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15話


 シンミーの護衛の報酬は奴隷。つまり、現物支給ということになる。

 ちなみに、彼女の売値は僅か8000ゴールド。

 その理由は、ユマにもすぐにわかった。


「もしかして、目が……」

「はい、去年、病気で。ですが、ご迷惑はおかけしません。一度歩いた道は覚えています。杖さえいただければひとりで買い物もできますし、釣り銭も間違えることはありません。それに歌が上手いと前にいた村では――」

「ついてこい。こんな店前で騒いでいると迷惑だ」


 俺はシンミーに礼を言い、クイーナの手を掴んで、部屋へと戻っていった。

 その痩せた手からも、碌に食事が与えられていなかったであろうことがうかがえる。

 俺の部屋に到着すると、ユマに尋ねた。


「ユマ、お前の回復魔法で彼女の目を治せるか?」

「すみません、私には治せません」

「だろうな」


 回復魔法の基本は自己治癒力の強化と異物の除去にある。

 怪我の治療や疲労の回復は人間が本来持つ力であり、解毒や風邪の治療等が異物の除去である。

 クイーナが病気に罹ったばかりの頃ならユマの魔法でウイルスの除去はできただろうが、目が見えないというのは病気そのものというよりかは病気の結果であり、もはや回復魔法では手遅れだった。


「ユマ、お前は部屋に入ってくるな」


 俺はそう言うと、クイーナを部屋の中に先に入れた。


「ちょっと、タイガさん、タイガ――」


 扉を閉めた。まだ外から扉を叩く音や声が聞こえるが、気にしない。


「あ……あの、私。うまくできるかはわかりませんが精一杯」


 クイーナは恥ずかしそうに自分の服を捲った。

 しっかりと仕込まれているんだろう。


「服を脱ぐな、黙ってろ」


 金貨一枚、1万ゴールドを取り出した。


「タイガさんっ!」


 面倒なことにユマの奴がベランダから入ってきたが、そのまま作業を続けた。


「《キュアヒール》」


 全ての状態異常を回復する魔法、キュアヒールをクイーナの目に当てる。


「目を開けてみろ」


 俺に言われなくても彼女は感じていただろう。

 彼女の目蓋に光が灯ったことに。

 彼女はその目を開け、俺の顔を見た。彼女の瞳に俺の顔が映り込む。

 もう二度と目蓋を閉じたくないと思ったのだろう。闇に戻りたくないと思ったのだろう。

 彼女は瞬きを一生懸命我慢し、俺の顔だけでなく部屋全体を見回した。

 そして、我慢の限界を迎えたのか、二度、三度と瞬きをし、これが現実なのだと改めて認識した。


「……見える……嘘、神官様でも治せないって言ってたのに」


 クイーナは茫然自失と言った感じで自分の手を見た。


「俺の銭使いスキルなら神官でも治せない病気でも余裕で治せるさ。ゼニード様の奇跡だ」

「ゼニード様……?」

「そう、金の神ゼニードだ。お金を使えば様々な奇跡を起こす。クイーナの目を治したのもな」

「そんな凄い神様がいらっしゃったんですか……知りませんでした」

「まぁ有名な神じゃないからな。クイーナ、お前もゼニードの信者にならないか?」

「私は奴隷で貧乏です。金の神様の信者になってもよろしいのですか?」

「当然だ」


 というか、受けてもらわないと困る。

 神の力というのは信者の数とその信仰心で決まる。

 俺がこうして神の奇跡を演出し、クイーナを治療することにより、彼女のゼニードへの信仰はもはや熱烈なものになるだろう。

 そして、ゼニードの力が増せば、俺のスキルも僅かに成長する。

 これは、いわば先行投資の一種であった。


「洗礼を受けたいです。是非っ!」

「そうか――じゃあお前の名前は今日から――」


 彼女の名前を考えると、クイーナの新たな名が脳裏に浮かぶ。あらかじめゼニードが考えていたその名が。

 そのとんでもない名前に、俺はため息をついた。

 ……まだ今回はマシな名前か。


「クイーナ、お前の名前は今日から、クイーナ・ビョードーインだ」

「ビョードーイン、それが私の名前」


 彼女はきっとその名前の意味はわからないだろう。

 平等院――それは日本の十円玉に描かれた寺の名前なのだから。

 本当にこれはまだマシな方で、前に信者となった別の少女にフクザワユキチと名付けていた。

 ミスティア・フクザワユキチ。

 どこで区切ったらいいのかわからない名前だ。 


「そうだ。それと、今日からお前はこの宿の下の冒険者ギルドで働いてもらう。仕事は受付嬢のセリカが教えてくれる。報酬のうち四割は俺に渡せ。銭使いスキルの使い方はそのうち教えてやるからATMスキルを使って入金してもらう」


 セリカは人手不足でいつも嘆いていたからな。

 話は既にこの依頼を受ける時に通している。


「え? お給金を六割もいただいてよろしいのですか?」

「当然だ。そのほうが仕事もやる気が出るだろ。頑張って仕事をして金を稼げ。これが俺の最初の命令だ」

「はい! 精一杯頑張らせていただきます」

「よし、わかったら一階にいってこい」


 クイーナは笑顔で扉の鍵を開け、階下へと降りていった。

 入れ替わりに、ずっとベランダで聞き耳を立てていたらしいユマが恥ずかしそうに入ってきた。


「タイガさん、私勘違いしてしまい、すみません」

「いったいどんな勘違いをしたんだ?」

「そ、それは――」


 ユマは顔を真っ赤にして俯いた。初心な奴だ。


「それより、見ていただろ?」

「はい、タイガさんのスキルの力を。神官以上の回復魔法を」

「違う、そうじゃない」


 俺はしたり顔で言った。


「お前、信仰は金で買えないって言ってただろ?」

「あ……」

「信仰はこうやって金で買うんだ」



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