到着
目の前には五階建てのビルが建ってた。
看板には『伏姫総合警備保障』と書かれてある。
駐車場に車を止め、階段を上がって事務所に入った。
結局全てのことが終って事務所に着いたのは日付を大きく回って月が天高く上っていた頃だった。不死者に肉体的疲労は存在しないが、精神的に疲れることはある。今がそのときだった。
「あー疲れた」
社長は事務所に入るなりソファーに大きく寝転んだ。
「行儀悪いですよー」
先輩も装備を降ろし、いすにドカリと座り込んだ。
月明かりと外灯がが部屋を明るく照らし出す。
月明かりに照らされた壁に掛かっていた日めくりカレンダーが目に付いた。
3512年1月20日。日付が変わったから21日か。
もしかして、時間の流れは一緒なのだろうか。
俺の世界で竜が攻め込んできたのが3510年。俺はあれから二年戦い続けていたのか。
「世界の時間の流れって一緒なのか?」
「それは一分が60秒かどうか?ってことでいいか?」
「それでいいです」
「同じだ。何処で即席ラーメンを作ろうが三分かかる。一分がいきなり64秒になったりはしない。だからまぁ、概ね時間の流れは一緒だ」
じゃあ、俺は二年近く戦い続けていたのか。
右も左も敵だらけ。減っていく非戦闘民。
長い二年間だった。
社長はそんな俺の顔を見てまた、ニヤニヤと笑っていた。
「今日はどうだった?」
弾丸を取り出し宙に浮かべてクルクルとまわしながら社長は聞いてきた。
今日はどうだった、か。
ピンチではなかったと思う。
”向こう側”に見えた大量の豚鬼達に戦慄したがその穴も塞がった。
少ない兵力でよく戦ったと思う。
「今回はたまたま多くの魔術師が出払っていて起こった事件らしい」
社長の言葉に俺は頷く。
確かに兵力が少なすぎたし、街から出払っていたのなら納得だ。
ロッカ先輩が静かだ。
見れば椅子に座ったまま寝ていた。
風邪をひかないか心配だ。社長が俺に毛布を投げてよこした。
毛布を先輩にかけて椅子に座りなおす。
「今日お前に渡した苦無を出せ」
「ん」
社長に渡すと一つの珠を刃の根元の部分にはめ込んだ。
「お前は電磁系の術式、雷の魔法を使うからソレを補う宝珠が必要だ」
黄色カ輝く珠が月明かりを反射して怪しく輝く。
「東亜電力の作った傑作宝珠【東亜5-10式雷撃宝珠】だ。より強固な術式の暗号化により術式の隠蔽率が上がった。術式陣がほとんど見えなくなる優れものだ」
「術式陣が見えないといいことなんかあるのか?」
雷がでるのは一瞬だ。
術式陣が見えたところで避けれないと思う。
「ばぁか、何するのかわからないってのはそれだけで脅威なんだよ。よく覚えておけ」
社長は立ち上がり、ロッカに近づいた。
額にかかった髪をどかし、服をまさぐる。
服に入っていた弾丸やソレをいれるマガジンなどすべてを机の上におく。
「いいか?攻性魔術師には三種類いる。まずは定命者。その次は不老者、そして最後に不死者だ。」
指を三本立てて一つずつ指を刺し示していく。
「定命者と不老者、これらは簡単だ。歳をとらない不老者と歳をとる定命者だな。不死者に憧れてどうにかその不死性に近づきたくて生まれたのが不老者だ。不死者のまねをできたのは歳をとらなくなる所だけだから、外的要因で普通に死ぬ。不死者のような無限の魔力もなければ、再生能力もない。不死者の固有能力である魔法も扱えない」
三本に立てた指をグリグリと先輩の額に押し付けながら社長は続ける。
「普通の人間と不死者は無限の魔力なんか持っていないために魔弾による補助が必要だ」
机に置いた弾丸をつまみ机の上に立てていく。
