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登山はつらいよ  作者: 加茂正路
はじまりの高尾山編
2/27

2.登山ファッションは人それぞれ

 あくる日の土曜日。

 昨晩は、優を帰宅させてから荷物の準備をするだけで精一杯だった。新作ゲームは封を切ることさえしていない。

 あくびを我慢しながら、新宿駅で京王線へと乗り換えた。高尾山の登山口は京王線の【高尾山口駅】から目と鼻の先である。

 雲が少し出ていたけど、降水確率は10パーセントなので登山には申し分ない天気と言えよう。四月中旬の気温はまだ肌寒い。けれど動けばすぐ汗をかくはずだ。標高六百メートル弱の高尾山では気温差を考慮する必要はないはずだ。

 準特急の電車が目的地のホームに到着する。我先へと急ぐ客に混じって階段を下りた。

「うわ、すごい人だな」

 高尾山口駅は登山客で溢れ返っていた。駅のトイレは列ができる状態。駅に隣接したお土産屋も大盛況。改札すぐ前方にある大きな案内板の下では、さっそく記念写真を撮る人たちで賑わっていた。まるで渋谷駅のハチ公口前である。

 高尾山は都心から近いため交通の便が良く財布にも優しい。何よりも駅から歩いてすぐ登山口なのがポイントだ。山登りに電車で行く場合、降りた駅からさらにバスを使うケースが多く交通費の出費はいつだって悩みの種だからな。

「優はまだ来ていないみたいだな」

 待ち合わせの時刻は午前十時。まだ時間があるので、ひとまず荷物の再確認をすることにした。

 登山の必需品といえば、まずは雨具である。しかし今日は降水確率が低いので置いてきた。

 念のための代えの衣服は上着とインターが一枚ずつ。

 携帯食料は、朝コンビニで栄養補助食品やチョコレートをいくつか購入。

 大事な水は500mlのペットボトルを二本、こちらもコンビニ品だ。

 地図に関しては、今年版を買う時間がなかったので十年前のお古を持参した。

 登山地図は毎年更新される。通行禁止のルートができていたりするので可能な限り最新版にするのがベターだけど、高尾山ならそもそも地図など必要ない。

 荷物が少なったので30リットルのザックはスカスカだった。

「ヒロ兄、おまたせー」

 暇だったのでスマフォでポチポチとゲームに興じていると、ようやく優が現れた。

「やっときた……か?」

 優の姿を確認した俺は危うくスマフォを落としそうになった。

 口をあんぐりと空けながら固まる俺に優は不審者を見る目つきになる。

「な、なに? どうかしたの?」

「何だその恰好は!?」

 妹の場違いな出で立ちに俺は驚愕の極みに達した。

 優はまるで年頃の女の子が都会に買い物に行くようなオシャレな服装でいたのだ。ここ山だぞ? これから山登りに行くんだぞ? だのになぜロングのスカートなんだ? どうしてトートバッグを大事そうに抱えているんだ?

「どこか変なの?」

「確かに変じゃない。ここが渋谷か原宿だったならな……」

 参考までに俺の服装は、速乾性の高いシャツとズボン、上着は格安メーカーのスポーツウェアだ。そして軽登山用のザックに、年季の入った登山靴の組み合わせ。どれも学生時代の遺品である。

「家を出る前に、鏡を見て何かおかしいって思わなかったのか?」

「だって普段着でいいってメールに書いてあったのよね?」

 優は心底不思議がっているようで小首を傾げた。

「もしかして、おまえってバカなの?」

「はあ!? なにそれひどくない! これでも選ぶのかなり迷ったんだよ」

 ベクトルが違うだろ。

「山登りなんだから動きやすさを重視してほしかったんだが」

「でもでも、周りの人だって似たような服着てるじゃん」

 周囲を見渡す優につられて俺も行き交う人たちを観察した。先ほどから途切れることなく登山口へと向かう人波を見ると服装はバラバラだった。帽子にベストにニッカポッカのパーフェクト登山スタイルの年配の方たち。目に優しくない藍色の学校ジャージ姿の学生諸君。そして優と同じく肩掛け鞄を重たそうに担ぐ中年男性や、パンプスを履く女性といったなんちゃって登山者も確かにいることにはいた。

「どうよ」

 優の勝ち誇ったドヤ顔に俺は呆れた。

「……まあ、高尾山は山というより観光地だからな」

 さすがは国内一の登山客を誇る山だけあって多様性に富んでいる。外国人の姿もちらほらと見受けられた。

「けど、明日の部活のオリエンテーションはせめてスカートはやめておけよ。あとバッグも背負うタイプのにして、両手は常にフリーになるようにしておくこと」

「バッグはあるけど、服はこういうのしか持ってない」

「学校のジャージがあるだろ」

「嫌だよ、学校のジャージってダサいし」

 恥ずかしくて死んじゃうと主張する優に、俺も過去を振り替えり同意することしかできなかった。

「とにかく」

「わかった、わかったから。それより早く行こっ!」

 話は打ち切りだと言わんばかりに、優は俺の背中を押して先へと促す。

「そんなに急かすな」

 慌てる必要はない。なぜなら山はどこにも逃げたりしないのだから。

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