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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

召喚で人は救われるのか?

作者: 雪屋なぎ

 ある王国の地下深くに自然に出来上がった大きな空間があった。

 そこには誰が描いたのか分からない、巨大な魔方陣がある。日の光が差し込まないので暗いが、松明を決まった場所に置くと壁にびっしりと生えた水晶が光を乱反射させて部屋を明るくする。

 上位貴族以上しか知り得ない、王国の秘密の場所。

 王国の資料室でも過去に召喚や魔王討伐の記録は無いが、巷の吟遊詩人たちがまことしやかに唄を歌う。

 悲しい物語を。

 唄の大まかな流れは、こうだ。


『世界が魔王に苦しめられ、ある国の王女は民を思って神へ祈る。地下深く水晶の輝きが満ちた時、神の国から勇者が現れ、哀れな王女の為に勇気と剣を持って魔王と戦う。

 魔王は彼の刃によって打たれるが、彼が王国へ戻る事はなかった。彼はいずこか、まだ魔物と戦っているのか、神の国へ戻ったのか……。』


 似たり寄ったりになるが、大抵この内容で占められる。

 定番のバラード。多くの吟遊詩人が酒場や祭りで歌い続けている。

 いつもの日常、いつもの平安、昨日と同じ明日が当たり前の様に来ると思っていた。

 それが崩された時、人々が恐怖に慄き、体を竦ませる。


 最初の一報は冒険者達からだった。

 いつもの様に魔物討伐、採取依頼に出掛けた彼らが顔面蒼白で村や町に戻り声高くして叫んだ。


『ま、魔王が、魔王が復活した!!』


 動きに統率の取れ始めた魔物たち。魔物の棲家には瘴気が漂い、レベルの違う魔物が闊歩する。魔物の変化、その様子が吟遊詩人の唄の一説と同じ故に人を更に混乱させた。

 長い間、人々が利用してきた魔物分布図の勢力が一変する。

 日常が覆され異常がはっきり認識されると、自然と口に『魔王』という言葉が上がり広がった。

 はるか昔に存在したと言われる『魔王』が、伝説の『魔王』が、人々を苦しめ、世界を非常事態へと導く『魔王』が蘇ったと。


 各地に常駐している王国兵士たちはみな同じ様な報告を王城へ連絡し、至急応援を請うた。このままではバラードと同じ様に、世界は魔王に苦しめられてしまう、と。

 報告を受けた王城は王とその側近達による会議を行い、唄と同じ様に決を決める。なぜなら王国の地下には古びない不思議な空間と魔方陣が存在しているのだから。


「王様、これは地下に眠る召喚の部屋を使用すべきです」

「そうだな。みなはどう思う」

「本当に召喚できるのでしょうか?」

「勇者を神の国より呼べるのでしょうか?」


 問題は勇者を呼ぶ手段が分からない。唄では王女の祈りが聞き届けられたと言う。なら王女を用意すべきだが、この国に王女がいない。

 唄を読み解き勇者を呼ぶ為に各地の学者が呼ばれ、解釈を徹夜で理論付けられた。


 その間も冒険者や旅人、村が襲われ魔物の被害が止まる事はない。

 民の悲鳴と嘆願書、学者の出す回答を待てない国の重鎮達は可能性のある手段を一つずつ試す。

 上位から下位貴族の娘たちにそれぞれ魔方陣にて祈りを捧げさせるが、反応が無い。次に教会関係者の娘が呼ばれて祈るが、これも反応が無い。次は国中の見目麗しい娘を集めさせた。そしてその中の一人を誰か貴族の養女にして正式に貴族籍にし、祈りを捧げさせたがそれでも魔方陣に反応がない。


 次の手段は、貴族の娘も教会関係者の娘も出来ない事になる。


 大きな魔方陣。その中央には禊を終えた金髪の少女が膝を曲げて立っている。真っ白い服は聖水の禊で濡れて張り付き、少女の体を露わにしていたが彼女は気にもせず、伝説の神の国にいると言う勇者を思い、祈り続ける。

