豚鬼、犬鬼、子鬼
二台の車が豚鬼の群れの中を突っ切っていく。
社長が車から身を乗り出し太刀を振りかざして魔術を行使する。
「【我が道を行く】!」
発動した術式の効果はすぐに分かった。
車が空中を走りだしたのだ。
「【わが道を行く】は足場を生み出す術式です。単純ですがこういう場だととてもすばらしい効果を発揮しますね」
先輩がハンドルを握りながら言った。
「もうすぐニュートキョーです。それまで頑張りましょう!」
負傷者を元気付けながら道を行く。
宙を走り続けて二時間弱。大地を走る豚鬼と犬鬼の数が減ってきたときにその街は見えた。
しかし、街が見えたというのに先輩の顔が暗い。
「どうかしたのか?」
「正面に装甲車が並んでる」
見れば街の入り口を塞ぐように装甲車が止められていた。
横付けされた大きな車体は道路を完全に塞いでしまっていた。
装甲車の銃座には人が立ち警戒していることが伺える。
「通してもらいたいんだが!」
社長が声を張り上げた。
呼ぶ声に反応して二人、兵士が近寄ってきた。
その手には魔剣が握られていてピリピリとしている。
兵士は大声で現状を知らせた。
「現在、豚鬼、犬鬼、子鬼三種族合同による武装蜂起が起こっている。防御のため装甲車を動かすことはできない。車は脇にどかして徒歩で入ってくれ」
兵士は事態が逼迫していることを告げた。
かなり緊張しているのが見て取れる。
設置された柵の上から狙撃銃を構えている兵士が叫んだ。
「来たぞ!」
悪鬼たちが地平線の向こうから現れた。
緑の肌を持ち小さな角を額から生やした子鬼。その手には粗悪な魔武器が握られていた。
犬のような顔を持った犬鬼が咆哮をあげる。手には魔槍が握られていた。
豚鬼たちが一番奥に控えている。中心には豚面の兜をかぶった悪鬼がいた。その手には新品同然の輝きを放つ魔斧槍が握られていた。斧槍に巻かれた赤い布が風にはためいていた。
斧槍を掲げた悪鬼が叫ぶ。
「ブモオオオオオオオオオオオオオ!」
叫びにあわせて子鬼たちが武器を上げる。
掲げられた武器に術式陣が展開されチカチカと光を出した。
飛来してきたのは金属の矢だった。
風を切る音が耳を貫き耳小骨を揺らす。
大量に生み出された矢が雨のように降り注ぐ。
それを見て兵士が叫んだ。
「総員屋根のある場所、もしくは装甲車の中に退避!」
ロッカ先輩が急いで社長の近くに走っていく。
「ミチヒデ、何してるの!?はやく社長の近くに来て!」
その言葉を聞いて急いで社長の近く向かってに走った。
社長が手を広げ、掲げると空中に白い輝きを放つ壁が出現。矢から身を守る盾を生み出した。
先輩と俺はできるだけ社長の近くに寄って矢から身を守る。
社長の身長って意外と小さいな…
その小さな体からは想像がつかないほどの力強い魔力を感じる。
不釣合いに大きな刀もよく見ればかなり使い込まれていた。
社長の姿かたちを観察していると唐突に社長が俺に声をかけてきた。
「ミチヒデ、降り注いでいる矢の材質は金属だ。お前の磁力で反らせないか?」
「魔武器があればいけます」
「渡した長苦無でやってみろ」
「やってみます」
「私はこれから攻撃を行う。ロッカ、お前はここから魔術狙撃で旗持ちを狙え。ミチヒデ、お前はロッカを守りつつ攻撃できるときは攻撃しろ」
「了解」
「わかった」
社長が風のように戦場を駆けていく。まるで重さなど無いように空中を翔け、豚鬼の群れに突っ込んでいく。
「ガアッ!」
強く瞳が輝いた瞬間、社長の周りにいた鬼達は”蒸発”した。
きれいな円球状にあいた空間の中心に社長は立っていた。
何が起こったのか理解できていない子鬼たちはギャアギャアと鳴き手斧を投げて威嚇する。
手斧を避けようともせず無造作に太刀を振る。
社長の攻撃に見とれている場合じゃない。俺も攻撃をおこなわなければ。
地面に突き刺さっている矢を引き抜き、残った砂鉄で砲身をつくり矢を電磁加速高速射出。
音を置き去りにした矢が子鬼の頭を貫きその後ろ子鬼の頭にも穴を開けた。
「焼け石に水だな。数が多すぎる」
俺のつぶやきを聞いたのか兵士が大声を張り上げる。
「15分耐えてください!戦闘機による爆撃が開始されます!」
「聞いた?がんばるよミチヒデ君!」
「社長にも伝えなくていいんですか?」
「仮に爆撃が直撃してもあの人は傷一つつかないだろうから気にしなくていいよ!」
「えぇ…」
確かに超接近戦を仕掛けているのに社長は傷一つついていなかった。
服も破けていない。
「あはははははははは!」
社長は楽しそうに暴れている。
子鬼達、混成集団も社長から逃げはじめた。
逃げる子鬼。
追いかけてしとめる社長。
狩るものと狩られるものの図がそこにあった。
群れを離れた子鬼がいればそいつらを俺とロッカ先輩が狙撃する。
近づいてくる犬鬼には兵士たちの投槍術式が炸裂し、死体を大地に縫いとめた。
一番奥の豚鬼達は現状を図りかねているのか微動だにしない。
「ブモオオオオオオオオオオオ!ブモッブモオオ!」
悪鬼の群れは再び矢の雨を発射した。
社長は構わず近接戦闘を続ける。
「先輩!近くへ来てください!」
「今行く!」
先輩が走って跳んでスライディングして俺の元へとやってくる。
磁力で鉄矢を反らし数の暴力から身を守る。
五秒。
振り続けた矢の雨にも終わりがやってきた。
その間に先輩は懐から弾薬を取り出し、細剣と短剣に装填していく。
「何してるんですか?」
俺の疑問の声に先輩は困ったように笑いながら言った。
「私は不死者じゃないからね。魔弾を使わないと強力な魔術を使えないのよ」
「銃を撃つのには弾が必要なように魔術を使うのにも魔弾が必要ってことか?」
「そういうこと。稀に魔弾を使わなくても強力な魔術を行使できる定命者もいるんだけどねえ」
弾を詰め終わりシリンダーを回転させて具合を確かめる。
調子が良かったのか先輩は頷いて細剣を突き出し術式を展開。
熱線が剣先から投射され子鬼達の首を焼き切っていく。
俺も防御を解き戦線に加わる。
やることはさっきと同じだ。
足元に突き刺さった矢を回収し、撃ち出す。
社長は相変わらず楽しそうに暴れている。
だが、社長が暴れていても増援がひっきりなしに現れ効果が薄い。
どうにかしなくては。
どうする?
元を断つにはどうするればいい?
考えながらも矢を撃ち出す。
「きりがないねえ。魔弾が足りないよ」
先輩がつぶやきながら後方に下がっていった。
どうやら弾が切れたようだ。
「ミチヒデ君!君がやりたいようにやるといいよ!」
そう言葉を残し兵士の隊列の間を抜けていく。
やりたいようにやる。か…
帰る場所予定地が消え去るのは困る。
非常に困る。
だから、まずは目の前の敵を滅ぼす。
「元を断つ」
重層領域に乗り込み撃滅する。
奴等が攻め込んでいるところを逆に攻めてしまえばいい。
誰も文句は言うまい。
思い立ったらすぐ行動。
まずは前線で戦っている社長に意志を伝えよう。