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妖精の森のリューン  作者: YOH.
8/9

盟友

「リシェール!帰って来たか!」

『門』をくぐり抜けた瞬間、外で待ち構えていたタイレルの表情が明るくなった。

「遅くなってすまない!エリナはまだ無事か!?」

「ああ、だが一刻の猶予も無い!急いでくれ!」

「わかってる!」

 わずかそれだけの会話を交わした後、リシェールはタイレルとともに何も無い空間へと姿を消した。エルフ村の結界の中に飛び込んだらしい。

 そしてそこには人間の少年だけが二人、取り残された。

「……よかったな、レオン。ぎりぎり間に合ったらしいぞ」

「ああ。でなきゃ、苦労した甲斐がねえよ」

 二人は息を弾ませ、その場に座り込んだ。

 静寂が辺りをつつむ。たまに遠くから野鳥の鳴き声が聞こえて来るだけだ。

 二人はしばらく、一言も発しないまま時を過していた。

 少しずつ、辺りが薄暗くなってくる。やがて陽も落ちるだろう。

「で……俺達は、いつまでここにいればいいんだろうな?」

 レオンが天を仰ぎながら、ゆっくりとつぶやいた。

「さあな。案外、このまま忘れ去られちまうかもよ」

 アレクも雲を眺めつつ、恨めしそうに呟く。

「……腹減ったぜ。考えてみりゃまともに何か食ったのは、夕べの特大ハムサンドが最後なんだよな」

 今回はあまり長い時間をかけるつもりは無かったので、2人とも食料はさほど用意して来なかったのだ。

 レオンは背負い袋の中から、干し肉を1かけ取り出した。非常用の携帯食である。

「食うか?」

 アレクは無言で手を出した。

 レオンは干し肉の塊をナイフで半分に切り、アレクに渡す。そしてもう半分は、自分でかぶりついた。

「それにしてもあんまりな扱いだと思わねえか?危険をおかして薬草を取って来てやったってのに、礼の一つも無しで放っとかれるなんてよ」

 アレクは受け取った干し肉を歯で引きちぎりながら不平を言う。

「そうぼやくな。あっちだって忙しいんだろ。何しろ一人死にかけているんだぜ。生きていて更に当面は命の危険の無い俺達は、お呼びがかかるまでおとなしく待つ事にしようじゃないか」

「俺だって死にかけてるんだぞ」

 干し肉を噛みながらなのでモグモグという発音になったが、レオンにはそう聞こえた。

「とても死にそうは見えないな。死因は何だ?」

「餓死」

 干し肉の塊を半分も平らげておいて、アレクはいけしゃあしゃあと答えたのだった。

 そして、丁度アレクが干し肉の最後のひとかけらを口に入れようとした瞬間、目の前の空間からリューンが現れた。

「二人とも、お疲れ様。あらあら、随分(わび)しい食事なのね」

「そう思ったら、何かもっとまともなモン食わせてくれよ」

 アレクが哀願するようにリューン訴える。

 リューンはクスクス笑った。

 だが一度間を置いて深呼吸した後、リューンは真剣な……そして、少し愁いげな表情になって言った。

「族長が貴方達を呼んでいるの。来てもらえるかしら?」

「願ってもない」

 リューンの表情から察するに、どうやらまだ族長は完全にこちらを信用してくれている訳では無いらしい。

 レオンは立ち上がり、服に付いた土を払い落とした。

「君からは族長に何を話したんだ?」

「何も話していないわ。詳しい話は外の二人に聞いてくれって、最後まで黙っていたの。そうでもしないと、ユリクール様は貴方たちに会ってくれそうに無かったから」

 リューンは肩をすくめた。

「大丈夫だよ。こっちには何も(やま)しい事は無いんだ。ちゃんと話せば、長だってわかってくれるさ。問題は話を聞いてくれるまでだったんだから」

 レオンはリューンに笑顔を返す。

 その笑顔に安心したか、リューンの表情にも笑みが戻る。

「とりあえず剣は私が預かってあげるわ。長に会いに行くのに、剣を持ったままじゃ仲間達にもいい印象は与えないし……それに、貴方が私達にまだ敵意を持っているものと勘違いされてしまうわ」