 一番には家族の為にだが、村の、町の、引いては国の為に。


 魔方陣の周りを囲む祈祷師たちが各々に神への祈りを唱え、空間は異常な雰囲気を醸し出す。

 数本の松明の光だけで真っ暗な地下に光が幾重にも重なり明るい。だが、魔方陣に反応はなくただ祈祷師たちの叫びに近い祈りの言葉だけが響き、耳ざわりが良くない。この場に長く留まりたいと誰もが思わないだろう。

 万が一にも勇者が現れるのならばと王やその側近は耐えて待ちわびる。

 小一時間経つと、側近の一人が王に確認を取った。それに応えるように頷かれると軽く手を挙げ兵士たちへ連絡する。

 命令された兵士たちはトランス状態の祈祷師の背後で抜き身の剣を掲げた。


 必死の祈りの最中、祈祷師たちは剣によって胴を突き刺され地面に縫い止められる。その血が、魔方陣を赤く染めた。


 五月蝿いほど響いていた祈りの声が消え、酷く奇妙な呻きと空気音に少女は我にかえる。鼻に付く耐え難い匂いに中央で祈りを捧げていた彼女は目を開いて震えた。

 魔方陣の周りで先程まで祈り続けていた祈祷師たちの死に、驚愕し昏倒したいほどの衝撃を受ける。

 彼女の口が叫ぼうと開くが、呼吸をするので精一杯。それでも言葉を紡ごうと何度も動く。


「っぁく……ぁっ、ぁぃ……」


 周りの祈祷師たちは絶命している。もしや次は自分ではないか? 彼女は貴族でも何か高貴な生まれでもない、村に住んでいた『ただの娘』だ。


「どうした、民を思って祈れ」


 側近の一人が大きな声で彼女へ祈りを促す。その人は彼女を請け負った養父だ。先程まで五月蝿かった祈祷師たちの声が消えて静寂の中、養父の声が地下に響いた。

 彼の声に動揺も恐れも無い、ただ彼女を見る目が冷たい。言われずとも認識させられる、自身は召喚の為の道具だと。成功させなければ彼女に価値は無い。


「は、はい」


 気持ちが悪くなる血の匂いと命を失った祈祷師たちに怯えながらも彼女は必死に祈った。助けて、助けてと心の底から。


 国を憂う気持ちから彼女はここまで来た。決して二心は無く、本気で神の国へ助けを呼ぶつもりだ。

 彼女の父親は山で魔物を狩り、魔物を捌いて道具や肉にして生活をしていた。だが山に瘴気が満ち、いる筈がない高レベルの魔物の襲撃に倒れて今やベッドで生活している。

 勇者が来て魔王を倒し、日常を取り戻して欲しい。

 けれど目の前の恐怖が彼女を苛む。命の危険を感じ、祈りに集中できない。


「やはり王族ではないといけないのでは?」

「未婚の王族は今いない」

「他国から呼ぶべき」

「外交関連で問題が」

「もし成功させれば主権を取られてしまう」

「唄の最後には王女の話がないな」


 形振り構わず祈る少女の耳に、絶望したくなるような会話の流れが入ってくる。


『このままでは殺されてしまう。貴族籍の子供が祈り続けないのは、命を捧げないから? 村から呼ばれた私は、殺しても気にならない?』


 彼女の純粋だった祈りは、濁り恨み辛み嫉みが入り混じめた。そして祈りよりも疑問や怒りが彼女を支配する。


『世界やみんなを救う為に、魔王を退治する為に勇者を呼ぶのに私を殺す? 王って、貴族って何? 何の為に存在しているの?』


「祈りの数が足りないのか……まぁ、王女一人と民じゃ重きが違うか」

「人数を増やすべきやもしれません」

「仕方がない。次は十人ほど追加だ。祈祷師はいい、耳を少し休ませよう」


 兵士の一人が部屋を出て行く。新しい贄を用意する為に。


「唄で王女の生存は歌われておらん。もしや勇者と交換で現れる可能性がないか?」

「現に総大主教の娘……いや、巫女で試したが何も起きなかった」

「その時に祈祷師の命は使わなかった」

「王の娘を呼び戻されては?」

「あれはもう隣国の王妃だ。呼び戻せん」

「王子では駄目なのか?」

「精進潔斎させて祈らせてみれば?」

「あの子には無理だろう」


 王と側近達の会話に、少女はこれが国を治めている存在と知って絶望する。彼らが民に何をしてくれているのか、分からなくなると敬う気持ちさえ消えた。

 毎日汗を掻きながら必死に働く人が、なぜこうも馬鹿な存在に贅沢をさせる為に税を捧げなければならないのか? と。


「勇者は王女を哀れと思った。それは死んでいたからではないのか?」


 祈る気持ちが消え、虚しさを感じて生け贄の少女が立ち上がる。もう国を思う気持ちも、平和を祈る気持ちも無くなってしまった。ここへ辿り着くまで輝かせていた世界を救いたい清廉な気持ちが消えて、空っぽになったのだ。

