14話
「顔をお上げください、あなたたちは私の命の恩人なのですから」
アスカリーナは優しい声で俺たちにそう声をかけた。
俺たちは若干顔を上げるが、しかしアスカリーナを直視することはしない。
「シンミー様」
「はい」
「大変お世話になりました。私には力はありませんが、父にはあなたに命を救っていただいたことを報告させていただきます。おって王家より礼の品が届くと思います」
「ははっ、有難き幸せです」
「本当に畏まらないでください。それとタイガ様」
「ははっ」
「……あの、タイガ様、私とどこかでお会いしたことはございませんか?」
「私は在野のしがない冒険者。アスカリーナ様との接点はございません」
「……そうですか。そうですね。そんなことありませんよね」
アスカリーナはどこか悲しそうな笑みを浮かべた。
実はそうではない。
俺はこのアスカリーナと会ったことがある。十二年前。俺はまだ八歳、そして彼女は五歳だった。
彼女は親善大使としてサクティス王国を訪れ、俺が城の案内をしたことがある。
まぁ、十二年前の話なんて彼女は覚えていないだろう。
タイガという名前も珍しい名前ではないし、ゴールドという神名は成人になるまで伏せられていたから、名前から俺の素性に辿り着くこともあるまい。
「そうですか……いえ、そうですね。タイガ様にも褒美の品が届くと思います」
「ははっ、ありがとうございます。それと、王女様、こちらをお納めください」
俺はハンカチと例の物を取り出した。
それは小さな光る玉だった。
「それは?」
「ワイバーンの体内に入っていたものです。従魔石――魔物や竜を操るための魔道具です」
インベントリに収納した時、ワイバーンと一緒に収納されたものだ。
「……つまり、私が襲われたのは偶然ではなく」
「はい、おそらく意図的に狙われたのでしょう。これがあれば犯人の足取りがつかめるかもしれません」
「ありがたくいただきます。しかし、これを売ればかなりの額になるのではありませんか?」
アスカリーナの言う通りだ。
これを売れば10万ゴールドは下るまい。ワイバーンを操っていたのだとしたら、その価値は50万ゴールドを上回る可能性もある。しかし、王家の人間を襲った人間の証拠の品を手元に残したり売却したりするのは得策ではない。
俺の意図に気付いたのか、彼女は逡巡し、
「――これを対価としてお納めください」
彼女はそう言うと、胸にあった宝石のついたブローチを俺に差し出そうとしたが、俺は首を横に振った。
「対価は後日、褒美とともにでかまいません」
「――ありがとうございます」
アスカリーナはそういって頭を下げた。確か、あのブローチは彼女の母親の形見の品のはずだ。
そんなもの、いくら守銭奴の俺でも受け取れるわけがない。というより後日の褒美に上乗せしてもらったほうが金額的にも儲かるだろう。
ただ、ひとつ疑問が残るな。
「失礼ながら、王女殿下は何故このような場所に? 共の者も少ない――」
「詮索は無用だ」
老紳士が俺の話を遮った。
アスカリーナも謝罪をする。
「すみません、これはあまり人に知られたくないことですので」
「申し訳ありません、私の部下が失礼なことを。どうでしょう? 夜明けまでここにおられては? また魔物に襲われないとも限りません」
「お気遣いありがとうございます。しかし、急ぎ行かなければいけない場所があるので」
アスカリーナはそう言ってシンミーに謝ると、馬車に乗った。
「シンミーさん、タイガさん、ありがとうございました」
アスカリーナは再度俺たちに礼を言い、そして去っていった。
「はぁぁ、緊張したわ。でも、これで王家と繋がりが持てた。商売のチャンスが広がった。いやぁ、たった20万ゴールドでいい買い物ができたわ」
「よかったな。ところで、ユマ、お前何隠れてたんだ?」
馬車の荷台、ハンの後ろにユマは隠れていた。
「もしかして、お前、王女と知り合いなのか?」
「そんなことはありません。知りません」
焦った顔でユマが言った。つまりは知り合いということか。
どこかのお嬢様だろうから、勝手に家を出て修道女になったのか?