 リューンの言い分はもっともだった。

「わかった。けど……大丈夫か?」

「何が?」

 リューンは笑顔を浮かべたまま聞き返す。

 それに対し、レオンは無言で腰の剣を外した。

 アレクも慌てて残りの干し肉を口の中に押し込むと、腰の短剣を外してレオンに差し出す。

 アレクから短剣を受け取ったレオンは、その二つをまとめてリューンに手渡した。

 ずしっ、という手応えがリューンの腕に響く。

 そのまま倒れそうになり、危うい所をレオンに抱き止められた。

「やっぱり……大丈夫じゃなかったな」

 華奢なリューンの身体を抱き止めたまま、レオンは笑った。

 リューンは顔を真っ赤にしてレオンを見る。横でアレクが「ちっ」と舌打ちしていた。

「あ、ありがと……。剣って見た目以上に重いのね。貴方達、よくこんな重い物を軽々と振れるものだわ。感心しちゃう」

 人間にとってはちょっと重い程度の剣でも、それをまとめて2本も抱えるのは、エルフの、しかも少女の華奢(きゃしゃ)な腕では相当に厳しい仕事に違いなかった。

 それでもリューンはもう一度しっかり剣を抱えなおし、足を踏ん張る。

「やっぱり……俺が持とうか?君には大変だろ」

 だが、リューンは首を振った。

「それじゃ、貴方達が私に剣を預けた意味が無いじゃない。大丈夫、貴方達がしてくれた苦労に比べればこの程度、苦労でも何でもないわ」

 そう言いながら、リューンはよたよたと危なっかしい足取りで歩き出した。

 レオンは苦笑し……アレクも横で笑っていた。

「健気でいいコじゃねえか」

「今頃気付いても遅えよ」

 それだけ言い残し、レオンもリューンについて歩き出す。

 リューンは先ほど現れた木の間に立って、短い呪文を唱えた。

「急いでね。結界は10秒くらいしか開いてないから。村に入り損なったら、今夜は野宿よ」

「そいつは勘弁してほしいぜ。今度こそ本当に飢え死にしちまう」

 アレクの言葉は冗談にも聞こえたが、おそらくは混じり気なしの本音であろう。

 リューンに案内され、二人が結界の扉をくぐる。

 実に5年振りに、エルフ村は人間の客を招き入れたのだった。




「……エルフ村ってのは、本当に何もない所なんだな」

 レオンが呆れた声を出す。

 レオンでなくても、初めて村を訪れた人間なら誰だってそう思うだろう。

 実際、そこは今まで自分達がいた森の中と大して変わらず、建物はおろかエルフの姿も全くと言っていいほど見る事はできなかった。

「ゲイルも初めて村を見た時、今のレオンと同じことを言ったのよ。血は争えないって、本当ね」

 リューンはくすくすと笑いながら、そう言って上を見上げた。

 つられて、残る二人も上を見上げる。

「な……何だ、ありゃあ……?」

 アレクが頓狂(とんきょう)な声をあげた。

 木の上に小屋のような物が建っているのである。

 それも一つや二つではない。まるで鳥の巣箱の様に、いくつもの小屋が目についた。

 もちろん地面に建っている家も無い訳ではなかったが、それはどちらかと言うと倉庫や物置といった感じで、人が住んでいるという様子は感じられなかった。

「あれがエルフの家かい?ずいぶん奇妙な建て方をするんだな」

 レオンも呆れた声を出す。

 ふと気付くと、そこからエルフが顔だけを出して怪訝な顔でこちらを見下ろしていた。

(人間だよ)

(銀髪の方はゲイルさんにそっくりだね)

(エリナを助けてくれたそうだよ)

(でも、油断はできないぞ)

 5年振りの珍客の来訪に、森のエルフ達の反応は様々だった。

 大半は遠巻きに彼らを眺めているだけであったが、中には近くで人間を見ようと道端の茂みに潜んでこちらを伺っている、好奇心旺盛な子供のエルフもいたりした。

「……何か、やりにくいな」

「自分らを異種族だって意識するからいけないんだよ」

 レオンはそういう者達の反応には戸惑うだけであったが、アレクなどは例えば目ざとく隠れている無邪気な子供達を見つけると、自分もまた無邪気に、そして友好的に彼らと接し……族長の待つ建物に着くまでには、いつの間にやら数人の子供エルフをお供につけていたりするのである。