 殺される。


「今度は命を捧げさせて反応を見よう」


 王と側近達の声が地下に響き、兵士の一人が血に濡れた剣を抱えて少女に近寄っていく。


『ここで殺される、もっともっと私の様な子供がたくさん殺されてしまう』


 側に立った無表情の兵士が、剣を高く掲げて振り下ろす。それをスローモーションのように感じながら、少女は諦めて地面に倒れた。

 先に倒れてしまった事で剣の切っ先が彼女を傷つける。致命傷ではないが少なくはない血が流れた。


「いっ……いひゃ、いひゃ……い……」


 あまりの痛みに体がショック状態になり、全身が痙攣したように震える。少女から怒りは消え、痛みで恐怖に涙し命を乞う。


「た、た……」


 助けて欲しい。

 少女の願いが聞き届けられたのか、それとも偶然なのか、これが召喚の方法だったのかは誰も分からない。が、再び兵士が剣を高く掲げると、魔方陣が光り輝いた。


「おお、おおおお!」


 地下にいた全員が喜び、魔方陣へ目を向ける。

 煙がまるで煙幕のように地下を覆う。そしてどこから入り込んだのか分からない突然の風が、雷と同じ轟音が、煙が魔方陣を中心に渦巻く。


「勇者様が、神の国から勇者様が現れたのだ!」


 王が、側近たちが、学者たちが、記録師たちが、兵士たちが高揚して歓喜の声を上げる。

 風と雷と煙が落ち着くと、魔方陣には一人の男性が立っていた。見目は普通だが、着ている衣類は見た事がない。まさしくこの世界の住人ではないと確認が持てた。


「勇者よ!」


 王が立ち上がると、魔方陣の中心にいる男へ声をかける。だが、彼は側にいる少女を見つめ、驚き慌てていた。


「君、大丈夫? 血が出てるけど……うわぁ……酷い」


 男は王の呼びかけを無視して側にいる少女を憂い、来ていた上着を脱ぐと血を止めようと必死だ。


「王を無視した」

「無礼な」

「だが、唄には哀れな王女とあった」

「そうだ、これがきっとそうだ」

「これで唄の通りに」


 王達の囁き合う様な密談は、男に聞こえていないようで彼女に優しく声をかけている。


「しっかりして、大丈夫?」

「ゆう……しゃ、さ……」


 少女の縋る様に伸ばされた手を受け取り、男は彼女の声に耳を傾けた。


「今こそ、魔王を倒すように言うんだ!」

「お前も望んでいただろう!」

「早く、早く言うんだ!」


 罵声が、側近たちだけでなく、学者や記録師、兵士たちさえも立場を忘れて声を上げる。

 だが、少女が口にしたのは魔王の事ではなかった。


「なぜ……私は……こんな目に?」


 息も絶え絶えに彼女が呟いたのは、己の現状についてだった。その問いに男は優しく頷くと、整理をしようと口を開く。


「なぜ彼女はこんな酷い目に合わされたのか……」

「魔王だ、魔王が現れたから」

「けれど彼女をこんな目に合わせたのは、魔王じゃないよね?」


 男の言葉に、側で召喚に驚き腰を抜かしていた兵士がビクつき、必死に答える。


「いや、魔王が現れなければ、この子はこんな目に遭わなかった」

「それも一理あるね」


 男の頷きに、兵士はホッと胸を撫で下ろす。

 考え続ける彼に、側近の一人が王へ発言を促し、王が魔方陣に近寄った。


