第10話 目覚め 2
今話もお読みいただきありがとうございます。
「……っあ…えっと……ごめんなさい。」
文字通り寝起きのままならない瞳でこちらの様子を見ている彼女は、何とか捻り出したかのように言葉を発した。
「…いや…大丈夫です…」
同じく言葉を捻り出した事は良いのだが、どちらも頭の中の言語を司る部分が正常に作動していない状態で会話が果たして成り立つだろうか。否、だんまりを決め込むだろう。
…誰か助けて…
さっきから二人の配置変わらない。
小さい点を頭の上に連続で出現させるだけに止まっている。
……うーん、どうしようかな………
元々職業柄同年代の女性と話すことが少ない。仕事の同僚、依頼主、運び屋仲間も男ばかりで、例外でギルドの受付嬢の人とは話すが、基本的に年上で、年が近い部類に入るのがアンネさんだったりする。
こう言った理由で女の子に対する免疫があまり無い。悲しかな悲しかな。
が、そうも言ってはいられないので話しかけないといけない…
くぅ〜…
可愛らしい音が部屋に響いた。鳴り止むと同時に少女の顔も見る見るうちに赤くなる。
そっか、僕の知る限り彼女は丸一日半何も食べていない。目覚めて腹の虫がお知らせにくるのも頷ける。事前に準備をしていて正解だったようだ。
これ幸いと言葉を発する。
「ちょっと待ってて下さい。」
そう断って宿の共用台所に行く。残念ながらこの宿には共用台所しかなく、厨房と言われるものがない安宿だ。ご飯は、外で食べるか、自分でこの共用台所で作るか、どちらかになる。
その調理台の上には小さめの鍋が乗っている。良かった、取られていなくて。起きてくる時間を予想して作っておいたお粥が頃合いのようだ。取手に布を巻き右手に持ち、左手で水筒を掴んで部屋に持っていく。
「はい、これ、食べて下さい。」
「えっ…良いですか?」
問いに頷く。そもそもこのお粥は七分粥と言って病院食だ。普通のお粥が、米1に対し、大体水が5だ。七分粥は米1に対し、水が7と分量が多い。よって流動性が増し、消化機能が低下している人でも食べることができる。
が、彼女は怪我をしているので、少しでも多くの栄養がいる。
そこで溶き卵と[バイズ豆]の若葉の刻んだものを入れて、必要なエネルギーを補給することにした。消化不全でもしっかり栄養が取れるはずだ。
[バイズ豆]とは、この宿場町周辺に広がる穀倉地帯で主に生産される豆の一種だ。品種改良と加工技術が進歩して、さまざまな料理に使われる。にがりを入れ固形化させたり、菌を繁殖させネバネバ健康食にしたり、調味料にしたり、葉っぱが食べれるのでサラダにしたりと食材として優秀な豆だ。
巷では畑の肉、と言われるまでの栄養価だ。
ノーン曰く、早めの収穫で取ったものを茹でて、塩をまぶすと、酒に合うらしい。さやを床に落として、アンネにすごい怒られた、と言っていた。
この特製粥で元気になってもらいたいところだけど…
「あの…食欲なかったり口に合わなかったら、無理しなくていいんで。」
「…いえ…でしたらいただきます。」
まず水から飲んでもらって、飲んでいる時に器に移そうかな。鍋から取り出したばかりだと熱いから少し冷ました方が良いと思う。そう思い水筒を渡そうとする。彼女も受け取ろうした。しかし
「っつ〜」
寝ぼけまなこで自覚していなかった痛みが、今になってから出てきたようだ。起こしていた体を痙攣したように震わせる彼女を支える。
「大丈夫です、ゆっくりで大丈夫です。」
「はぁはぁ、すみません…」
言い聞かせるように一度横になってもらう。そして予備の布団やら毛布やらでクッションにして彼女の背中とベットの間に挟んで、再び起き上がれるようになる。
最近ではこう言った病院事情を解決した起き上がり機能のあるベットがあるんだとか。便利だな。
でもそれが必要なほど彼女の怪我は広範囲にわたる。骨折や内臓損傷は見つからなかったが、それだけでも免れたのが奇跡だ。火傷なんかは軽度のものだが全身いたる所にある。
今はゆっくり体を動かすのが精一杯だろう。火傷と傷を覆った包帯は顔の右側を隈なく隠している。片目が見えないとより、食べづらそうだ。
早急の怪我の回復が必要だ、と思いながら彼女が水筒で水を飲むのを手伝ってからお粥の皿を彼女の手元に持っていく。
前途は多難だ…
ゆっくり、とてもゆっくりとお粥を食べる彼女を見ながら、僕は切実にそう思った。
しっかり小鍋一個分を食べた彼女は、少し元気が回復した様で、今は痛み止めの薬を飲んでいる。
さてと、状況を把握しないと。
「ごめん、ちょっといいかな。」
「はっ、はい。」
「自分の置かれた状況をどこまで覚えているか教えてほしい。」
「…わかりました。」
彼女は飛行船に乗せられた所から墜落の数瞬前までの事を教えてくれた。同時に魔力暴走時の記憶もない事も物語っている。
魔力暴走の進行は察するに、暴走の激痛が走るだろう。そして暫くしたのち意識を手放すことになる。早期の対応であれば深刻化する前に引き戻す事も可能だ。が、本人が意識を失うほど門の崩壊が進むとほとんど打つ手がなくなってしまう。
彼女を助けられたのも、もって後数秒といった所だったということになる。
いやはや本当に危なかった……いや、
そう、彼女はその状態までいったという、この事実だけでも相当厄介だ。門の回復は極端に遅い。その上確実に治る保証は何処にもない。特別な治療がいるだろうと思う。
回復を待つのも手だが、もしもまた彼女が魔力暴走を起こしてしまったら、いや、
いつ僕の魔法が消えるか、どちらかの可能性がある限り彼女に安全が訪れる事は無い。ならばやる事は自ずと決まってくる。
彼女を救う。
幸運なことに実行するにあたる下地はまるで問題無い。
後は…彼女の了承か。
故に、
「君は…助かるかな…?この状況から脱却できたら」
僕はこう問うた。
彼女を助けたい。
これは完全に僕のエゴなのだから。
彼女はすぐには僕の言った事を判断出来ないようだった。
が、少し悩んだ後、
「はい………あそこには…戻りたくない。」
こう答えてくれた時は、安堵や安心といった、奇妙な感覚になった。これでやる事が明確になったのだ。当たり障りの無い事かもしれないが、僕には、少々場違いに思えてきた。
この感覚の原因は、分からない。けどきっと分かる時が来るかもしれない。その時を待つことにしよう。
今は、今するべき行動をする。それだけだ。
「よしっ!じゃあ助けますか!」
「はっ、はい!お願いします。」
励ます為と、彼女に了承を得易い様にと、はっきりと発声する。
彼女はその様子に少し気圧された様だったが賛同してくれた。
彼女はその後程なくして、目覚めた時より幾分か安心した様に眠りについた。
だけれども、彼女自身は安定しているとは言い難い。門をほぼ潰した状態は極めて危険だ。身体にも支障が出て来るかもしれない。この状態だって僕が制御してやっとの状態、それもいつまで続くかわからない。
少しでもやれる事をやろう。とりあえず、痛がっていたから、痛覚に対する反射で………
そうして少年も遅れて眠りについた。
目覚めと言いつつヒロインは寝ぼけ眼ですぐ寝てしまう…