「時々お前ってヤツがわからなくなるな」

「何がだ?可愛いやつらじゃないか」

 レオンの呆れ顔を、アレクは一切気にした様子も無く答えた。

 彼なら冒険者として失業しても、託児所の保父で十分やっていけるに違いない。

「着いたわ。ここよ」

 やがてリューンは、村の中でも特に目立つ建物の前で足を止める。

 幸いな事に、その建物は木の上には建ってはいなかった。

「ここが族長の家かい?さすがに立派な所に住んでやがるなあ……」

 アレクが感心したようにそう言うが、リューンは笑って否定した。

「ここは村の集会所よ。ユリクール様だって、住んでる家は私達のものと大差無いわ」

 レオンはけたけたと人が悪そうに笑い、アレクはアレクできまり悪そうにそっぽを向いた。

「族長!二人を連れてまいりました!」

 布が下がっているだけの入り口から、リューンが中に向かって声をあげた。

 中から「入りなさい」という声が返って来る。

 レオンは大きく深呼吸し、アレクは……

「ってなわけで、お兄ちゃんは族長様と大事な話をしてくるから。また後でな」

 と、エルフの子供達と名残惜しそうに別れを告げる。

「後でねー!」

 子供達も手を振ってアレクを見送る。妙に微笑ましい光景であった。

「行くぞ、アレク!」

「承知!」

 だが、次の瞬間にはアレクの表情も真剣になる。

 リューンに促され、まずレオンが、続いてアレクが集会場へ足を踏み入れる。

 そして最後にリューンが二人について入った。

「失礼致します!」

 レオンは気後れしている自らを叱咤する様に、気合のこもった返事をする。

 部屋はさほど大きいものではなかった。正面には先程会った族長が、そしてその隣に、先程まで一緒に行動していたリシェールが鎮座していた。

「座るがいい、リューン……そして人間達よ」

 ユリクールは厳しい顔のまま、そう言う。

 レオンとアレクはその言葉に肯き、その場に座り……そして、リューンがレオンの隣に座った。

 3人が座ると……おもむろに族長のユリクールは切り出した。

「まず……答えて貰おう。君達は何故に、敵対している我々の村までやって来た?」

「理由は3つあります」

 レオンは正面を見据え、はっきりと答えた。

「1つめは、リューンに貴方たちへの説得を頼まれたため」

 レオンはわずかに横に座っているエルフの少女に顔を向けてから、また話を続ける。

「2つめは、俺の方からも貴方たちに話があったため。そして3つめは……2つめの理由と関係しますが」

 そこでレオンは深呼吸し、特にこの部分を伝えたいとばかりに声を大きく張り上げた。「貴方たちは、我々の敵ではないからです!」

 族長は一瞬何か驚いたような表情を示したが……次の瞬間には、また元の厳しい表情に戻った。

「お前がそう思うのは勝手だが、我々エルフにとって人間はやはり仇敵だ。我々はお前達の所行を許すことはできぬ。特に戦いの発端となったあの事件は、我々エルフの誇りにかけて許されるべき物ではない。その後にあった数々の非道な仕打ちも、我々は決して忘れる事はないだろう」

「発端となった事件とは……人間に想いを寄せたエルフが人間の手によって殺され、(はりつけ)にされたという……あの事件の事ですか?」

 レオンの言葉にユリクール、そしてリシェールの顔がさらに厳しくなる。

 が、レオンは臆する事無く続けた。第一、レオンには臆する理由など何もないのだ。

「誓って申し上げます。それは、我々の手によるものではありません。なにしろ、我々の同胞もまた何者かによって殺され、同じ様に(はりつけ)にされていたのですから。そして我々もその所行は、ずっとエルフの手によるものと思い込まされておりました」

 その言葉を聞き、あらためて二人のエルフは顔を見合わせた。

「ゲイル殿も確かに同じ事を言っていた。だが、詳しく調べてみると言って5年前に村を去って以来、姿を見せていない。リューンより亡くなったらしいという話は聞き及んでいたが……」

「我が兄ゲイルは5年前の戦いで、敵の放った毒矢によって命を落としました。確認致しますが、それは間違いなく貴方たちの手によるものではありませんね?」

 レオンはユリクールをまっすぐ見つめて言った。

「無論だ。エルフの誇りにかけて誓おう。我々は盟友に向かって矢を射たりはしないし、そもそも毒矢などという卑怯な手段は使わん」

 族長に変わって、リシェールが気色ばんで答える。

 もちろん、その答えは既にリューンから貰っている。

「ならば、それだけでもう我々を戦いに駆り立てている悪意の第三者が存在していることは明白でしょう。彼らは互いの敵を装って、我々に直介を出しているのです」

 レオンの言葉は、ユリクールもリシェールも認めざるを得なかった。

「お前の言いたい事はわかった。お前の言っている事に筋は通っているし、思い当たる節もある。だが……証拠が何もない。その第三者を捕らえでもしないかぎり……」

 族長の言葉を、レオンは途中で遮った。

「それには、貴方がたの協力が不可欠となります。敵は……ダークエルフです」

「ダークエルフだと!」

 リシェールが立ち上がった。

「それは確かなのか?」

「ああ。俺もこの目で見た。他に黒い肌をした耳の長い生物に、心当たりはあるかい?」

 アレクも胸を張って答えた。

 リシェールがまた何かを叫びかけた。だがユリクールはそれを片手で制し……

「いいだろう。君達を信用しよう」

 そう言った後、ゆっくりと頭を下げた。

「まずは礼を言わねばならんな。リューンを救出し、エリナの生命を救って頂き、さらにリシェールを魔獣から助けてくれた……。君達のおかげで、合わせて3名の同胞が命を救われたのだ。感謝する。今までの非礼はお許し願いたい」

「そんな、あらたまって礼なんか言われても困ります。俺だって随分無礼な態度を取っていたんだし……」

 ユリクールは顔を上げ、話を続けた。

「レオン殿は……ゲイル殿から、彼が初めてこの村を訪れた時の話は聞いたかね?」

「いえ……兄からはこの村の話を聞いた事は一度もありません。兄が生前この村を訪れていたことは、つい先日、リューンから初めて聞かされました」

「そうか……」

 ユリクールの顔に、ふっと優しそうな笑みが浮かぶ。

「そなたは先程、我々はそなたたちの仇敵ではない、と言ってくれたな。まさしくあれはゲイル殿が初めて私達と会った時に、彼が言っていた言葉そのものだった。血は争えぬとはよく言ったものだよ」

