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童話

スピカの春のお話

作者: 千日紅

 すぅちゃんは、お花が大好きな女の子です。


 春になると、チューリップ、れんげ、シロツメクサ、すぅちゃんはお花を集めて歩きます。


 はちさんを小さな手でしっしとやって、ちょうちょさんは頭のリボンの代わりにしてあげて、作ったシロツメクサの冠と、レンゲの花束と、チューリップのブローチをもって、すぅちゃんは今日も、病院に向かいます。


「ママ! みて、きれいなお花でしょ!」


 びょうきやけがの人たちが過ごすおへや――病室といいます――に入ると、すぅちゃんは大きな声で言いました。


「あらあら、すぅちゃん!」


 おへやに置かれたベッドには、すぅちゃんのママが横になっていました。


「病院の廊下は、歩いてね、すぅちゃん、それに静かな声でお話しするのよ」


 すぅちゃんはベッドによじ登り、ママの隣に座ります。


「ママ、おみまいだよ」


 すぅちゃんが作った冠も花束も、ママはとても喜んでくれました。


「でもね、すぅちゃん、お花たちもおひさまのひかりを浴びて、いっしょうけんめい生きているのだから、そんなに取ったらいけないのよ」


 ママはすぐ、すぅちゃんを叱ります。お花も虫も生きているから、大切にしなさい、ごはんをのこしても、食べ物を大切にしなさい、と言います。


「いーんだもん、べっ」


 舌を出したすぅちゃんを、ママは「あら」と言って抱きしめました。


「いたずらんぼのすぅちゃん、ママの大切なすぅちゃん、すぅちゃんもいろんなものが大切にできる、すてきな女の子になって欲しいな」


 すぅちゃんのママは、近ごろ、おいしいごはんを作ってくれることも、いっしょの布団で眠ることもしてくれなくなりましたが、すぅちゃんはずっとママがだいすきです。


「すぅちゃんの す は、すてきのす、すぅちゃんのすは、だいすきのす、ママの大切なたからもの!」


「だいすきのすってへーんなの、だったら、だいちゃんになっちゃう」


「いいの、だって、ママはすぅちゃんがだーいすきなんだもの。すぅちゃんはおひさまのにおいがするね、すぅちゃんのにこにこ顔はとってもきらきらしているね、すぅちゃんのわらいごえ、いつまでもきいていたいな。何回も、何回も、呼びたいな、すぅちゃんって。すぅちゃんは、ママの本当に大切なたからものなんだよ」





 花冷えのある日、すぅちゃんのママは、きゅうに具合がわるくなって、そのまま死んでしまいました。

 病室の、ママのベッドの隣には枯れたシロツメクサの冠が飾ってありました。





 その夜、パパの隣で寝ていたすぅちゃんは、誰かに起こされて目を覚ましました。


「すぅちゃん、すぅちゃん」


 そこには、すぅちゃんのママがいました。パジャマではなくて、ママのお気に入りの花模様の服を着ています。


「ママ!」

「すぅちゃん!」


 ママはすぅちゃんをぎゅっと抱きしめてから、すぅちゃんと手をつなぎました。すると、ふたりの体は宙に浮いて、鳥みたいに飛べるようになりました。


「すぅちゃん、ママと夜のおさんぽに行きましょう」

「うん!」


 すぅちゃんとママは、春の夜空に飛び出しました。


「すぅちゃん、あれがおおぐま座のしっぽよ。それからあれが、アルクトゥールス、その向こうの白い星がスピカ」


 ママが指さす先で、星々が燃え、きらきらとひかっています。

 そして、気がつくと、すぅちゃんもママも星みたいにひかっているのです!


「ママ、どうしてひかっているの?」


 すぅちゃんが聞くと、ママは答えました。


「あら、だってすぅちゃんは、ママと、それからパパの、ふたりの大切なたからものだからよ。すうちゃんがわらうと、ママもパパもとってもあかるくなるの。すうちゃんは、パパとママを照らしてくれる、ひかりなんだよ。だからぴかぴか星みたいにひかるの! すごいでしょう」

「すごーい!」


 すぅちゃんもママもひかりながら、流れ星のように空を飛びました。


「おひさまのひかりも、星のひかりも、いっしょのひかりなんだよ」


 すぅちゃんはびっくりしました。


「じゃあ、おひさまにも、あの星も、だれかの大切なひとがぴかぴか、ひかってるの?」

「そうよ、すぅちゃん。真っ暗い空に星がぴかぴかひかるのは、ひろい宇宙に、だれかの大切なだれかが、たくさんいるからなんだ。もし大切なひとがいなくなっても、それはひかりになっただけ。ひかりになって、うんとお空の遠くまで飛べるようになって、星の旅行に行ったんだよ」


 たくさんおさんぽをして、すぅちゃんとママはパパが眠るおへやにもどってきました。

 パパはいびきをかいて寝ていました。


「パパも、ママとおさんぽしたかったろうな」

「そうね」


 パパのひたいをなでたママをつつむひかりが、どんどん強くなります。

 どんどん強くなって、ひかりのなかにママが見えなくなります。


「ママ! どこに行くの!?」

「すぅちゃんとパパが、ママをたからものにしてくれたから、ママもひかりになれるんだよ。ママはいなくなるけど、ひかりになって、ずぅっとぴかぴか、すぅちゃんを見守っているからね。すぅちゃん、すぅちゃん、すてきなすぅちゃん、だいすきすぅちゃん、やっぱり、何度でもすぅちゃんって、呼びたいな。でも、ママ、ひかりになって、いってくるよ」


 あのスピカのところまで。






 次の年の春がきて、すぅちゃんはひとつおおきくなりました。

 すぅちゃんはやっぱりお花が大好きです。だから、今日もお花を探して歩きます。

 おひさまのひかりが、シロツメクサや、れんげや、チューリップにふりそそいでいます。

 花や草が、風にゆらゆらと揺れています。

 ひかりをあびて咲く花を、すぅちゃんはもう摘もうとは思いません。

 なぜなら、虫も花もすぅちゃんも、みんな同じひかりをあびているということに、すぅちゃんは気づいたのです。

 そのひかりは、あかるく、あたたかく、世界をうつくしく照らし出します。

 花とおなじようにひかりを浴びて、すぅちゃんはこれからもすくすく大きくなることでしょう。


 ひかりは、ひょっとしたら宇宙のとおい向こうからやってきた、だれかの大切なひとたちなのかもしれない、というお話です。

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― 新着の感想 ―
[良い点] あたたかくて優しい文章でした。 [一言] 子供の寝かしつけにたまに童話ジャンルを覗いて良いお話がないかな、と探しているのですが、今夜は素敵なお話を見つけれて嬉しかったです。 音読しながら…
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