10話
冒険者ギルドで、俺宛ての指名依頼があったので、俺はそれを二つ返事で受け、依頼人の店へと向かうことにした。
ただ、依頼までは時間があるので、町で情報でも集めようかと思ったが――
「で、なんでお前までついてくるんだ?」
振り返ると、そこにいたのはユマだった。もしかしたら俺のストーカーになるつもりだろうか。前世の俺なら、「可愛らしい女の子にずっとついてきてもらえるなんて、リア充爆発しろ!」と今の俺に呪いをかけただろうが、しかし今の俺にとってはめんどうなことこの上ない。
「町を案内していただこうと思いまして。本当はセリカさんに頼んだのですが、冒険者ギルドは人手不足らしく、手が離せないそうなので」
「金はあるのか?」
「えっと、顔見知りになったわけですから、無料というのは……」
「…………」
「お昼を奢りますので」
「わかった、それでいいよ」
俺は頷き、町について説明する。
この町の名前はノスティア。北にある神竜の谷の向こう――魔族の領土から最も近い町でもある。
人口は八千人とこの世界の町の中では大きな部類に入る。町の南は穀倉地帯になっており、延々と小麦畑が拡がっている。日本人なら意外に思ったかもしれないが、そのくらいの小麦畑がないと町を維持できないのだ。
マイヤース王国クライアン侯爵領の最北にある町である。北には竜の爪痕と呼ばれる巨大な渓谷があり、さらにその北に行けば今は魔族たちに侵略、占領されたヘノワード辺境領がある。つまりは魔族たちとの戦いの最前線にある町なわけだけれども、渓谷という天然の堀のお陰で魔族の侵略を阻んでいる。
また、町の西にはダンジョンがあり、冒険者たちの、延いては町の大きな収入源になっている。
「ダンジョンですか。混沌の魔神が作りだしたという場所ですね」
「ああ。ダンジョンは現在七階層まで攻略されている。地図が存在するのは五階層までだ」
迷宮は深ければ深いほど広くなり、現れる魔物も強くなる。
一階層の広さを1とするのなら、七階層の広さは240はある。未だに八階層に通じる階段が見つかっていないのもそれが原因だ。具体的に言うと、一階層の広さは東京ドーム一個分で、七階層の広さは東京ドームの存在する文京区と同じくらいの広さ、と俺は前世の感覚で理解している。
俺たちはそのまま市場へと向かった。
市場では様々な食事が大きな鍋に入れられて売られている。
日本人からしたら不思議に思うかもしれないが、この世界では自炊をする家は少ない。電気もガスもないこの世界で調理をするというのはかなり手間がかかる。火を熾すための薪だってその辺に落ちているわけではないのだ。
ちなみに、椀を持ってこないといけないが、陶器の椀がたった3ゴールドで売られている。そのあまりの安さゆえに、使い捨ての皿のような感覚で使う者も多く、露店の横には椀を捨てる箱まで設けられている。当然、そんな箱に皆乱暴に椀を投げ込むため、全て割れているが、店主はそんなことはあまり気にしていない。たとえ割れずに残っていてもそのまま捨ててしまうからだ。
「昼飯はここでいいか?」
「はい。ここはどのようなものが美味しいんですか?」
「全部等しくマズイぞ」
俺が言うと、近くの露店ですいとんに似たスープ料理を売っていたおばちゃんが豪快に笑った。
「あはは、相変わらず失礼な子だね」
「す、すみません。タイガさんが失礼なことを」
「いいんだよ。実際、その子はこの町に来たての頃に店を開いていてね。連日長蛇の列ができるほどの盛況ぶりだったんだよ」
「そ……そんなに凄かったんですか?」
「ああ。そのまま自分の店を持つのかと思ったら、あっさり料理人を引退して冒険者になっちまってね」
「おばちゃん、喋り過ぎだよ」
俺はそう言って、ふたつの椀をインベントリから取り出すと、ユマに目で合図を送る。
きょとんとするユマに俺は苛立った。
「町を案内する対価を忘れたのか?」
「あ、そうでした。すみません、その料理ふたり分お願いしていいですか?」
「あいよ、ふたりで20ゴールドだよ」
おばちゃんはユマからお金を受け取って、いつもより多めに椀に入れてくれた。
サービスのつもりだろう。
俺とユマは、近くの噴水(魔道具の動力が壊れているのでただの綺麗なため池になっている)の近くのベンチに座った。木の匙を掬って食べる。
相変わらず、味が薄いな。塩は申し分程度にしか入っていない。