 同じ様なことを、先程リューンにも言われた。

 何となくレオンは恥ずかしいような、しかし嬉しいような、不思議な気持ちになる。

「リシェール、皆に伝えてくれ。明晩の総攻撃は中止すると。そして、皆を広場に集めておいてくれ。大事な話があると伝えてな」

「はっ」

 リシェールは肯くと、大股で集会所の外へと出て行く。

 レオンはほっと胸をなでおろす。とりあえず、村への総攻撃は中止命令が出た。

 それだけでも、危険を冒した甲斐はあったというものだ。

「ところで族長。さっき言ってた『心当たり』っていうのは……この村がダークエルフに狙われるような心当たりってことか?」

 そう聞いて来たのはアレクである。

 ぞんざいな口振りは誰の前でも、例えエルフの族長の前と言えども変わらない。

 恐らくは絶対神の前にあっても、彼は自分のスタイルを崩すことは無いだろう。

「……説明しよう。ついて来たまえ」

 ユリクールはゆっくりと立ち上がり、二人の座る方向に向かって歩き……二人の横をそのまま通り過ぎ、集会所から外に出て行く。

 レオンとアレク、そしてリューンもその後に続き……さらにその後ろに、先程から集会所の前に集まっていた小さなアレク親衛隊までが続いてゆく。

 何故かさっきより子供達の人数が増えているような気もする。

「人徳よ、人徳」

 アレクは自慢げに胸を張るが、ついさっき初めて会った、しかも子供達ばかりを相手に人徳も何もないもんだとレオンは思う。

「族長さんよ。これから行く所には、こいつらを連れて行っても問題は無いのかい?」

「ああ、別に構わないぞ」

 ユリクールも失笑を禁じ得なかった。

「よーし、ガキども。しっかりついて来い!」

「おーう!」

 アレクの号令に子供達は無邪気に応え、わらわらと後をついて来る。

「な?可愛いやつらだろ?」

 もう一度アレクはレオンに同意を求める。

 勿論、レオンもその意見を認めていないわけではない。

 種族は違えど、この子達のためにも平和な世界を作ってあげたいと思う。それは間違いなく、今の彼の本心だった。

 辺りはすっかり薄暗くなっていた。陽はとっくに沈んでおり、西の空には見事な夕焼けが広がっていた。

 ユリクールはしばらく暗い森の中を歩き続け……やがて人の高さの倍ほどはあろうかという大岩の前で、その足を止める。

「何だい?この岩は……」

 アレクが不思議そうに覗き込んだ。

 岩の片面は、磨かれた大理石の様に綺麗な壁面を成しており、そこには何か文字が刻まれている。

 レオンにもアレクにも、それは見覚えの無い文字であった。

「神聖文字よ。それも現代のものではない、遥か古代のね。これを読めるのは、私達の中でも今はユリクール様と、ほんの何人かしかいないわ」

 二人の奇妙な表情を察知してか、リューンが解説した。

「少し下がっていたまえ」

 ユリクールが岩の前に立ち、何やら呪文を唱え始める。

 ……不思議な響きを持った声が、辺りにこだまする。

 それはレオンもアレクも初めて耳にするものであり……リューンですら、理解する事のかなわぬ言語であった。

 呪文の詠唱はしばらく続き……

「お、おい、レオン……!?」

 アレクが異変に気付き、レオンの袖を引いた。

 無論、レオンもその異変には気付いている。

 岩が淡い光を発し始めたのだ。

 既に夕の闇に包まれている中でその岩が発する青白い光は、神々しい高貴さと、そして優しさを持っていた。

「レオン殿、アレク殿。その岩に触れるがよい」

 呪文の詠唱を終えたユリクールが、二人に声をかける。

 言われた通り、レオンとアレクは一歩前に出て、おずおずと光る岩に手を触れた。

 その瞬間、二人は何か暖かい感触が身体を駆け巡るのを感じ……何者かに話し掛けられているような、そんな感覚を味わっていた。

 それは、ほんの数秒の出来事だったに過ぎない。だが彼らは、まるで何時間もその淡い光に包まれていたような錯覚に囚われていた。

「気分はどうだね?」

 ユリクールに声をかけられ、夢心地になっていた二人ははっと正気に戻る。

 岩の光は既に消えていた。

「何……だったんだ?今のは……」

「誰かが……頭の中に話し掛けて来たような感じがしたぞ」

「俺もだ。それと、何か変な呪文を教えてもらったぜ」

「レオン……それ、この場で言えるか?」

「ああ。確か……」

 次にレオンが発した言葉は、およそ人間の言葉では発音できそうにない単語の混ざった奇妙な呪文だった。

 レオン自身、どうしてこんな言葉が喋れたのか不思議だった。しかし呪文は、何度でも復唱できるのである。呪文の意味は全然判らないのに、だ。

 そしてそれは、アレクも同様だった。

「それはゲートを開くためのキーワードだ。深く君達の脳裏に刻み込まれ、2度と忘れる様な事はないだろう。これからは、君達の好きな時にこの村を訪れてくれて構わない。その時は君達を歓迎しよう。ただし、くれぐれもゲートとこの村の存在は他の人間には明かさないで欲しい」