「勇者よ、この様に魔王の所為で世界が苦しみ、みな困窮に喘いでいる。どうか、我々を助けて欲しい」

「世界が苦しんでいるの?」


 初めて男が王へ言葉を返す。


「そうだ。その娘も勇者を待ち望み、魔王を倒して欲しいとここで祈っていた」

「ほんと?」


 男が確認するように少女へ顔を向ける。けれど少女は王達が望むような動きをしなかった。苦しげに眉を顰め、歯を食いしばってそっぽを向いている。


「どうした娘、お前が私に話した時の気持ちをお伝えしろ」


 養父である側近が苛立ちながら促すが、少女はそれに応えず痛みに耐えるだけ。


「今は傷が痛んで喋れませんが、勇者様を呼ぶ為にこの様な状態になったのです」

「俺の所為って訳?」

「そうとは申しません。非常に残念なのですがそうしなければ貴方様が現れてくださらなかったのは事実です」

「……」


 沈痛な面持ちで側近の一人が項垂れる。


「それでも、世界が救われるならばとみな必死だったのです。それをお分かり頂ければ幸いなのですが……」

「俺で、世界が救われるんだ」


 待ち侘びた言葉に、少女以外全員が彼を見つめた。男がやっと勇者として動くのだ、と。


「もちろんです。貴方の力が世界を救います」

「……で、あんたらは?」

「いいえ! 勇者様を僅かながらですが、支えさせていただきます」

「支え?」

「我々は力がありません、ですが」

「そう言う事じゃなくてさ」


 男が少女の手を離し、魔方陣の側まで来ていた王達の側へ歩み寄る。対面した彼は彼らをじっくり見て笑った。


「本気を見せてよ」

「本気?」


 男の言葉に、王と側近たちが目を見合わせ困惑する。何かを試すような言葉に、意味不明な不安が彼らを覆う。


「この子は怪我をしてまで頑張ったよね、あんたらは?」

「は……」

「あんたらにそこまでの気概は無いの?」


 無礼な! 兵士の一人が怒声を放つが側近の一人が軽く手を上げ押さえさせる。


「我々とて苦しく思っている」

「うん、でもそれだけ?」

「それだけとは……」

「この子みたいに命を懸けてもいいほど憂えているかってこと」


 『命』の言葉に、兵士たちが剣を構え始めた。が、やはり側近の一人が目配せして気概を抑える。

 試すような男の言葉に、若い側近が口早に答えた。


「もちろん、世界の為にみな命をかける所存だ」

「それは全員? 本当にそう願ってる?」


 確認に王が躊躇する。なぜ、男はそんな事を聞くのだと。


「人の命を犠牲にして、平気なのかって聞いてるの」

「わ、我々とて無駄に犠牲を」

「必要だって謂われたら、差し出せる?」


 危惧した王は、間違わぬようゆっくりと静かに答えた。


「我々とて容易に差し出せるのなら差し出したい。だが、国が、人が居る。我々はみなを守り治めていかなければならない」

「ふぅん。なら、気概はあるって訳ね」

「もちろん」


 分かったと男は頷くと、にっこりと笑う。


「で、俺に何を求めるの?」

「勇者様には、魔王討伐をお願いしたい」

「討伐?」

「……その、魔王を倒して欲しいのです」


 討伐の意味を分からないのかと、みな不安な顔になる。