ユマも微妙そうな顔をしていた。
「タイガさんはどうして料理人を辞めたんですか?」
「ずかずかと聞いてくるな。別に料理人として働いていたのは俺のスキルを使うための種銭を稼ぐためだったからな」
「スキル?」
あぁ、そうか。ユマは俺がスキルを使ったところを見たことがなかったのか。
「俺は銭使いスキルの使い手なんだよ」
「銭使いですか……ああ、やっぱり」
やっぱりって、本当に失礼な奴だな。
まぁ、これだけ「金」「金」と言っていれば予想はついたのだろう。
「お金の神というと、ゴルディア様の信者でしょうか? 西の魔の砂漠の中にあるオアシスの国にいらっしゃるという」
「いや、俺が崇めてるのはゼニード神だよ」
「ゼニード神っ!? 本当にいらっしゃるんですか?」
「ああ、俺はゼニード神から直接銭使いのスキルを授けられてな――洗礼も可能だ。お前もゼニード神の信者になるか?」
「私はラピス様を奉ずる修道女ですから」
間髪入れずに断ってきた。まぁ、そうだろうな。
「でも、そうですかゼニード様が……あれ? ゼニード様の信者であるタイガさんが、ゼニードという名前の女の子と一緒にいる。それって――」
ユマは俺の目を見る。
彼女はどうやら気付いたらしい。
「凄い偶然ですね」
「凄い偶然だろ?」
俺はそう言って、インベントリから刻みネギを取り出してすいとんもどきの中に入れて食べはじめた。
このすいとんもどきにはキャベツ等の野菜の固い部分しか入っていない。このネギを少し入れるだけでもかなりうまくなる。
「ユマもネギを入れてやろうか?」
「えっと、いくらですか?」
ユマも俺のことを少しは理解できてきたらしい。
特別サービスとして1ゴールドで分けてやった。
「タイガさん、改宗するつもりはありませんか?」
「悪いが、愛がどうのこうのってのは俺の柄じゃないんでな。俺が欲しいのは金だけだよ」
「タイガさん、お金が全てではありません。愛の他にもお金で買えないものもあります」
「たとえば?」
「信仰心です。お金で信者を増やすことはできても、真の信仰心を芽生えさせることはできませんっ!」
愛の次は信仰心か。
いかにも、愛と平和を重んじるラピス教徒らしい言葉だ。
「逆だ。信仰にも金がいる。お前は知らないかもしれないが、この世界じゃ金がなければ信仰の自由すら得られない」
「そんなことはありません! ラピス教会は門戸を広く開け、身寄りのない子供でも信者として受け入れる体制を取っています」
そんなものは王都や聖教都といった一部の都市だけの話だろうことを、ユマは知らないのだろう。
それに――
「これが今日俺が受けた依頼内容だ。これについてはどう思う?」
***************************
依頼内容:侯爵領主町ユードラまで奴隷商の護衛
日数:二日から三日
報酬:応相談
備考:食事は依頼者から提供。
消耗武器などについては3000ゴールドまで依頼者が負担。
***************************
今日の俺の依頼は、奴隷商の護衛依頼だ。
護衛依頼っていうのは中堅の冒険者が安定した金を稼ぐために好んで受ける。逆にそんな安定した金に興味のない俺は受けたくない仕事でもあった。
ただ、この依頼を持ってきた奴隷商とは顔見知りで、報酬も特別なものが用意されるため、いつも俺が受けている。
「奴隷に信仰の自由が認められていないことくらい、お前だって知ってるだろ?」
「……はい」
奴隷には自由に信仰する権利は与えられていない。それはそうだろう。
たとえば、ラピス教徒を信仰する人間が、同じラピス教徒の人間を奴隷として扱っているなんていう話が世間に広まれば世間体が悪い。他にも、豆を食べることが禁忌とされている教徒があるとすれば、そのものが奴隷になった場合、豆を奴隷に食べさせる家のものはその奴隷を買うことが躊躇われるだろう。そのため、奴隷商は一部の例外を除き、全ての奴隷を全ての神から破門させる。
一部の例外というのは、昨日俺が捕縛したハンのような、戦闘奴隷のことだ。破門させられた奴隷は、神から与えられたスキルを使うことができなくなるから、彼は奴隷になってもタイランの信者であることを許されるだろう。
ユマは俺から手渡された依頼書をじっと見つめ、そして目を閉じた。
さて、どんな反論が来ることやら。