 二人はきょとんとした顔でユリクールを見た。

「君達は岩にいろいろと問いかけられたはずだ。そして盟友たるに資格充分として、鍵を授けられたのだ。君達を我々の盟友として歓迎しよう」

「俺達が……盟友?」

 まだ信じられないと言った表情でレオンは呟き……

「レオン!」

 突然、リューンがレオンに飛びついた。

「凄いわ!貴方が私達の盟友ですって!おめでとう!もう、私……何て言えばいいのか、わからないわ!」

 無邪気に抱きついてきたリューンに、レオンは戸惑いを隠せない。

 子供達から冷やかしの口笛、そして喝采を浴びせられ、さらに族長とアレクからも視線を注がれ……リューンは真っ赤になって、慌ててレオンから離れる。

「俺には抱き付いてくれないの?」

 とは、言わずと知れたアレクのセリフである。

 が、リューンは恥ずかしそうにうつむくだけであった。

「おい……頼むから、あまりリューンを(いじ)めないでくれよな」

「はいはい、わかってますよ、ご馳走様。ちぇっ、一人だけでいい思いしやがって」

 ふてくされるアレクの足に、子供達がわらわらと抱き付いた。

「リューンお姉ちゃんのかわりね」

 一人の子供がそう言った。

「かぁわいいなあ、お前達は」

 アレクはその子供を抱き上げ、肩車をした。もうすっかり機嫌は直っている様である。「これが……ダークエルフどもが狙っている物だよ」

 ユリクールは、石碑に目を注いだまま言った。

 レオンとリューンが、そしてアレクも子供のエルフを抱えたまま、真剣な眼差しをユリクールに向ける。

「族長さんよ。この岩は一体何なんだ?」

「我々に精霊の加護の力を与えてくれる『精霊石』だ。本来我々エルフは、生まれついて

 様々な精霊と交信する力を持っている。だが……この世界の不浄な空気は、精霊の力を

 極端に弱めてしまっているのだ」

「そうなんですか……?」

「空気が不浄ねえ……俺には何も感じられんけど」

 レオンとアレクは、揃って不思議そうな顔をする。

「……人間にはわからないだろうな。我々はもともと、精霊界の住人だ。精霊界に比べ、この世界の自然は力が弱すぎる。水は生きているのだ……と言われても、君達は信じる事はできないだろう」

 人間の少年である二人は、素直に肯く。

「水や炎、そして大気や土といったこの自然界に存在する物質は……もとからそれ自身が意志をもつ存在なのだ。だが……この世界の大気は精霊の力を弱め、奪い取ってしまうのだ。精霊石は、その弱まった精霊の力を再び強める力を持っている。そして、その力こそがダークエルフどもには最も邪魔な力なのだ」

「何故……ですか?」

 その質問をしたのはリューンだった。

 リューンも、この話を聞かされたのは今が初めてであったらしい。

「魔王サルバドルが、精霊の力で封じられているからだよ」

「魔王……サルバドル?なんだ、そりゃ?」

 アレクが不思議そうな顔で問い返す。

「もう君達人間の間では、魔王サルバドルは忘れられた存在になってしまったらしいな。サルバドルとは、破滅を象徴する魔王の名だ。漆黒の竜の姿をし、この世界から秩序を滅ぼしたと言われている」

「秩序を……滅ぼした?」

 今度はレオンが聞き返す。ユリクールは石碑から目を離さず、無言で肯いた。

「我々エルフや人間が村や集落を作って、野蛮な妖魔どもに対抗し、剣と魔法を駆使して自分達の文化を守る……。君達はこの世界が、最初からこの様なものであったと思っていたかね?」

「どういう事ですか?」

 ユリクールの不思議な質問に、レオンは首を傾げて聞き返した。

「はるか昔……この世界に居た知的生命体は、君達人間だけであったのだ。時には文化や考え方の違いから、不幸な小競り合いが起こる事もあったが、おおむね君達は平和に暮らしていた。だが、そこに現れたのが混沌を望む魔王、サルバドルだ。サルバドルは、オークやゴブリン、そしてダークエルフといった闇に属する妖魔を異世界よりこの世界に呼び……そして、君達の住む世界を蹂躙(じゅうりん)していった」

「じゃあ何か?今この世にはびこっているゴブリンやオーガみたいなバケモノは、みんなサルバドルってヤツが呼び出したモンだってことなのか?」

 アレクが目を丸くして問い質す。ユリクールは話を続けた。

「その通りだ。そして……今度は人間を救う為に、精霊界や天界から様々な者が召喚された。我々エルフもその時、精霊界を代表してこの世界に召喚されたのだ。それが我々の祖先になるのだよ」

