9話
それから五年。
彼女の説明ならそろそろ1兆ゴールドが貯まっているはずなのだけれども、未だに俺は安い部屋の一室でくすぶっているわけだ。
本当ならもう諦めて別の人生を歩むべきなんだけど。
「ゼニード、お前、俺の分の肉を食べただろ」
「仕方ないじゃろ、妾は育ちざかりなのじゃから」
俺とゼニードの食事のバトルはまだ続いていた。
ユマは愛云々語っていたくせに、俺とゼニードのバトルを全然止める気配がない。
それよりも、「変わった道具で食べるんですね」と俺とゼニードが持っている箸に興味を示すほどだ。俺とゼニードのこのやりとりに愛を感じる余地はないだろうに。
「どこが育つんだ、どこが。この五年間どこも変わってないじゃないか」
「貴様の稼ぎが少ないのが悪い。この甲斐性無しが……ところで、甲斐性無しって、甲斐の梨だと思うと少しうまそうに聞こえんか?」
「甲斐の国が山梨県だから梨の話をするという二重のギャグだとは思うが、つまらんダジャレを言って誤魔化すな」
隣でユマが「カイ? ヤマナシ?」と聞き慣れない言葉について尋ね返していたが、俺たちはがその説明をすることはなかった。
【現在残高:641万2000ゴールド】
目標の1兆ゴールドまで、まだまだ遠い。
※※※
俺の日課は朝の青ネギへの水やりからはじまる。
プランターの青ネギに水をやり、花瓶に入れられた青ネギの水を入れ替える。
「おはよう、カンウ。もうすぐ収穫時期だな。おはよう、チョウヒ。やっぱり小鳥に食べられた痕が成長してもわかっちまうな。おはよう、セキトバ。今日はお前の出番だな」
俺は青ネギたちに声をかけ、花瓶の青ネギ――セキトバを一本抜く。
「――タイガ様はネギに名前を付けて声を掛けられているのですか?」
「起きてたのか、愛ボケ修道女。悪いか? ネギに名前をつけて」
「いいえ、そのようなことはありません。植物に愛を持って接する。素晴らしい考えだと思います」
皮肉ではなく、ユマは嬉しそうに言った。愛ねぇ。別に名前をつけるのは、その方が管理がしやすいから始めただけで、それが愛だなんて俺は思っていない。
だって、食べる目的で作っているのだから。
「愛ボケ修道女、とりあえずゼニードを起こしてくれ」
「あの、タイガ様。その愛ボケ修道女という呼称はやめてくださいませんか? 私のことはユマと呼んでください」
「そして妾のことは神と敬え」
ゼニードがそう言ってベッドから跳ね上がった。俺とユマの会話で起きたのだろう。
「起きたのならとっとと飯食え。今日はネギスープと昨日作ったネギ焼きの残りだ」
「昨日の残りか……のぉ、タイガ。たまには屋台に行って杏子餅でも買ってくれぬか?」
「却下だ。屋台で朝飯は別にいいが、杏子餅はコスパが悪いからな。食べたいのなら自分の小遣いで買え」
「なら小遣いをくれんか?」
「先週やったばかりだろ。それ以上の小遣いが欲しいのなら手伝いをしろ」
俺はそう言ってスープを皿に注ぎ、ゼニードの前に置いた。
そして、ネギ焼きもテーブルに並べる。
「ふふふ、まるで本当の親子みたいですね」
「バカみたいなことを言うな。俺がこんなバカと親子であってたまるか」
「そうじゃ。妾にこのような不出来な子がおったら辛抱ならん」
さっきは自分が子供だ、みたいなことを言っていたくせに。
それに、ゼニードの俺への評価が辛辣すぎる。一目惚れしたとか言っていたのが嘘みたいだ。 彼女にとって、自分の方が親なんだな。
まぁ、実年齢でいえばゼニードのほうが千歳以上年上だから、彼女が正しいのかもしれないが。
しかし、親子になりたくないという意見だけは一致したな。
「……いや、待てよ? 確か小さな子供がいたら扶養義務手当といって税金がすずめの涙ほどだが割引になるんだったよな。いっそのこと本当に親子として登録したほうがいいのかもしれん」
「ダメですよ、タイガ様。行政を騙すような真似は」
「あぁ、そうだな。子持ちの冒険者は冒険者ギルドに児童救済金の支払い義務があるんだった。やっぱり損だ」
十二歳未満の子を持つ親の冒険者は、もしもその冒険者が事故などで死んだ場合、冒険者ギルドが経営する児童養護施設で子供の面倒をみてもらうため、月額100ゴールドの支払い義務が発生する。所謂生命保険みたいなものに近い制度だ。
さて、バカなことを言っているとスープが冷めちまう。電気やガスといったインフラ設備が整っていないこの世界では、スープを温め直すだけでも結構面倒だ。電子レンジというものがないのだから。
俺は少しぬるくなったスープを、匙を使わずに一気に飲み干した。ネギが喉にひっかかる。
「じゃあ、仕事に行ってくる。ゼニード、今夜は帰って来れないから戸締りだけはしっかりしておけよ。飯はいつものようにセリカに頼んでおくから、ちゃんと言うことを聞くんだぞ」
「うむ、しっかり働き、しっかり稼ぎ、しっかり金を使え。頑張ればハグくらいはしてやらんでもないぞ」
「ご褒美がハグとかお前、安すぎるだろ」
「なっ、妾のことを安い女と思うたか。失礼な、妾の貞操はタイガ以外にあげるつもりはないと申したであろうっ!」
「ぶっ!」
ゼニードの発言に、ユマがスープを噴出させた。
「て……貞操って……タイガさん、まさか――」
「こいつの口からの出まかせだ。俺はとっとと仕事に行くからな」
俺はそう言って、階下の冒険者ギルドへ向かった。
うまい飯を食ったついでに、うまい仕事にありつきたいものだ。




