嫌な予感がして
ペンを走らせる音だけが響くだけの静かな書斎。
唐突にその音すらも途切れペンを投げ出す音が響き渡った。
「はぁ〜…」
飽きてしまった。
こんな紙切れ、忌々しい、今すぐ破り捨ててやろうか。
本気でそうしようと思ったが、執事が顔を青くしてるのが脳裏をよぎり
書類を握り掛けた手を開いた。
「しっ、失礼します!閣下…!」
「何があった?」
乱雑に開いた扉。
慌てた様子で息を切らしてる最近就任した部下が入ってきた。
俺は特に気にもせずいつもの調子で問い掛ける。
「エレジーア国の、スパイが…」
「スパイが?」
「我が国の地下に逃げ込みまし、た!」
地下、この国の闇が詰めに詰め込まれた場所。
ははぁん、エレジーア国…結構調べられたなぁ。
しょうがない、総統閣下が直々に顔を出してやろうか。
「地下からは出ていないな」
「えぇ、周りは全て包囲しております」
「目撃者は?」
「いえ、こんな深夜ですので誰も居ないかと」
「そうか。まあ良い、行くぞ」
長く暗い先が見えない様な廊下に革靴を響かせながら歩く。
そして俺ぐらいしか分からないかもしれない近道を通ろうか。
本棚が沢山並ぶ一つの部屋。
一つの棚を押すとその後ろに地下へ降りる階段が見えた。
「こんなところ…あったんですね」
「俺の遊び心だ」
こんな血生臭い場所を作っておいて遊び心と称する俺は
狂っている、と自分でも自覚する。
地下へ降りると、ひんやりした空気が頬を撫でた。
横を見ると、こいつは初めて見るのか顔を青くしている。
「誰にも、喋るなよ」
「勿論、です」
まあ、誰にも…喋らせないがな。
そう思いながら薄く微笑み辺りを見渡した。
地下一階は、罪人の入れ場所。
犯罪を犯した者達が此処に居る。
「此処には居ないんだな?」
「はい、恐らく」
周りで罪人が助けを乞っている。
「煩いな」
思わず懐に隠し持っていた銃で罪人の額をぶち抜いた。
だだっ広い地下室に銃を放った音が響き渡った。
「地下、もう一つ降りるか」
「…っは、はい」
階段をもう一階降りる。
此処は…拷問場と焼却炉がある。
血生臭い匂いが鼻を掠めながら少し歩くと丁度、スパイと思わしき者が拷問されていた。
「ありゃ?リト、お前も居たんだ」
「うん、いやあ拷問するって言うから」
ヘラヘラしながらリトは足元に居るスパイを踏みにじった。
不意に、リトの瞳から光が消えた。
「でも中々吐かなくって…」
「へえ…」
軽くしゃがみ込み、スパイを見下ろす。
そして猫撫で声で
「何処までこの国の裏を知った?」
と問いてみる。
スパイは固く口を閉じたまま俺を睨みつけた。
やっぱり多額の報酬を貰ってる奴は口が固いな。
……てかコイツそこそこ顔良くないか?
「しょうがない、コイツが喋らないんなら直接国王に聞こうか」
「ッ…!」
国王、の一言を出すとスパイの表情が揺らいだ。
あれぇ?もしかしてコイツ国王とデキちゃってる?
「お前、国王とどんな関係あるん?」
「ッ、煩い。早く、離せっ…!」
「国王と恋愛関係ですかねぇ?」
そう言うとスパイの瞳が大きく開かれた。
健気だねぇ…。
パチンッと指を鳴らして来た部下に耳打ちする。
「薬盛って可愛がってやれ」
その一言でリトも察したのか薄く黒い笑みを浮かべた。
「嫌な総統だ、肉体を傷つけるだけじゃなく精神までズタボロにする気か」
「何?リトも混ざってくる?」
「やだな、そんな意味で言ったんじゃない」
ケラケラと笑い合いながら地下を上がっていく。
あ、そうだ…大事な事を忘れていた。
「ねえ」
「は、はい?」
さっき一緒に付いてきた新米君。
後ろに居たイカツイ男に顎で指示すると新米君が腕を掴まれ引きずられていく。
この闇を抱えたまま、何も言わず生きていくのは…
彼には難しいだろ。
「本当に、悪魔の様だね」
「悪魔?それは俺にとっちゃ褒め言葉だ」
フッと鼻で笑いながら戻ってくると…
シスターコイシが立って居た。
怖い顔で俺を睨んでいる。
「ああ、お前の言いたい事を当ててやろうか?」
「……」
「『また人を殺した?』だろう?」
「そうだね、で?」
「殺していない」
嘘はついてない。
あのスパイは…まあ恐らく今は快楽に溺れているだろうし…
新米君は、“俺は”殺せとは命令はしてない。
あぁ、嘘は言っていない。
「そう…それなら良いの」
その言葉を純粋に受け取ったコイシは安堵の笑みを浮かべた。
俺は、罪悪感、というものがもう、分からなくなってしまったのか…。
「それにしても、こんな時間にどうしたんだ?」
「なんか、嫌な予感がして…」
「そう、それはご苦労様」
嫌な予感、か。
鼠一匹が地下に潜り込む事は過去にも数回あった。
こんなちっぽけな事で“嫌な予感”?
おかしいな、コイシのこの予感は大体当たる。
幼い頃から神というものを熱心に信じ、信仰しているからだろうか?
「何があるんだろうね」
「さぁ…」
「そういえばニコにリトもお疲れ様。紅茶でも淹れようか?」
「うん、お願い」
「僕はコーヒーが良いなぁ」
「寝れなくなるよ?」
開いた地下室に幼い頃の思い出を馳せながら短く返事をした。
幼い頃は、此処で良く遊んだものだったな。
この時は、それほど地下も血生臭くなかった。
「それにしても今夜は…カラスが煩いねぇ」
「カラス…不穏だね」
二人がそう話しているのを聞きなんとなく窓辺に寄って歩いた。
下で、カラスが数匹赤い液体に濡れながら死んでいた。
意外と、名前に何かしらの意味があったりします。
伏線取り忘れそうで怖いなぁ((