11話
「かつて、私の父は仰いました。奴隷になることは試練であると。大きな罪を犯した奴隷を除き、奴隷には立ち直るチャンスが与えられる。奴隷には期限があり、その期限を乗り越えることで、奴隷から解放され自由になります」
「本気で言っているのならおめでたいな。この世界の裏ことわざを知ってるか?『皿なら十日、壺なら二十日、なにもしなけりゃあと百日』ってな。確かに何も悪いことをしなければ奴隷から解放されるが、安い皿を割れば十日、壺を割れば二十日、罪を犯したとして奴隷としての期限が延びる。そしてなにも悪いことをしなければ、罪を適当にでっちあげられ奴隷としての期限が百日延びるっていう話だ」
「そんな……そんなことを法は認めていませんっ!」
「法で認められていなくてもそれが事実だ。他にもあるぞ? 奴隷は自分の意思で奴隷としての生活を続けることができる。これは、表向き、奴隷から解放されても生活に困る人間がいるから、奴隷のまま生活することを望むもののための救済法だ。しかし奴隷は主人に絶対服従の魔法をかけられている。つまり、解放されたい奴隷に対し、自分の意思で奴隷を続けるように申請しろって命令すれば、奴隷は見事自分の意思で奴隷を続けることになるっていう法の抜け穴――いや、本来の使われ方が成立する」
「……………………」
少々お嬢様には厳しい現実だったのだろう。黙ってしまった。
しかし、それが事実だ。
昨日売り払ったハンの部下たちも、最悪奴隷から解放されない可能性もある。まぁ、鉱山奴隷にでもなれば、あそこは国営だから奴隷は約束通り一年で解放されるだろうが。
「しかし、それは間違っています。人は正しい生物です。人がそのようなことをするとは思えません。仮にしていたとしても、すぐに自分の過ちに気付き、奴隷を解放するはずです」
「愛があるからか?」
「愛があるからです」
人間はそんなに甘くないんだがな。
しかし、それを言ったところで結局は話は平行線のまま終わるだろう。
「もういい、俺は行くぞ。教会に行くのならこの先の青い屋根の建物だ」
そう言って話を切り、ひとりで奴隷商の店に行こうとした。
しかし――
「待ってください、私も手伝います。私は回復魔法の他、簡単な破邪魔法が使えます。足手纏いにはなりません」
「……手伝っても金は出ないぞ?」
「問題ありません」
ユマがきっぱりと言った。
報酬はないと言っているのに働きたいとか、どういう神経をしているのか?
一度MRI検査を受けた方がいいのではないかと、他人事ながら心配になってくる。
もっともこの世界にはMRIどころかレントゲンの技術すらないのだけれども。
しかし、護衛の依頼っていうのは冒険者複数人でするものだし、ラピス教の修道女がいたら万が一の時に俺が金を使わなくても済む。ユマが一緒に来て感謝されることはあっても邪魔者扱いされることはないだろう。
「わかった、ついてこい」
奴隷商の店の前には既に馬車が停まっていた。
昨日、俺が乗っていた馬車と似ているが、しかし馬が違う。
この馬はいざという時にスピードが出る他、スタミナもある。
ただし、力は昨日俺が乗っていた馬ほどはなく、多くの荷を運ぶことはできない。
この馬で運ぶということは、今日運ぶ奴隷は三人くらいか。
「お久しぶりです、シンミーさん」
「おぉ、タイガはん、待ってたで」
そういって顔を出したのは、小柄な女性だ。年齢は四十を超えているらしいけれど、二十歳と言っても通用する。
ちなみに、エルフ族やドワーフ族のような長命族の血が混じっているのではなく純粋な人間族らしい。
「女性の方だったんですね」
「なんや、今日は仲間と一緒なんか。ソロのタイガはんにしては珍しいな」
「はじめまして、ユマ・コンシューマファインと申します。ラピス教の修道女をしています」
「あぁ、その恰好でラピス教の修道女やなかったら詐欺師かコスプレマニアしかないもんな」
ちなみに、この世界にもコスプレという概念は存在する。