 その様な話、レオンもアレクも初めて聞かされた。

「そういった者達の協力もあり、人はついにサルバドルを倒した。そして2度と復活せぬよう、精霊の力によって封印されたのだ。そしてその封印の上に、精霊の力を増幅する為の精霊石を置いたのだ……」

「それってつまり……この石の下に魔王サルバドルが封印されているってことなのか?」

 アレクの頓狂(とんきょう)な声に、ユリクールはゆっくりと肯いた。

「もともと我々の部族の祖先は、サルバドルの封印を守るためにここに村を作ったのだ。我が部族の存在意義も、封印の存在を秘し、護る事にある。ダークエルフどもも恐らく我々の村に魔王の封印が存在する事を何らかの手段で知ったのだろう。だが、この村がどこにあるのかまでは、そう簡単に突き止める事はできなかったはずだ。だからこそ、あの手この手を使って、この村の所在を突き止めようとしているのだ。まさかこの戦いにまで奴らの息がかかっているとは思っていなかったが……」

 皆は顔を見合わせた。想像以上に、この戦いの根は深い所にある。

 あらためて若者達はそう認識したのだった。

「この事も他言は無用だ。君達を我々の盟友として認めたからこそ、敢えて君達にもこの話をしたのだ。……無論、簡単にべらべら(しゃべ)るような人物に盟友たる資格が与えられるはずが無い事は、よく知っているのだがね」