「どうやって?」


 にこやかに首を傾げてくる男に、王たちは戸惑いながら目でどう話すべきか戸惑う。

 殺せと言うには野蛮すぎる。魔王は悪だが、正義には相応しい言葉が必要だ。側に記録師もいる、故に言葉を言いよどむ。


「具体的に、どうする事を望んでいるの?」

「ですので……魔王を倒して欲しいのです」

「倒すって? 転ばせればオッケー?」


 何を言わせようとしているのか、側近たちも男の異様さに一歩、足を引く。だが一人の側近が一歩前に立ち、覚悟を決めて口を開いた。


「いいえ、魔王が魔物を操り、人に害を及ぼさないようにして欲しいのです」

「ここから?」

「は?」

「ここから魔王にそれをお願いすればいいの?」

「ここからって」

「魔王はどこにいるの?」


 魔王の居場所。世界のどこかにいるだろうが、どこにいるかなど誰も知らない。とうとう側近たちは黙り込んでしまった。


「魔王の所に行ってほしいの?」


 静かになってしまった側近たちに代わり、男が再度聞く。都合の良い言葉に、みな喜び何度も頷いた。


「はい、お願いします」

「みんなも」

「は?」

「みんなもそう望んでいる?」


 男が周りにいる全員へ問うように一人一人見回す。少女は息も絶え絶えに目を閉じているので、頷き返せなかった。


「心の底からみんな、魔王がいなくなって欲しいと、願ってるの?」


 怪訝な顔の男へ本気だと見せるように、みな何度も頷き返事を返す。偉そうにしているこの男が真実神の国の勇者かどうかは分からなかったが、魔方陣が動き彼が現れた。一先ずは信じて魔王の消滅を頼むしかない。彼らは笑顔で男に気に入られようとにこやかに対応する。


「なら、いいよ」

「勇者様!」


 承諾してくれた男に、みな歓喜し口々に勇者様と彼を呼ぶ。地下に喜びの声が満ちる中、一歩、男は魔方陣から外へ出て王と側近達の方を向く。


「では、始めようか」

「はい。よろしくお願いします」


 顔も体格も平凡で特に何か特記したくなるような言葉も見つからない男が、手を腰に置き偉そうに胸を張る。

 そこで数人に疑問が生まれた。彼は、本当に魔王を倒す勇者なのか? と。剣を持っていないのは、魔法でも使うから? それとも体術? だが覘く首元と腕に筋肉は見当たらない。


「最初に世界が苦しんでるって言ったよね」

「はい」


 王へ再度確認する勇者に、数人が唇をかみ締めた。侮辱を感じ、起き上がる憤りを必死に収めようと努力する。


「それは世界に聞いたの?」

「は?」

「魔王からは何か聞いてない?」

「勇者様?」


 とうとう側近の一人が切れて口角泡を飛ばして彼を叱りつけた。


「勇者よ! 神の国の方とは言え、我等が王を侮られますな!」

「……俺の王じゃないよ」

「ならばそれなりの実力を見せてもらいたい!」

「止めないか」


 王は側近の言葉で彼の言葉から受けた溜飲を下げ、度量を見せるべくにこやかに宥める。


「……なら、本人に聞くよ」

「え」


 王と対面するように、魔物が現れた。その魔物は青灰色の肌をして頭から背まで覆う毛は見事な金糸の様で美しい。だが、眼は赤く敵意に満ち、口から覘く牙はまるで鋭利な刃物だ。

