地獄の業火2
灼熱の熱風が頬を撫でた。
目の前では白く輝く炎が渦巻いている。
渦巻いた炎が高く天井を舐め、線路のレールを赤々と熱した。
目の前の男の視線は鋭い。
先ほどのは慢心していたのだろう。
今、この男には油断というものを感じられなかった。
男が手を大きく振りかざす。
すると男を中心に渦巻いていた炎の形が変わっていった。
一つの大きな円環に形が変わっていく。
その熱は凄まじく、遠く離れていた俺にも伝わってきた。
俺もただソレを見ているだけで終わらない。
右手に雷を握りしめ、
さらに魔力を注ぎ込む。
再生しない左腕にまわしている魔力も注ぎ込んだ。
そのせいで砂鉄で形作られていた左腕が崩れ落ちていった。
「お前、名はなんて言う?」
炎の冠をその手に掲げながら男は聞いてきた。
名前?なんで今聞く必要がある?
何を考えている?
時間稼ぎか。
ならそれに付き合う必要はなし。
無視して行こう。
「おい!何だよ無視かよ。都会はこれだから…」
別に俺は都会育ちじゃないが。
言ってもいいか。
どうせ死ぬ相手だ。
最後のお願いになるかもしれないし。
「ミチヒデだ。スガワラ・ミチヒデ」
「おぉ、そうか!俺はヤスタカ!ヤマミチ・ヤスタカだ。」
ヤスタカと、暑苦しい男はそう名乗った。
こいつの最後の話し相手になるかもしれない。受け答えぐらい丁寧にやろう。
「何名乗りあってるんだよ!ここはお見合い会場じゃねえんだぞ!とっとはじめろ!そして終わらせろ!暑くてかなわん!」
一人しかいない野次馬が野次を飛ばす。
その手にはどこから出したのかわからないガラスの杯が握られていたし、足にも大きなタライに氷水が張ってあった。
一人だけ涼みやがって…
完全に観戦モードじゃないか。
「観客が一人だけと寂しいがお互い全力を出そう。ミチヒデよ」
「お前なんかえらそうだな」
余裕そうなその態度がなんか腹立つな。
そろそろ限界だ。
奴はまだ撃たないのか?
「いくぞ!」
ヤスタカが炎熱綸を開放した。
大気を高熱で揺らめかせ、熱風を生み出しながら俺へまっすぐに向かってくる。
あまりにも高温でまだ当たってもいないのに喉が、肺が熱で渇いたような感覚に陥った。
俺も右腕の雷を解放した。
轟音とともに発射された雷がヤスタカの炎を切さ、かない。逆に散らされてしまった。
ヤスタカの炎のほうが密度が高く、破壊属性の相殺に勝ったのだ。
「ぐ、が、あ」
俺は炎を浴びて全身から感じる苦痛と戦った。
熱い、痛い。
叫びたいが炭化した喉では悲鳴すら上げられない。
眼球も焼けて、前も見えない。
どこが上なのか下なのか、倒れているのか起き上がっているのか、それすらもわからない。
だが、意識だけはしっかりと、はっきりとしていた。
考えろ…この身に纏わりつく炎をどうにかしなければ。
あいつは体に薄い炎を纏っていた。ソレをまねするか。
雷を、右腕だけではなく、全身に。
溜め込んで、一気に放つ!
