第5話 追憶
時間軸は少し遡ります。
飛空船墜落前からです。
狐っ子視点です。
(…ひさびさにあの世界の『夢』をみた…)
暗がりの中でそんな思考がポツリと浮かぶ。
微振動を繰り返す部屋の中でいつのまにか寝ていたみたいだった。
あの世界の『夢』、
あの綺麗で、美しく、切なく、愛しくて、
何よりも願ってしまう。
もう一度、行きたい。と。
沢山の拘束器具に身を捕えられ、最近では、数えるほどしかない、自由に動ける時間が与えられずにいるこの、
嫌いな番号だけど、
《商品番号906番》である私は、
『夢』を噛み締めながら、叶わぬ願いを、冷たい空間から飛ばす。
「………っぅ、たれか…、誰…か……」
…助けて。
私は物心ついた時から奴隷だった。
奴隷商が始めの持ち主だった様に記憶しているが、小さい私には関係なかった。
奴隷らしく従事するようにする教育、という名の、逆らえば理不尽な暴力が振るわれる脅迫的「躾」をされた。
さらに悪いことに、『夢』の記憶があり、本能に近しいものだったが、不条理なことをされていると感じた私は、
「…いや。」
と言った。
言ってしまった。
私にとっての自分の身の保身や、人としての当然の権利は、彼らの常識の中にはなかった。彼らの認識は、
奴隷なんだから。奴隷のくせに。
商品なんだから、お前は。
というものだった。
幼い子供の私は、その負荷を受け止めることができなかった。
できた事は、奴隷商の言う事に忠実に従う事、
そして、自分を呪う事のみ。
…わたしなの…
身体に傷がつけられるたびに思う。
…いたいってゆってるのに…
(どうして…)
ろくな食料も与えられない。
…おかあさん…おとうさん…助けて…
いるかもわからない親に願う。
(どうして…)
寒い部屋で思う。
助けてっ…だれかっ…
(どうして…)
…『夢』の男の子が助けに来てくれるよね…
(どうして…)
なんで私だけ…?
奴隷仲間は次々と売られていく。
…もう、やだよ…
(どうして…?)
結構私一人になった時には、慣れたのか、こんな事も考えなくなった。
(…そっか………誰も助けてくれないんだ…)
あの男の子も…
そんな時、奴隷商に、
「お前の新しい飼い主が決まった。」
ようやく…?
と思った。
教育初期段階で反抗的な態度だった私は、商品化まで他の子より、躾が長かった。
商品として売りに出されても何故か飼い主が決まらない、欠陥品として扱われていた時だった。
奴隷として主人にしっかりと仕える事ができる能力があるのは奴隷が売れる、大前提なので、奴隷商も教育するのに、少なくない資金が必要だ。
よって売れ残っていると、欠陥品として、安く売られて行き先で最悪死ぬ事もあったり、売れなくなってろくに面倒を見ないばかりか、処分される事もあったようだ。
そう言う訳で、その時既に十一になっていた私にその類の話が舞い込んで来たのは、
偶然か必然か、
今も分からない。
私の新しい飼い主は、王国のチームだった。
そんな所が私に目を付けたのは、私の売れ残った理由、
私の持つ魔力量が目的にあった。
通常、人は一定量以上は魔力を保有している。
何故ならこの世界で生きる上で必ず必要だからだ。
体を動かすために体力がいるのと、ほぼ同じ役割だ。
そこで重要な事を忘れてはいけない。
血液は血液だけでは意味がない。心臓というポンプで押し出され、血管を流れないと役割を果たさない。
同様に魔力も同じだ。
魔力自体にそんなに力はない。
よって魔法には変換して使う。そして魔法を行使するための物が、
『門』
と呼ばれるものだ。
魔力と同様に人は皆保持している。
そして、個人差はあるにしろ、魔力と門の数は比例する。
その理由は用途にあると言われている。
例えば、
「早く走りたい。」
と思った時、人は無意識のうちに魔法を行使しようとする。よって魔法は日常に溶け込んでいる。
そこで問題になるのは、魔力保有量が多い、門の数が多い、といった案件だ。
無論そんなことで、四肢がもげる!等は起こり得ないが、
魔力保有量が多いと、ずっと走れる。とか、門の数が多いと、発動できる魔法が多くて、間違って魔法を行使しちゃいました〜
なんて事がある。
なお、魔法を行使するのに門は最低、
・魔力流入
・魔法構築
・魔法行使
の三門が必要だ。そして全てに魔力を消費する。
このレベルだと例えば
指を曲げる、と同等の性能しか出せないが。
出力を上げる場合はこの三つ、全てに魔力の供給を上げる必要がある。
しかし、ここから腕を曲げる、という動作にはもっとたくさんの門が必要になる。
すると消費する魔力も上がる。
だが、人が普段バタバタ倒れないように、普通はこのくらい気にしない。
だが、体外の、さらにこの世界に、魔法的現象を起こさせることができる。
それが所謂魔法だ。
例に挙げると、
「ふぁいやーぼーる!」
という魔法があるとして、行使するするにあたって、
まず・魔力流入で魔法の基礎を作り、
魔法構築で、
・炎の具現化、
・炎の持続、
・炎の軌道、
・速度、
そして・威力、
最後に・安定、
その後、・発射。
となり、書くだけで八門必要となり、
指一本曲げる、と同じ魔力率でさえ、約二本半の魔力が必要になり、さらに、自分の体以外に魔力を流す分もっと必要になる。
なので魔力保有量が多ければ多いほど、世界からは、優秀、と見られる。
では、少ないから、優秀でないのか?
