12話
太陽が完全に沈む前に、馬車は野宿ポイントに到着した。
奴隷たちは全員、野宿用の枝を拾い集めるために森の中へと入っていく。魔物の気配はないし、奴隷には逃亡防止用の契約魔法がかけられているから心配ないだろう。
「予定より少し早いわ。さすがはタイガはんやな」
「礼を言うならお馬さんたちに言ってあげてください。とても頑張っているんですから」
ユマはそう言って、草を食べている馬たちに疲労回復の魔法をかけ、俺はその横で馬にブラッシングをする。
そんな俺を見て、ユマが少し意外そうな、しかし嬉しそうな顔をして言った。
「タイガさん、動物には優しいんですね」
「馬は特別なんだよ」
昔は王族として一通りの訓練を受けてきた。多くの人が俺の師匠となった。
俺に魔術、弓術、そして馬術を教え込んだ師匠というのがとても厳しい人で、七歳の頃、馬を上手に乗りこなせなかった俺はあろうことかそれを馬のせいにして石を投げつけた。勿論、直接当てるつもりはなかったのでかなり手前に落ちた。それに七歳の腕だ。スピードもなく馬は自分が石を投げられたことにすら気付かなかっただろう。
だが、それを師匠に見つかってしまい、十時間以上説教されたことがあった。
その後、俺は心を入れ替えて馬の世話を丁寧にするようになった。それほどまでに師匠が怖かった。
不思議なことに、俺が馬の世話を丁寧にするようになると馬も懐いてくれて、乗馬の腕もみるみる上がっていった。
「――ところで、お前のほうはどうなんだ? 奴隷たちからいろいろと話を聞いていただろ?」
御者席からでもユマの声は聞こえてきた。
ユマは獣人の女の子と、特徴のないのが特徴の男――ふたりの奴隷から話を聞いていた。
獣人の女の子の名前はミーケ。彼女は生まれながらに奴隷だった。
ひどい話かもしれないが、奴隷が子供を産んだ場合、その父親が誰であったとしても保護者は奴隷の所有者になる。そして、その多くは物心ついた頃には母親と引き離され、奴隷商に売られてしまう。
ミーケの前の主人は十歳未満の幼女のみを愛でるという特殊な性癖を持つ貴族だったらしく、彼女も三歳の時にその男の元に引き取られ十歳になった先月、シンミーのところに売られたらしい。唯一の救いは、その好事家が「YESロリータNOタッチ」の精神の持ち主であり、ミーケを性の対象とは見ずにメイド見習いとして働かせていただけだということだろう。十歳になったら奴隷として再度売られるというのは手のひら返しすぎる気がするが。
彼女が奴隷から解放されるのは十五歳の成人になった時だ。奴隷の子供は十五歳になると自由になることができる。だが、教育も受けていなければ家も畑もない。
多くの者は奴隷から解放されてもどこかの農園で奴隷のような待遇で働かされることになってしまう。ミーケならメイドとしての訓練を受けているから、どこか別の働き口があるかもしれないが、それでも足下を見られ正規の給金は貰えないだろう。
ユマはその話を聞いて何を思ったのか、想像はできる。
だから、俺の質問に答えない彼女に、俺はさらに言った。
「同情で奴隷を買おうだなんて思うなよ」
「で……ですが」
「お前が奴隷を買えば、お前は金が全てだっていう俺の理論を認めたことになる。金で全て救えることを認めることになる。少なくとも、お前がお前である間は同情で奴隷を買おうとするな」
「…………」
ユマはまた何も答えない。きっと彼女は俺の言葉にいろいろと悩んでいるのだろう。
奴隷三人が枝を集め終わり、俺たちは食事となった。
食事を作るのは俺の仕事だ。これも護衛の仕事に含まれている。
献立は白いパンと昨日と同様ネギの入ったスープだが、溶き卵を入れているため少し豪華だ。
「シンミーさん、どうぞ。ユマも食っとけ」
「あ、ありがとうございます。あの、タイガさん。他の方の分は」
「あいつらにはパンを置いているだろ?」
「ですが、私たちとは違うんですね」