 王と側近たちは恐怖に引き下がる。


「ひ、ひぃいいいい!!」

「ココハ、ドコダ……」

「へぇ、ドラゴンタイプ。カッコいいね!」


 男は魔物の容姿に驚くことなく、楽しそうに笑みを浮かべた。


「オマエハ、ダレダ」

「その前に、君の気持ちを聞きたいんだ」

「オマエハ、ダレダ」


 魔物は男の言葉を聴かず、威嚇する。


「こっちの人がさ、お前の所為で世界が苦しんでるって言うんだ」

「……ナンダ、ト?」

「俺としてはほら、両方の意見を聞かないとって思ってね」

「ワレラヲジュウリンシ、クイモノニシテイルノハ、オマエラダロウ!」


 魔物が吠えるように怒鳴ると、口から炎が漏れた。その熱が王たちを更に恐怖へ陥れる。


「クチクスルオマエラカラ、ミヲマモルタメニ、オレガウマレタ……」

「ふんふん」

「オマエラガ、ワレラヲ、セイカツノ、イシズエニ、スルノナラ、ワレラモ」

「なるほど」


 膨れ上がっていく魔物のプレッシャーに、男は平気そうに軽く頷く。


「お互い様って事だね」

「ゆ、勇者様?」


 兵士たちは戸惑った。召喚されたこの男は、味方なのか敵なのか……ただ分かるのはあの魔物を前にしても怯えることなく楽しげに振舞う姿は只者に見えない。魔王の味方になられたら? それを思うだけで鎧が音を立てるほど震えそうになる。ただ、プライドだけが彼らを奮い立たせていた。


「勇者様は、誰の、味方なのですか?」

「え? 俺?」


 側近の一人が腰を抜かしながら、必死に訊ねる。それに男は軽快に答えた。


「味方かどうかじゃなくて、ここの人の願いを叶える予定かな」

「わ、我らの!?」


 男から指で示され、王が涙ながらに歓喜する。


「ナラバ、ワレラノ、テキカ?」

「とりあえず、この国の総意らしいんだ。でも君の気持ちも分かったから安心してね」


 気軽に魔物の肩を叩く。すると、魔物が霞の様に消えた。まるで幻影であったかのように。


「よーし、魔王はいなくなった」

「え……本当に……」

「それがお前達の総意の願いだったんだろう?」

「そう……です、が」


 あまりの呆気無さにみな毒気を抜かれたように、戸惑うが男はなんでもないと言わんばかりに笑う。


「頼み事は聞かないとね」

「ありがとう、ございます……?」

「うん」


 これで脅威が去った? 誰もが納得できずにペテンではないのか、さっきの魔物は本当に魔王だったのか? 聞くには恐ろしくて口を閉じる。


「それで、次なんだけど」

「つ、次ですか?」

「これで終わりだろう?」

「はぁ、まあ」


 勇者にお願いした魔王討伐は終わった。なら次、次は?


「先ずは国に挙げて祝杯を」

「あー!!!」


 男が横たわっていた少女の側へ移動し、体を揺り動かす。けれどすでに命が尽きたのか、顔は青白く目はうっすらと開いていたが視線は定まっていなかった。


「死んじゃったか……」


 少女の死を嘆く男に、王たちは気まずく押し黙る。内心、少女が死ななくとも召喚できたのでは? あと少し待てば温厚な召喚ができたのでは? と。

 幻惑かどうか分からないが、あの魔王を呼び出し簡単に始末できた勇者の不興を買うのが恐ろしく、腫れ物のように扱うしかない。


「あの、勇者様……」

「勿体無かったな」

「は? 今、なんと」


 呟く男の声を拾った兵士は、意味を分からず耳を疑い再度訊ねる。


「ん? 勿体無かったな、って」


 顔を上げた男は、もう用済みだと言わんばかりに少女から手を引き離れた。

 見目麗しい少女が望みならば、控えの間にまだ数十人いる。金髪から黒髪、青から赤、目の色も各種揃って貴族籍に入っても遜色なく、教育さえ施せば完璧なレディへと変貌を遂げるだろう。

 少女の『死』を悼んでいる様子のない男に、みな胸を撫で下ろしつつ近づく。今は男を丁重なもてなしでご機嫌を取らなくてはならない。


「ささ、勇者様。急ぎ祝いの席を」

「そういうのいいから」

「でも感謝を」

「こういうのってお互い様だし、仕事をしただけなんだから感謝される覚えもないから」


 照れる男は、悪人には見えなかった。唄ではどこかへ行ってしまうが、ここに滞在してもらうのも悪くない。いや、外交や何か災害が遭った時に、と側近たちは笑顔の下で安堵と共に未来へ思いを浮かべた。