自分達も同じ人ではないか。
そう言って王国の臣下とそのお抱えの魔法使いを筆頭に魔力の保有量の違いの原因追求が進められていた。
もちろんトレーニングすれば魔力量も門も増える。
ただ、その成長だけでは説明できないものもあった。
その現象の研究するチームが組まれた。
献身的な魔法使いに協力してもらい研究は進められている。そう言う名目だった。
が、実際は、魔力保有量の多い奴隷に魔法実験を行って、データの解析が実態だった。
その奴隷が、私、だった。
私は、奴隷商の話では、かなりの魔力を持っているそうだ。その魔力を恐れて、飼い主が決まらなかった。それが逆に、売れてしまう理由になった。
通常、人を魔法実験の被験者にするのは、良くない事とされている。
が、抜け道はある。
有志で、実験に協力する場合。
そして、権利の無い奴隷が使われる場合。
今回は魔法実験なので、魔法使いが初めに検討された。
しかし、自分の強みを自分から無くすような事をする馬鹿は、ことに魔法使い達には、いない。
そこで奴隷、となった訳で、
私に白羽の矢が立ったのだ。
その研究所の扱いは、奴隷商にいた時よりも酷かった。
そこの人の認識は、自分達は正しい行いをしていると考えていたし、私は、権利の無い奴隷でさえもなく、唯の実験動物だった。
(…どう…シテ……?)
その頃からだった。
魔力の流れがおかしくなり、大量に漏れ始めたのは。
研究者達は私に新しく枷を加えた。魔力の漏れを抑える為に。
(……ナンデ…)
そこからおおよそ五年、私は耐えた方だと思う。
奴隷商にいた時から希望を捨てさせられ、
研究所では、外にさえ出してもらえず、
そして死ぬ事も、相手の事情で許されない。
私のぼろぼろの精神は、誰にも癒してくれず、
たった一つの支えの、
あの愛しい世界の『夢』さえ、見なくなるほど、
私は
壊れていった。
(もうどうにでもなれ)
と。
私の魔力が暴走した、
私が私の門をも食い破りながら。
研究所は一撃で吹き飛び、私は倒れた。
研究者達が施した枷が機能したままだった。
奴隷とはいえ非道な実験を行っていた臣下は失脚、研究者は職を失う。
私は危険物として王国の軍の管理下に置かれた。
枷のお陰で、崩壊しかけていた門は、そこで止まり、安定した。
周りに危害を加える事はなかったが、危険物として、研究所近くの軍の施設に収容された為、最早日の目も見ることさえできなくなった。
しかし、人の欲とは凄い物で、一年後今度は私を、軍事利用するため、新たな軍専有研究所に運ばれる、そこで、英雄クラスの兵士、もしくは、兵器にするようだった。
安全面の保障は、魔力の漏れが、予想範囲内だから、との事。
そうして、拘束され枷を嵌められたまま、飛空船に乗せられ、運ばれる。
この話は後で聞いたけど、この時は、既に
私が私でなかったかもしれない。
だからだろうか…
あの『夢』を見たのは。
それだけ思い、また、意識を手放す。
それは突然起こった。
飛空船全体が大きく激しく揺れる衝撃に見舞われた。
直後から落下感が襲う。
それでも、私は危機感を持たなかった。
部屋の外からは、慌ただしさをあらわにして、
「 ……きッ!襲撃ッ!」「しゅっ、襲撃だと!?なぜっ!?」「被害はっ!?」「秘密護送中だぞッ!こんな時に?」「立て直りませんッ!高度六六〇っ!!」「落ちる?!」「早すぎるっ」「プランΖはどうしたっ!!」……
落ちている。
かなりの速度で。
落ちたら助からない…
この部屋は頑丈そうだけど…
多分たすからない……
外とは違い、私は落ち着いてる…
どうしてって?
それは、、、だって、、、
…ようやく終わるんだから。
雲を突き破る音が船内を叩く。
もうすぐ地面だ。
…ようやく……
…最後にかみさま、助けていただいたのですね…
…今度は…
…今度生まれるのは…
あの『夢』の世界で…
そうして
私は飛空船ごと、
空から落ちた。
…
……
意識が微かにあった。
優しく包むような、
私を癒すような、
そんな優しい気分に包まれた。
ことにあの『夢』の世界のように。
(あの世界に行けて良かった…)
そうやって全てを投げ出し、
無限の落下を感じながら、、、
商品番号906番は、、、
この世を去った。
…
ーあったかい…ー
意識があった。
(…?)
意識がある?
(…私…死んだ…はず…)
ーまぶしい…ー
ゆっくり瞼を持ち上げる。
が、右眼は眼帯で塞がっている。
左眼で見る。知らない、知っている数が少ないので見間違いじゃない、知らない天井。
光は右側から差していた。
ーかるい…ー
体をゆっくり起こす。
右側の窓は開け放たれていた。
ベットの上で座る。
ひさびさに見る太陽は、
視界いっぱいに、
放射状に光を、とても、
強く、放っていた、
夕暮れの空にあった。
眩しさと、
決してそれだけでないもののせいで、涙が滲み出てくる。
背後で音がする。
少し慌てて振り向く、
その時間がやけに長い…
…いや、これは…あの『夢』…?
…後ろから呼ばれた気がした。振り返ると、美しい風景に、ひとりの男の子がいる。その子は私と目が合うと、満面の笑みを浮かべる。…
あの『夢』と同じ…、
振り向くと、
そこには、夕日を浴びて、ほんのちょっとだけ眩しそうにしている少年がいた。
それが私と、ある少年との出会いだった。
今話もお読みいただきありがとうございます。