか?」
「……なんで俺なんです?」
「盗賊団ブドウパンの撃破に対する礼だ。だから謝礼も十分に用意しただろ?」
確かに、キーゲンのこれまでの依頼からして、リザードマン退治に2万ゴールドは破格だ。
何か裏がありそうだが。
依頼失敗時の違約金もないし、受けてもいいだろう。
「そうか。ならさっさと行け。ジャイアントリザードマンの死体はできるだけ傷つけずに持ってこい」
「……わかりました。行ってきますよ」
俺はユマの手を引っ張ってキーゲン男爵の館を出て行った。
「ガーン」
未だにユマはショックを受けたままだった。