「ラピス教の修道女なら大歓迎や。回復魔法は使えるんやろ? 野宿するけど準備はいいん? ところでいい匂いすんな。なにかいい香水使ってるんか?」
まさにマシンガントーク、といったシンミーにユマが困惑している。
「おっと、もう時間やな。ちょっと待ってな。クイーナ、今日持っていく人に来るように言って」
シンミーはクイーナという十二歳くらいの白いパーマがかった髪の女の子にそう頼む。クイーナは返事をし、建物の中に戻ると、暫くして三人が現れた。
ひとりは猫耳族の少女だ。獣人はほとんど国の南東にある獣人自治区に住んでいるため、町で見るのは珍しい。
次に現れたのは村人Aという感じの特徴のない男。年齢は三十歳くらいだろうか? 彼に着けられている首輪が黒いことから、犯罪奴隷であることがわかった。
そして、最後に現れたのは――
「お前かよ」
「おぉ、旅の護衛とは貴君であったか。護衛は我がいるから不要だと申したのだが、貴君なら問題ないだろう」
そう、三人目の奴隷は昨日俺が倒したばかりの武道家ハンだった。
いや、まぁこの町にある奴隷商はこの店だけだから、ここにいるのは当然なのだが。
「そういえば、ピエロはんを捕まえたのはタイガはんやったな。ユマはんも一緒におったんやろ?」
「「ピエロ?」」
誰のことを言っているんだろう? 俺とユマはふたりで疑問に思ったが、
「我の名前だ」
とハンが答えた。
「お前、ピエロって名前だったのかっ!?」
「うむ、我が名はピエロ・ハンだ」
そうか、そういえばハンという名前はタイラン神から授かったって言ってたもんな。
でも、少し残念だな。シンミーがハンのことを何と呼ぶのか気になっていたのに。
ハンハン? とか思っていたのに。
「なんや、自分。そんな目でうちを見て――さては惚れたんか?」
「……はいはい、そうですそうです」
「ほんまに最近のタイガはんは揶揄いがいがないな。昔はもっとかわいかったんやけどな」
はぁ、露店のおばちゃんといい、シンミーといい、五年前の俺を知っている人間というのは本当にやりにくい。
仕方ないじゃないか、五年前の俺は元王子と元日本人という偏った知識しか持ち合わせていなかったせいで、本当に右も左もわからない状態だったんだから。
ゼニードは全然役に立たなかったし。
「ほな行こか。タイガはんは御者も頼むわ。うちは寝てるから、何かあったら起こして……くぅ」
シンミーが眠った。どうやら、今日運ぶのは三人だけのようだ。普段は十人くらい運ぶからある意味贅沢な話だ。馬車にもまだゆとりがある。
「せめて町を出るまで起きてろよな。門のところでどうせ一度起こさないといけないんだから」
「仕方あるまい。彼女は今朝まで我が弟子たちの受け入れ先に送る書類を全員分書いていたのだ。しかも全員各々の長所を添えてな。お陰でよい場所で働けそうだ」
「長所って、脳筋で利用しやすいって話じゃないのか?」
「違う、我が弟子の中には裁縫が得意な者や算術が得意な者もいる。まぁ、力がある者が多いのは事実だがな」
「タイラン神の信者だからな。お前の働き先はどうなったんだ?」
「うむ、我は領主町を経由して王都に運ばれ、そこで戦闘奴隷として一生を過ごすようになるそうだ」
一生奴隷。永遠に訪れない自由。
その話を聞いて、ユマの表情が曇る。
「そんな顔をするな、女よ。我にとっては幸せな話だ。戦闘奴隷ということは、タイラン神への信仰を失わなくて済むのだからな。それにシンミー殿は良い御仁だ。我の弟子たちもキーゲン男爵の使いの者が来て、全員国有鉱山働きとなった。あそこならばよほどのことがない限り期限通りに自由の身となり、我と我の師の教えを後世に伝えてくれる。それで十分だ。だから我は誰も恨んでおらん」
「そもそも、お前が遺跡をぶっ壊したのが原因で弟子たちも奴隷になったんだからな。自分の愚かさを恨めよ」
「タイガさん、たとえ事実でもそんな言い方はハンさんに悪いですよ」
ユマの言葉がとどめとなり、脳筋のハンが膝を抱えて座り込んでしまった。
巨漢がいじける姿はとてもシュールだ。