体を燃やされている感覚は無くなった。
声が聞える。
社長の声だ。
「苦無を使え」
炭化した黒い枝のような手を動かし、苦無を握る。
眼球は回復した。敵の姿を確認できる。
俺はまだ二本の脚で立っている。まだ、戦える。
「―――」
まだ喉は治らないか。
まぁ、いい。戦うのに喉は必要ない。
術式を構築。苦無の柄が術式を保存し、刀身へと送る。刀身が送られてきた術式を増幅させ、巨大な雷の龍を生み出した。
増幅器があればここまで変わるのか。
数分前の俺を殴りに行きたいが我慢。今は目の前の敵を滅ぼすことだけを考える。
「へ、へへ、それがお前の全力か。なら俺も全力でいくぞ!」
男の上に炎熱輪が再び出現した。
メラメラと大気を焦がすその熱量に俺は目を細めた。
体の状態は焼け焦げて十全ではないが、この一撃にかける。
行け、雷の龍よ、炎の輪など正面から燃やし尽くしてしまえ。
「いけ!」
雷龍と炎輪がぶつかり合う。
「噛み砕ケ!」
「燃やし尽くせ!」
勝負は一瞬だった。
雷龍が炎輪を砕いた瞬間、ガラスが割れるような音が聞えた。
炎輪は消え、雷龍がヤスタカに噛み付いた。
電気によって体中を一瞬にして焼かれ、耳や鼻、体中の穴から黒く焦げた血を流し動かなくなった。
「なんか急に突っかかってきたアホを一人この世から消すことに成功したな」
社長が手をたたきながら笑って言った。
とりあえず今は服を着たい。
今の俺は服も全部燃えて素っ裸の状態だ
ヤスタカの仲間だった奴らの服をいただくことにした。
綺麗に死んでいるので、服も比較的綺麗だ。
よいしょっと。
動かない人間の服を脱がすのってめんどくさいんだな。
これは一つ勉強になった。
裾も余ってないし、ぴったりだ。
「着替えは終わったか?」
「ばっちりだ」
「そうか、じゃあ死体は処理するから一箇所に集めるぞ」
死体を積み重ねて社長は軽く撫でた。
撫でた箇所から死体は砂のように崩れていった。
目の前につもる砂の山をみて苦しい戦いだったと思いをはせる。
初めての不死者との真剣勝負だった。
一歩間違えれば、俺が火葬されていただろう。
苦無がなかったら、と思うと心が冷える。
「おい、なんで初めから苦無を使わなかった?」
「忘れてた」
無言の肩パンは止めてくれ。
社長の一撃はしゃれにならないんだから。
あっ『破壊』もやめて。
まだ左腕治っていないんだから。
これ以上腕がなくなると日常生活を満足に送れなくなってしまう。
社長の破壊をかわしながら帰路に着く。
いった道を帰るだけだ。
たまに帰り道に
「ぎょぎょ!?」
魚人がいたりするぐらいで大したことは起こらなかった。
行きよりも帰りのほうが多くいた気がする。
これも出現した魔獣を処理した影響だろうか。
そう考えながら足を進めた。
地下十層、エレベーター前にたどり着くとそこには重武装をした攻性魔術師達の姿と地図師のマルの姿があった。
マルは俺たちを指差して言う。
「あの人達です!倒してくるとか言ってた人は!」
魔術師達にそう説明してくれた。
魔術師達はうさんくさそうに俺たちを眺める。
あまりの軽装に驚いているのかもしれない。
「あんたたちが倒したのかい?」
そう聞いてきたので、狼のおおきな牙を見せた。
男はその大きさに驚き、ゴクリとつばを飲んだ。
「死体は地下25層にある。気になるなら確認してくれ」
そういって社長とともにエレベーターに乗った。
これで一気に地上まで出れる。
「うーんこの空気がやっぱ一番いいな!」
エレベーターから降りて、地上の空気を深呼吸したあと、社長は気持ちよさそうに言った。
足取りも軽く、今にも踊りだしそうだ。
確かに、地下の湿っぽい空気と比べると気持ちよさは段違いだ。
社長の足は事務所と別の方角へ向かっていた。
行きとは違う帰り道に疑問が浮かぶ。
「どこに向かってるんだ?」
「魔獣や魔族の死体を専門に取り扱っている店に向かっている。お前もこれから多く利用することになるだろうから道くらい覚えておけ」
そうして向かった一つの店は大きなビルの一階にあった。