「わかっています。誰にも(しゃべ)ったりはしません。兄貴が、弟の俺にすら何も言わなかったようにね」

 その言葉を聞き、ユリクールは優しい笑みを浮かべた。

「ところで族長さんよ」

 子供を肩車したまま、アレクは族長に向き直る。

「俺達は運良く盟友にしてもらえたけどさ……盟友と認められなかった場合はどうなっちまっていたんだい?」

「その時はすぐさま、ここから遥か遠く……森の外まで追い出されていただろう。当然、我々に関する全ての記憶を消された上でな」

 アレクは胸を撫で下ろした。

「……盟友にしてもらえてよかったぜ。でなきゃ、何も食わしてもらえないまま放り出されるところだったんだな」

 アレクの言葉は『何も食わしてもらえないまま』の所に妙に力が入っていた。

 この後に及んで、この男の心配は今夜の食事のことしか無いらしい。

 レオンは呆れ顔をしてアレクを眺めていた。

 当のアレクは、肩車をせがむ子供達を順番に肩に担いでやる事で忙しそうだ。

「では、あらためて君達を皆に紹介しよう。リシェールが広場に皆を集めてくれている筈だ。そこで皆に、君の話を聞かせてやってくれ」

 レオンは息を呑んだ。身体が身震いを始める。身体の奥が熱くなってくる。

 恐いのではない。嬉しいのだ。

 自分達がエルフと人間の掛け橋となり、戦いを平和に終結させるという夢……兄が果たし得なかった夢がすこしずつ、実現に近づいている。

「何か……ワクワクしてくるな」

 アレクも同じ様な感覚を味わっているらしい。

 レオンは天を仰ぎ、

「うおおっし!」

 と一度、大きな気合を入れたのだった。




 広場には、一体この小さな村のどこにこれほどのエルフ達がいたのだろうと思わずにはいられないほど、大勢のエルフが集っていた。

 およそ500人は居たであろうか。それだけのエルフを前にして、レオンの演説は実に堂々としたものだった。

 最初にユリクールがレオンとアレクを盟友として紹介した時、(いぶか)しむ者がいなかった訳ではない。

 しかし壇上に立ったレオンの、自分達がダークエルフどもに躍らされていた事、そしてこの戦いがいかに無意味か、不毛かを訴える必死の熱弁に、いつしか全員が耳を傾け……

「こんな時だからこそ、俺達は手を取り合わなきゃいけないんだ。俺達を踊らせている真の敵を倒す為にも、俺達を信じて、協力してほしい」

 レオンがそう締めくくった時……500人のエルフ達は誰もが声を出す事すらできずにいた。

 ふと、一角でパチパチと手を叩く音が聞こえ……たかと思うと、それは一瞬にして割れんばかりの拍手と歓声に変わる。

 壇上のレオンは、大きく溜め息をついた。

 アレクが後ろからレオンの肩を叩く。

「やったな。わかって貰えたみたいじゃないか」

「ああ……。これから、忙しくなるぜ。覚悟しとけよ」

 レオンはアレクにむかって笑いかける。

「無論、承知してるさ」

 アレクもレオンに笑いかける。

「さあ……二人とも降りて来るがいい。なにぶん急なもので大したものは準備できぬが、宴を用意しよう。新たな盟友の誕生を祝ってな」

「待ってました!もう腹が減って死にそうだったんだ!」

 ユリクールの言葉に、アレクは心から嬉しそうな笑みを浮かべた。

「アレクってば、さっきからそればっかりね」

「そういうヤツなんだよ、こいつは」

 あきれ顔をするレオンとリューンに、アレクはしたり顔でこう言った。

「自分の気持ちに素直な男と言ってくれ」

 ……3人は、顔を見合わせて笑いあったのだった。




 夜も完全に更けたころ、村の中心に火が灯る。

 それは瞬く間に大きな炎となり、その回りを子供達が楽しそうに駆け回る。

 愉快な明るい音楽が流れる。

 大きな炎を囲むように、エルフ達が手を取りあって楽しそうに踊る。

 村じゅうのエルフ達が、お祭り騒ぎに加わっていた。

 その中に2人だけ、エルフでない者が混じっている。

 彼らは上座に座らされ、次から次へとエルフ達の質問責めを受けていた。

 特に彼らが聞きたがったのは、マルガ村でのゲイルの様子だった。

 レオンも嬉しそうに自慢の兄の話を皆に聞かせる。もう何人に同じ話を繰り返したか、わからない。

 アレクはエルフの珍しい食べ物を腹に詰めるのに忙しそうだ。

「レオン!俺はエルフの友になることができて、心からよかったと思っているぞ!」

 アレクは嬉しそうにレオンの肩を叩くが、どうもアレクは食べさせてもらえさえすれば誰でも有り難い存在にしてしまうような気がする。

 二人の前には簡易ステージが組まれ、先ほどからそこでエルフが入れ替わり立ち替わり、歓迎の意を込めてさまざまな出し物を演じていた。

 喜劇めいた芝居や剣を使ったジャグリング、あるいは弦楽器による演奏など、エルフは様々な出し物と美味しい料理や酒で二人を楽しませてくれた。

 そして宴にもだいぶ興が乗ってきた頃、二人の前に現れたのは。

「……えっ?」

 レオンは初め、それが誰であるかは分からなかった。

 ひらひらと風を受けてひらめく柔らかそうな衣装に身を包み、まとめ上げた髪には花をあしらった髪飾りを着け、さらに耳飾りや首飾りなどで精一杯着飾ったその少女は、レオンが初めて見るリューンの姿であった。

「なかなかすごい格好だな。何を見せてくれるんだ?」

 アレクの問いには、族長のユリクールが答える。

「我が部族に伝わる舞をご披露しよう。リューンは村一番の歌い手であり、踊り手でもあるのだよ」

「へえ、そりゃ楽しみだ」

 軽口を叩くアレクに対して、レオンはただリューンの艶姿に見とれるばかりであった。

 リューンは二人の前で長いスカートの裾を軽く摘み、恥ずかしそうに挨拶をする。

 エルフにしては若干露出が多めにも思えるその衣装は、燃え上がる炎に照らされ、なお一層リューンを艶やかに映し出していた。

 その途端、周囲のエルフからも喝采の声が上がり、しかしそれは瞬時に鎮まる。

 まるでこれから始まるものを、決して聞き逃すまいとするように。

 やがてエルフの楽団による静かな演奏が始まると、リューンは屈んで両腕を交差させた、お辞儀をするようなポーズからすっと立ち上がり、音楽に合わせて軽やかに舞い始める。

 舞いながら、リューンはよく通る声で歌い始めた。

 それはエルフの言葉であったのだろう、レオンにもアレクにも、歌詞の意味は分からない。

 だがその不思議なメロディーは優しく彼らを包み込み、たとえ言葉は分からなくとも、それが優しい慈愛の歌であることを直接心で感じ取ることができた。リューンの歌はどんな聞き手にも、例え言葉の分からぬ相手にすら感動を与える力を持っているようだ。