「弾に入っているのは加工された魔力、『エーテル』だ。エーテルの濃度で撃てる魔術の威力、もしくは規模が変わる。エーテルの濃度が高ければいいという話ではないから注意しろ。ちなみにエーテルは化石燃料の代わりに扱われているから売ると金になるぞ」
「それはどこで手に入るんです?魔族の討伐?」
「エーテルはな、魔力を加工すれば手に入る。さて、問題です。無限の魔力を持つ存在といえばなんでしょう?」
無限の魔力持つ存在ね。
「俺たち、不死者か」
「正解。電池にされないように気をつけろよ」
「話の続きをしよう。エーテルの扱いだが特別な容器が必要だ。濃度が高いと水が蒸発していくようにだんだんと魔力が抜けていって薄くなってしまう。ソレを防ぐための容器は階級が上がるごとにドンドン値段がつりあがっていく」
机の上に立てられた弾を並べ替えていく。
「左から順に7級6級5級、だんだんと大きくなって最後に1級だ。一級にもなると核融合とかプラズマカッターとか起こせるようになる。普通の人類でもな。」
社長が一級弾丸を指ではじくと澄んだ金属音が部屋に響いた。
「弾丸と同じように攻性魔術師には階級がある。これも七級から順に上がっていき最後に一級だ。7、6級が下位魔術師5、4が中位、3、2が高位魔術師だ」
「一級は?」
「二級までは試験でいけるんだが一級に試験は存在しないんだ。判定者がある日突然やってきて一級に任命される」
「突然やってくるんですか」
「あぁ、突然やってくるというか、やってきた」
社長は一級魔術師なのか。
判定理由が気になるが、たぶん社長は知らないのだろう。
「三級までは努力で上がれる。精進しろよ若者よ」
「まずは三級まで上がるか。試験はどうやって受けれる?」
「んー私は試験なんか受けてないからロッカに聞いたほうがいいな」
社長が爆睡しているロッカの角に磨き油を塗り磨き上げていく。
すぐにきらきらと光を反射し煌く角になった。
「今はこのとおり寝てるから明日聞きな。私は眠らないがお前はどうする?」
「もう少しこの世界のことを教えてくれ」
「わかった。少し待ってろ。茶を入れてくる」
棚から二つ陶器のコップをだし水を入れる。
「お湯作るのめんどくせえな」
腰にさしてある脇差を抜き切っ先をコップに向ける。
一瞬刃が光った瞬間コップの水がすべて煙となって中に溶けて消えた。
「あーしまったやりすぎた」
社長はあきらめたのかヤカンに水を注ぎ火にかける。
「スマン。ちょっと時間がかかりそうだ」
「いや、いいですよ別に」
「前は成功したんだよ」
本当かどうか疑わしいかここは頷いておく。
同じことを人体でやられたらたまったものじゃないからな。
自分の体の水分が瞬間沸騰して蒸発するなど考えただけでも恐ろしい。
「前の世界、俺の故郷では不死者と呼ばれるような人は俺一人でした。この世界にはそういった存在が数多く存在するのでしょうか?」
「結構いるな。数は数えたこと無いがこの街にもそれなりの数がいるはずだ」
この世界では俺は一人ぼっちじゃないのか。
安心した。
人間は弱い。弱いからすぐに死んでしまう。
そんな人間を一人で守ってきたがもうやらなくていいんだと思うと心がスッと軽くなった。
俺は一人じゃない。
それだけでもここに来た価値は十分あったと思った。
ヤカンからかん高い音が鳴る。
どうやらお湯ができたようだ。
社長がソファから立ち上がりお湯を注ぐ。
「ほれ、できたぞ」
「ありがとう」
「次の質問は?」
「今は、特に。これから疑問に思ったことは聞いていきます」
「そっか」
こうして俺の初めての世界の夜は更けていった。
3512/01/21