入社試験
はじめに見えたのは割れた空間の欠片と流れる雲だった。
俺は空を落ちていた。
呼吸をしようとすると凍てついた空気が肺を満たした。
眼下には寂れた街が広がっている。
ひび割れたアスファルトの道路の脇に捨てられた廃車。
ガラスが砕け散り、表面の塗装がはがれている。
地面がだんだんと近づいてくる。
「このままだと体がぐちゃってなっちゃうな」
そう思った瞬間、白く輝く壁が目の前に出現した。
白い壁に激突するとすぐに壁は砕け散りまた新たに壁が出現した。
何枚も、何枚も、何枚も。
ガラスが割れたような音が空に響く。
壁にぶつかり割っていくたび落ちる勢いが削がれていく。割れた欠片が後方へ流れて行き、頬に当たる風の勢いが弱くなっていくのを感じた。
何枚も展開された壁の向こうに人が見える。
大きな道路の真ん中、髪の短い女だ。その手には白い輝きが宿っていた。
後ろに背の高い女を従えてる。
『着地予測。おおよそ20秒』
耳につけたイヤフォンから電子合成された声が着地までの予測を伝えた。
予測に従い着地姿勢をとる。
「あと30秒ぐらい欲しかったな」
『残念ながら現実は変えられません。あと5秒です』
電子妖精の無慈悲な通達に俺の筋肉は緊張する。
『5』――壁を出現させていると思われる女と目が会う
『4』――女は笑って手を振る
『3』――ひび割れたアスファルトの上にペンキで×印が書かれているのが見える
『2』――まさかそこに突っ込めと?
『1』「まって、勢い強くない!?」
地面に着地、勢いを殺すため前方に転がった。
広いアスファルトの地面の上をごろごろと何回も転がる。
転がった先に、待ち構えるように先ほどの二人の女が立っていた。
勢いを殺してくれた壁もこの女の仕業だろう。
助かったのだからまずは礼をいうか。
「その、壁を出してくれてありがとう」
『もっと言い方があるんじゃないですかね?』
電子妖精の突っ込みを流しつつ正面を向き顔を確認した。
女はニヤニヤと笑い俺に近づいてくる。
「いや~助かってよかったねぇ。君は異世界人って事でOK?あたってる?」
「あってる。さっき滅んだところだから帰る家どころか帰る世界が無いんだ」
「あらら。じゃあ職業とか寝る場所が欲しい?」
「なんだ?用意してくれるのか?」
「まぁ、君がそれなりに使えるならめんどう見てやってもいいけどねぇ」
「社長!」
ここで後ろに控えていた女が声を上げた。
女の額には二本の角が生えている。
「何だ?」
「敵です」
指差した先上空に何かいた。
俺が落ちてきたところと同じラインを通って巨大な物体が落ちてくる。
それは一本の巨大な槍のようにも見えた。
槍は勢いよく大地に突き刺さり、小さなクレーターを作り上げた。
槍のようなものは太い丸太を何本も束ねたような足で立ち上がり吠えた。
「地竜か」
『蛇竜ですね』
体長25m250歳級の竜が目の前に現れた。
ワニを巨大化させたような体躯、太い腕の先に鋭い五本の爪。槍のように鋭くとがった尻尾。
殺意に満ち溢れた絶対零度の瞳。
周りの気温がさらに下がったような気がした。
背の低い方の女が手を叩く。
「新人採用試験だ。その竜を倒したら寝床と職を提供しよう。お前の力を見せてくれ」
「わかりました。やりましょう!」
寝床と職業が約束されるってのは右も左もわからない世界だと心強い支えになるはずだ。
とりあえず目の前の竜を倒して職業ゲットだ。
「竜族は見つけ次第殺せってな」
体にまとった外套が砂のように崩れ俺と竜の周囲を包み込んだ。
「砂鉄か」
竜がつぶやく。
しゃらしゃらと鱗を鳴らし威嚇してくる。
これが俺の戦いかただ。
磁力で砂鉄を動かしぶん殴る。
たいていの生物は巨大質量で殴ると死ぬ。
それは竜も同じだ。
使う術式は『電磁砂鉄豪腕』『電磁砂鉄豪脚』だ。
砂鉄で巨大な腕や脚を作り出し、殴る。
わかりやすい物理系術式だ。
砂鉄を展開し終わった。
これより殺竜を開始する。
俺の寝床と給料のために死んでくれ。
右手を勢いよく振り上げ落とす。
砂鉄が巨大な拳となって竜の頭を殴りつけた。
「ぐぬッ」
竜は抵抗するが砂鉄の質量がそれを許さない。
竜の口に術式が構築され光が漏れる。
竜の魔術である竜の吐息が炸裂しようとしていた。
「おらあッ」
砂鉄で作った脚で竜のあごを蹴り上げる。
しかし間に合わない。術式が構築されてしまった。
急いで砂鉄を集め防御殻を構築する。
間に合えッ。
「―――」
火炎でできた蛇が空間を舐める。
赤熱し地面が陽炎を、膨張した空気が風を生み出した。
熱い。
が、死ぬほどじゃない。
まだ、戦える。
「その程度か竜よ!ちゃっちいブレスだな!」
溶けて固まりになった砂鉄を弾丸の形に形成して放つ。
しかし竜の鱗は硬く、弾丸を通さない。
「かゆいなぁ、人間!」
丸太のような足が動き転がっていた廃車を踏み砕いた。
尻尾が振られ、正確な槍のように動き俺の肩を打ち抜く。
「グ、が」
左肩から燃えるような痛みが脳に伝えられる。
だがそれもすぐに途絶えた。
肩の傷がうごめきすぐにふさがっていく。
「痛い、が、死ぬほどじゃあないな!」
獰猛な光りを宿した瞳が俺を見下ろし、長いからだをたわめ地を這う動きで俺に近づいてきた。
「治癒能力か…やっかいなものだ」
吐き出される吐息には灼熱より蒸気となった白い煙が混じる。
再び口に術式光が灯る。
「それはもう見たぞ!」
先ほどよりも距離は近い。
もう一度【電磁砂鉄豪腕】を起動。
魔力が意識に導かれ磁力となって砂鉄を操る。
巨大な二本の腕が竜の口を塞ぎ吐息を吐くのを阻止する。
「ぐぐぐ」
「これならブレスを吐くことは出来ないだろ?」
隙間から漏れ出てくる熱が熱い。
しかし拘束は緩めない。
竜も必死に抵抗する。
五本の爪を大地に突き立て暴れた。
だがそれは無駄な抵抗だった。
ゆっくりと、腕に力を込める。
竜の頭がみしみしと軋みはじめた。
「ま、待て!」
「待たない」
竜は必死に暴れるが、それは無駄な抵抗だった。
ゆっくりと確実に閉められついに両手は硬く閉じられた。