第4話 赤ん坊とメイド
僕の両親への自己紹介が行われた日から、はや一ヶ月が過ぎた。
母さんの叫び声を聞いて、駆けつけたメイド長のシルフィさんは、メイドという型にはまりきったかの様な人だった。
倒れた父さんの介抱をすぐさま部下のメイドに命じた後、気が動転している母さんをなだめる。
その手際はとても見事だった。
そしてさらに嬉しい事に、母さんから僕が喋ったという話を聞くと、驚くどころか逆にその話を否定したのだ。
普通であれば、即解雇に成りかねない行為が逆に説得性を持たせ、母さんと父さんもあれは空耳であった、と納得する事となった。
本当に、シルフィさんグッジョブ!
そんなこんなで事態は収束を告げ、僕は、世話係を命じられた新人メイドのマリーさんに預けられた。
◆◆◆
「なあ、マリー。僕がマリーに預けられてから、もう一ヶ月が経つな。」
「そうですね。アズベルさん。しかし、最初のあれはびっくりしましたよ。」
俺はマリーに一人称を僕にした方が良いと言われたので、自分の事を僕、と呼ぶようにしている。
「そんなこと言いながら、お前全然驚いていなかったじゃないか。」
あの時の事を思い出すと、笑い出しそうになる。
「あれでも、結構驚いた方なんですよ。」
「ふふふっ。どうだったか。」
◆◆◆
喋っちゃった事件の翌日。
「じゃあ、マリー。この子を頼むわね。」
「はい!お任せ下さい、ヘルガ様。」
父さんは今日から、遠方へ出張に行く。それに、母さんと兄さんもついて行くらしい。さすがにまだ馬車の旅は、俺にはきついだろうということで、家に置いていく事にしたらしい。
まあ、貴族だし、自分の子供に構う時間も少ないんだろうな。
それに、子育てはほとんどメイド任せらしいし。
そして、今日俺は、このメイドに話せる事を言おうと思っている。
メイド長によって、俺が話すことにより生まれる被害はゼロになった。
例え、話す事に気づいた人が叫びぼうとも、すべてはメイド長によって事実がねじ曲がる。
後は、話せるということを認めさせるのみ。もちろん、他言無用でだ。
人は、何か大きな秘密を共有していると、何かしら仲間意識が芽生えてくる。それを利用して、新人メイドのマリーさんを、俺の協力者へと変えるのである。
フハハハッ!あー、楽しみだなぁ!
ここで、上手くやっておかないと後々の生活が息苦しくなるからな-。喋ってはいけない生活なんて、悲しすぎるからね。
若き娘、マリーよ。我の物となれ!
◆◆◆
「あ、良いですよ。」
マリーは言った。
「まあ、驚くのは分かる。だが…へ?」
「いや、だから、アズベルさんが実は喋れるということを黙っておいて欲しい、ということですよね?」
「ま、まさしくそうだが…マリーは驚いたり、恐れたりしないのか?」
普通はびっくりするだろ!生まれてまだ数日の赤ん坊が喋るんだぞ!?
「まあ、確かに驚きはしましたが、恐れるという程ではないですし。それに、アズベルさんの兄であるラガル様も初めて喋られたのは、生まれて2カ月のことでしたから。」
「そ、そうなのか…?」
兄のラガルもそこまでだったとは…
「はい。平均が生まれて半年ですので、ラガルさんの件もありますし、数日で喋られてもおかしくはないかと。」
成る程。この世界では、赤ん坊の言語習得が早いんだ。
俺も、こんな設定までは思いつかなかったなぁ。
「物わかりが随分と良いな…」
「メイドですので。」
理由、そんなんで良いの?!
◆◆◆
「しかし、物わかりが良い理由がメイドとはな…こっちがびっくりしたぞ。」
「貴族勤めのメイドが、いちいち驚いていたら仕事が成り立ちませんから。」
「それでも、限度ってもんがあるだろ…」
さすがはマリーだ。他のメイドではここまで楽にはいかなかっただろうな。
ましてや、メイド長とかだったら終わりだな。
「アハハハッ!」
「ほら、笑ってないで。アズベルさん!」
「ああ、悪い。魔法の勉強をさせてくれ、と俺が頼んだんだったな。」
魔法の概念は、俺が創り上げたから、分かることは分かる。魔法を使うことも可能だろう。
だがアイリスの事だし、どこか設定が狂っている可能性があるからな。
一応、学んでおいて損はないと思って、マリーに教えてくれと頼んだんだ。
「それもそうですが。まずは、オシメを替えましょうか。」
うん…赤ん坊だからな。