 レオンは一言を発することすら出来ず、リューンの歌に聴き入り、そして舞に見入っていた。

 レオンだけではない。何にも増して食欲を満たすことを優先していたアレクですらも、しばし口の動きを止め、リューンの舞と歌に魅了されていた。

 歌いながら、リューンは軽やかに舞う。

 やわらかい衣装が風を受け、神秘的にはためく。

 今のリューンを例えるなら、まさに風の妖精という言葉が最もふさわしかろう。

 やがて、終幕を迎える音楽に合わせてリューンの舞もゆっくり停止し、再び最初のように両手を交差してお辞儀をするようなポーズで止まった。

 同時に再び、エルフから喝采の声が上がる。

 リューンの歌と舞は、同族のエルフ達にとっても非常に好評であったらしい。

 リューンは再び、二人の前で最初の時と同じようにスカートの裾を摘んで挨拶をした。

 アレクもまた、惜しみない拍手でリューンを称えた。

「すごかったぜ、リューン。あんたなら王都の大劇場でも満員にさせられるぜ、きっと。

なあ、レオン」

「あ、ああ」

 アレクに矛先を向けられても、レオンはそんな返事しかできなかった。

「レオン?」

 自分の舞が不評だったのか、そんな不安げな表情をリューンは一瞬、レオンに向ける。

「あ、いや……うん、すごく素敵だと思ったよ」

 口べたなレオンには、それが精一杯の、そして最大級の賛辞であった。

「こいつは口べたな上にシャイだからな。口数が少ないのは、単にリューンに見とれてるだけだからよ」

「う、うるせえっ!」

 思わずアレクに悪態を付くレオンであったが、それが図星を指された照れ隠しであることは誰から見ても疑いようのない事実であった。

「ありがと」

 リューンはそう言って笑いかけ、少し照れたような笑顔を向ける。

 リューンの舞で最高潮を迎え、再びエルフ達は思い思いに陽気に騒ぐ。意外とエルフはお祭り好きな種族であったらしい。

 彼らは一晩じゅう騒ぎ続け、やがて東の空が紺から紫に変わろうとする頃、ようやく炎が消え、宴は終わった。エルフ達は皆、各々のねぐらへと帰って行く。

 アレクは美味な食べ物と旨い酒にすっかり満足し、今はだらしなく眠りこけている。

 無造作に掛けられた何枚もの毛布は、彼と仲良くなったエルフの子供達の気遣いだ。

 だが……レオンは興奮していたせいか、まだあまり眠くはなかった。

 ふと、東の方向に、小高い丘の上に立っている大樹が目に入った。

 レオンは静かになった村の中を、何の気なしにそちらに向かって歩き始める。

 森を抜け、ゆるやかな坂道を上り……やがて、大樹の根もとに辿り着いた。

 小高い丘のてっぺんからは、地平線まで広がっている森がよく見える。

 うっすらとかかった靄が、妙に幻想的だ。

 エルフたちの棲む森には、よく似合っているかもしれない。

 レオンは大樹の根元に座り込み、背中で寄り掛かった。

 微かに吹く風が、肌に優しく触れて行く。

 少しずつ明るくなって来た空が、地平線まで続く森をゆっくりと照らし始める。

「レオン……」

 不意にレオンの背中から、聞き慣れた少女の声が掛けられた。

「リューン……まだ寝てなかったのか?」

「お互い様でしょ。貴方は眠くないの?」

「ああ。妙に興奮しちまってな」

 リューンはレオンの横に来ると、膝を揃えて座り、レオンの肩にもたれかかる。

「服……着替えたんだな」

「あれは舞の為の衣装だもの。ずっと着ているのはちょっと恥ずかしいし」

 確かに今の服に比べれば、あの衣装は少々露出が多すぎるかも知れない。

「でも、本気で素敵だったぜ。リューンの踊り」

 リューンの舞を思い出し、レオンは顔を赤くして正面を向いた。鼓動が少し早くなる。

「ありがと。舞うのは久しぶりだから心配だったけど、うまく踊れてよかったわ」

「と……ところで、どうしたんだ?こんな朝早くから」

 思わずレオンの声が上ずる。リューンはくすくす笑って答えた。

「もう少し、貴方といろいろお話ししたかったの。宴の間は、貴方とゆっくり話す機会なんてなかったから」

 それはそうだ。レオンは他のエルフ達から質問責めにあわされていたのだから。

「お礼を言わなきゃね。ありがと、族長を説得してくれて」

「そんなの礼を言われる様な事じゃないさ。むしろ、礼を言わなきゃならないのは俺達の方だよ。おかげでマルガ村が襲撃されるのを回避する事ができた。君が命懸けで俺達に伝えてくれたおかげだ。ありがとう」

 レオンは人差し指で鼻の頭を掻きながら言った。

「どういたしまして。嬉しかったわ。貴方が私を信じてくれて」

 リューンは片手で長い髪をかきあげ、そよ風に流す。

 彼女の髪から、微かに心地好い花の香りが風に乗って漂ってくる。

「何だか恐いくらい。こんなに事がスムーズに運ぶと、後で何か悪い事でもおきやしないかって心配になってくるわ」

「変な心配をするんだな、リューンは」

 レオンは笑って、大きく背伸びをする。

「大丈夫だよ。一番難しかった問題が、難無くクリアできたんだ。これからだってうまくいくさ。いや……うまくいかないはずが無いさ」

 リューンは何も答えなかった。

 不意に、二人の手が触れる。

 二人はどちらからともなく、指を絡ませるように手をつないだ。

 そのまま……リューンはそっと、レオンに寄り掛かったのだった。




「見つけたよ、リューンお姉ちゃん達」

 小さな親衛隊員が、アレクに報告する。

 翌朝、無造作に掛けられた毛布の山から抜け出したアレクは、姿の見えない相棒の姿を探した。

 だが、村じゅう何処を探してもレオンの姿は見つからなかった。

 アレクはエルフの子供達にもレオンを探すのを手伝ってもらい……昼前になってやっと見つける事ができたのだ。

「どこに行ったのかと思えば、こんなところにいやがったのか」

 アレクは溜め息をついた。

「……ったく、幸せそうに……」

 まあ、今はそれでもいいだろう。

 これから始まる本当の戦いの前に、戦士達にもわずかな休息は必要だ。

「さあさ、お兄ちゃん達は疲れているみたいだから、そっとしておいて上げようね」

 子供達を連れて、アレクは丘を下りて行く。


 やっとの思いで見つけたレオンは、村はずれの大樹の下で、リューンと寄り添うように眠っていたのであった。

 その手を、しっかりとつないだまま。


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