当然だ。奴隷の食事は奴隷のものが与えられる。
彼らが食べているのは全員が黒パンだ。
柔らかい白パンと違い、黒パンはとても硬く値段も安い。白パンの半値以下だ。
あとは栄養が偏らないように、その辺の野草を煮込んだものを皿の上に載せている。飲み物は、俺たちと同様奴隷たちが汲んできた水を一度煮沸させて飲んでいる。
「奴隷が奴隷商にいる間、絶対に普通の食事が与えられることはない。量も少ない。食事の恨みは恐ろしい――奴隷商から新しい主人の奴隷になった途端に食事のランクが落ちてしまったら、その奴隷は主人のことを恨むようになるからな」
俺とシンミーはスープのお代わりを飲んでいたが、ユマは奴隷たちへの申し訳なさからか遠慮していた。
食事を終えて、テントを張る。
奴隷たちは荷車で寝て、俺は魔物が襲ってこないように警戒をしているので、テントにはシンミーとユマだけで寝ることになる。
「タイガはん、例の頼めるか?」
テントも張り終えたところで、シンミーから仕事の依頼が来た。
「一晩200ゴールドです」
俺がそう言うと、シンミーは根切り交渉を一切せず、小銀貨を一枚と大銅貨十枚を渡した。小銀貨二枚でないのはシンミーの気遣いだ。
それを受け取った俺は、そのうちの大銅貨三枚を消費して空に魔法を放つ。
「《ライトボール》」
放たれた魔法は光る玉――《ライトボール》。闇夜を照らす魔法である。
ちなみに価格は光量と時間により変わり、今回は六時間30ゴールド。六時間後、再度ライトボールを使うのでさらに30ゴールド使うことになる。
この魔法は紫外線の量も調整することができ、UV-B領域の紫外線を照射することでアスコルビン酸の量を増やすことができる。
ちなみに現在は紫外線は蛍光灯くらいしか出ていないので日焼けする心配はない。
「凄い、太陽みたいです」
「太陽ほどの光量はない」
「そうなんですか? でも、夜にこんなに明るくして、魔物に襲われませんか?」
ユマが不安そうに言う。
俺も昔はそんなことを思っていた。さながら街灯に集まる蛾のように、魔物がよってくるのではないかと。
しかし、そうではないとシンミーが説明をする。
「違う、逆や。夜行性の魔物は基本光を嫌うし、盗賊はこの光を見たらまず襲ってこん。こんなバカでかい光の玉を打ち上げられるっていうことは、凄腕の魔術師がいますって言ってるようなもんやからな」
「なるほど、考えられているんですね」
ユマが安心したその時だった。
背筋がぞわぞわとなった。悪寒が走り抜けたのだ。
「――何か来る」
俺はそう言った。 血の臭い――風上か?
俺は風上の方角――南側を向き、目を細めて見る。
そこに見えたのは――
「馬車? 何かに追われているようだが」
こちらに向かってくる馬車、その向こうの空に大きな影が見えた。
「あれはワイバーンっ!」
亜飛竜とも呼ばれるワイバ―ン。亜とつくだけあって、竜の亜種であり、竜とは異なる。
西の飛竜山の頂上付近に巣を作っているそうだが、はぐれワイバーンか?
どうやら、血の臭いはあのワイバーンからか。口から血が滴り落ちている。人間の血か魔物の血かの区別はつかない。
「《ライトボール》はそのままにして今すぐ逃げるぞ。こいつでも囮くらいにはなるだろ。テントは諦めろ」
「タイガさん、あの馬車を助けないんですか?」
「俺たちの仕事はシンミーと奴隷たちの護衛――むやみに危険にさらすわけにはいかねぇよ」
「しかし――」
逃げ出す準備をしている俺に待ったをかけたのはシンミーだった。
「待ち、タイガはん。あの馬車をよく見てみぃ」
「よく見てって……あれはまさか」
馬車には家紋のようなものが刻まれていた。
「《遠見》」
10ゴールドを使って遠くを見る魔法を使う。
そして確認した。
「間違いない、王家の紋章――王族が乗ってる馬車だ。シンミー」
「20万やっ!」
「了解っ!」
今のやりとりで契約が成立した。
あの馬車を救う。
成功報酬20万ゴールド。