自動ドアを抜けて店内に入る。
壁には魔獣の剥製や、毛皮が釣り下がっていた。
「おい、私が来たぞ!!」
社長はそれらを見ることなく呼び鈴を連打。
店内に鈴の音が響き渡った。
「わかったよ。聞えてる。聞えてるって!」
うっとおしそうに店の奥から一人の男が出てきた。
エプロンには乾いた血が付着しているように見える。
男は俺のほうを見て言った。
「こいつがあんたのところの新入りかい?」
「あぁそうだ。なかなかいい拾い物をしたと思ってるよ」
「かわいそうに…この女の相手は疲れるだろうに…」
男の哀れみの言葉に思わず頷いてしまいそうになった。
「あなたとはいい酒が飲めそうだ」
「ハッハッハ、ミチヒデ、お前それどういうつもりで言った?」
社長の目線が怖い。
目線を反らし、社長の目を正面から見ないようにする。くわばらくわばら。
しばらく目線を避けていると大きな舌打ちが聞えた。
早く目的を言えと言外に告げるその音に社長もため息をつき、懐から牙を取り出した。
「夫婦狼の牙か」
「ああ、サイズも大きいだろ?加工してアクセサリにして欲しくてな。四本あるし四つ、作ってくれ」
「了解した」
「四つ全部加工するのか?」
「私、お前、ロッカ、あとイナバの分が必要だろう?」
なるほど。ちょうどわが社の人数分になるのか。なるほどなるほど。
『ちょっと照れますね』
人数に数えてもらっていたイナバが呟いた。
その声は少しうれしそうだった。
「支払いはいつもの口座に振り込んでおく。ではな」
「まいどあり」
店から出て。今度こそ帰路に着く。
社長は楽しそうに笑いながら俺の顔を見ていた。
直っていない左腕を見て、一言。
「そこに腕があると思いながら、X粒子で腕を形作れば直るぞ」
短いアドバイスだったがそれを実践しよう。
ここに腕はある。ある。無い、いや、ある。
そう思いながらX粒子で腕を作る。
そうして思う。
これは腕だ。腕なのだと。
みればだんだんとX粒子が腕に変わっていった。
おぉ、直った。
なんでもっと早く教えてくれなかったんだろう。
まぁ、いい。今は腕が元に戻ったことを喜ぼう。
日常生活を片手で動かすのは辛いなと、思っていた所なんだ。
「消失因子はな、不死者の体をを構成する”形”ごと消してしまうから、直すにはその”形”を作ってやらないといけないんだ。だから、X粒子で腕を形作らせたわけだ。覚えておけよ」
覚えておこう。
消失因子、あれは危険な相手だ。次ぎあったときに俺一人で対処できるように金属生成術をできるようにしておかなくちゃあいけないな。
本社ビルの前に着くとロッカ先輩が素振りをしているのが見えた。
服は綺麗だったが、顔とか髪の毛に煤がついている。
やはり豚鬼達の駆除は激戦だったらしい。
それでも疲れている様子を見せないのはさすがだ。
先輩が俺たち二人に気がついた。
武器を収め、手をうれしそうに振りながら駆け寄ってきた。
「尻尾を振ってはしゃいでいる犬にみえるな」
社長のぼそっとした一言に笑ってしまいそうになるがガマン。
先輩は社長を抱きしめ、
「おかえりなさい」
と、一言言った。
「そっちは今日どうでした?」
「あーまぁ、楽しかったよ。不死者とミチヒデが戦ったんだ」
「アチャーそれは大変そうでしたねー」
本当に楽しかったと、社長は呟いた。
そうだよな。アンタはずっと楽しそうに離れて見ていただけだもんな。
俺が火達磨になっても落ち着いて観戦してたもんな。
「お前はどうだったんだ?」
「そりゃあもう大変でしたよ!馬鹿が消耗を考えないで突撃して勝手に死んだり、周りを巻き込むような規模の術式を使ったり。敵よりも味方に殺されそうでした」
「そうかそうか。じゃあ今日明日はゆっくり休むか」
「いいですねそれ!」
笑いながら本社ビルの中、エレベーターに入り、五階の事務所に入った。
入ってすぐに俺たちは装備をしまい、軽い普段着に着替えた。
着替えてやっと、俺は帰ってきたのだなと思えた。
帰る場所ができた。
それを今は大切にしていこうと思う。