「ふぅーん、まぁいいや」
ユマが金持ちのお嬢様なら、何か金になるかもしれないが、手間を考えるとギャンブル要素がある。
どうせギャンブルするのなら、もう少し大きな勝負にしないといけないからな。
次の日、俺たちは予定通り領主町に到着。
そこで、奴隷を三人とも引き渡して今回の仕事は終わりだ。
ミーケと仲良くなったユマは悲しそうな表情を浮かべていたが、ミーケがこのあと獣人自治区に連れていかれ、老夫婦の娘として養女に出されることを知ると安心したのか涙ぐんでいた。
もっとも、ミーケのような奴隷の扱いは本当に稀なケースで、一緒に売られた男は普通に鉱山で働かされることになるそうだ。
ハンはこのあと、領主館で戦闘兵としてのテストがあるらしく、特例として豪華な食事が与えられることになった。そのテストの結果次第では売値が大きく左右されるらしい。
ちなみに、帰りだが――
「いやぁ、ほんまにタイガはんのインベントリと転移は便利やな。馬が転移できないのは困りもんやけど、まぁ、あの馬は商会のもんに運ばせるから今回は問題ないんやけどね」
「インベントリは兎も角、転移は制約が多いぞ。移動人数が増えれば増えるだけ出費がかさむからな」
転移魔法――ゲームなどではおなじみなこの魔法。
登録している地点に一瞬で移動できる。
ちなみに、距離に関係なくひとりなら1000ゴールド。
だが、ふたりになれば3000ゴールド、三人なら6000ゴールド、四人なら1万ゴールドと段々上乗せされていく。
しかも登録できる転移先は十カ所までに限られており、それ以上増やそうと思えば莫大な金額が要求される。
現在既に十カ所全て埋まっており、その中には領主町は含まれていない。
あと、馬も一人分として計算すれば転移できるのだが、転移先に登録しているのが俺の部屋なので遠慮願った。
俺たちは商会の前まで、シンミーと同行し、そこでインベントリから馬車の荷台だけを出した。
「じゃあタイガはん、ちょっと待っててな」
シンミーはそう言って店の中に入ると、金の入った袋を持って戻ってきた。
「これ、約束の別報酬や」
シンミーからお金を受け取った。
ちなみに、明細は、
・ライトボール200ゴールド(※前払い)(出費60ゴールド)
・王家馬車救出20万ゴールド(出費3万ゴールド)
・転移魔法1万ゴールド(出費6000ゴールド)
合計21万200ゴールド(出費3万6060ゴールド)
となり、17万4160ゴールドの儲けだ。これとは別に、王家から褒章がいただけるというのだから、今回の仕事は成功と言ってもいいだろう。まぁ、少し出費がかかるんだが。
「まいどどうも」
報酬はいつも通り《ATM》に預け、残りはポケットに入れた。
これは今夜の夕食だ。セリカにも世話になったので飯のひとつは奢らないといけないだろうということで、いつもより多めに手元に残している。
「ユマはんには5000ゴールドな。世話になったわ」
シンミーは律儀にもユマにも日当を渡そうとした。
「いえ、私はほとんどなにもできませんでしたので貰えません」
「いいんやいいんや、回復魔法なんて使う場面がないほうがいいんやからな。転ばぬ先の杖や」
その後、ユマの遠慮とシンミーの押し付けという問答があったが、結局ユマはお金を受け取った。
さて、今受け取ったのは臨時の報酬。
シンミーは「ちょっと待っててな」と言って奴隷商の建物の中に戻っていくと、ひとりの十歳くらいの少女を連れてきた。 確か、昨日、ここを訪れた時に奴隷三人を連れてきた女の子だ。小間使いかと思っていたら彼女も奴隷だったのか。
「タイガはん、この子でいいな」
「はじめまして、クイーナと申します」
クイーナという名前の少女はそう言ってユマの方に頭を下げた。
「ちゃうちゃう、あんたの主人は左三十度の方向や」
「失礼しました、クイーナと申します。よろしくお願いします、ご主人様」
「ご主人様? タイガさん、奴隷を買ったんですか?」
「買ったというか、今回の報酬だ」