「いやぁ、ぼろいね。これだけの苦労で済むなんて」

「いえいえ、勇者様のお力のお陰です」

「一人分減っちゃったけど……死んだものはしょうがないもんね」


 和気藹々とした雰囲気が包まれ、明るくなった空気が一瞬で掻き消される。が、男は現れた時と代わらずにこやかな笑みを浮かべて静かに言い渡す。


「それじゃ、お約束通り皆様の魂を頂きます」

「……た、魂だと!?」


 王を庇う様に側近たちが男との間に入り、兵士たちも集まっていく。


「願ったでしょ?」

「いや、だが我々がいなくなったら民が、民が大変な事になってしまう」

「民?」

「そうだ。国は管理されなければ乱れ民が路頭に迷う」


 必死に自分の重要性と必要性を訴え、殺されないように説明する。だが男は笑顔で頷く。


「どうしても、命が必要なのか?」

「呼んだでしょ? で、俺は確認して応えた」

「まさか命が代償だとは思わなかったのだ」

「と言われてもねぇ。仕事だから」

「金や財宝ではどうにかならないのか?」

「価値がないなぁ。少なくとも俺は力使ったし願いは叶えたよ」


 だから諦めてね、と引きそうにない男に王たちが沈痛な面持ちで項垂れる。


「……多少の犠牲は仕方ない、か」

「毎度有り」

「何人必要なんだ?」

「ん?」

「我らと同等の人数か? 倍か?」


 側近だけでなく学者、記録師、兵士たちも固唾を飲んで男の言葉を待つ。


「やだなぁ、何を言ってんの」


 ケタケタと笑う男にみな戦慄に震える。ただ、笑う男が存在だけで恐ろしく怖くなった。


「この国の人間の命、全部貰うのに」

「な……」


 ひとしきり笑い終えた男は人差し指を立て、事切れた少女へ向ける。


「あの子が、なんでこんな目に遭ったの? って聞いたね」


 次に男の指は、王と側近へ向けられた。


「あの子をそんな目にしたのは、あんた等で……あんた等は魔王の所為だと」


 今度は姿を突然現した魔物が立っていた場所へ向ける。


「それでもって、魔王はあんた等が襲ってくるからしょうがないって」


 また指が王と側近の方へ戻った。


「なら原因を全てなくせば、世界は平和だよコレってね」

「な……」

「じゃ。約束は守らなきゃ、ね」


 男が人差し指だけでなく、全ての指を立てた瞬間に王や側近たちが霞の様に消えてしまう。何の怨嗟の言葉も、驚きの声を吐くことなく。


「すっげー大量のボーナス入っちゃった! ラッキィイイ。美味しい、美味しいよ、この仕事! 魔王って呼ぶには弱くて良かった良かった。でも悪魔よりも弱い魔王って……ま、こちとら魔方陣による時間制限のチートがあるからなぁ。ま、交渉勝ちってコトでオールオッケだよね」


 喜び最大に男がガッツポーズを決め込む。ステップを踏みながら魔方陣へ戻ると、少し考えて少女へ手を向ける。


「サービスすっから都合の良い解釈してくれよ?」


 記録師の書き込んでいた書物へ視線を流して消し去り、少女に向かって満面の笑みを浮かべ男が消えた。

 男が去ってから少しして、少女の目が開く。気だるい体を必死に起こし、周りを見回すが誰も生きている人が居らず、剣で裂かれ血で濡れていた彼女の体は傷一つなかった。


「だ、誰か」


 地下は水晶の光で明るく、王たちが座っていた席も記録師が使用していた台座もそのままで人だけがいない。

 地下を抜け、王城に入るも誰にも止められず、誰一人居なかった。

 禊を行った部屋へ戻ると服を着替えてから城を駆けずり回る。誰もいない王城は酷く静かで恐怖に寒気が止まらない。

 大声を出し、人を探していると城の上部にて困惑している貴族や王族に会えた。


「一体何事が」

「今度勇者を呼ぶとの事で我々はここに」


 隣国や他国の大使や王子王女だった。男は約束通りこの国の国民だけを根こそぎ奪っていったのだ。

 だが、そんな事を誰も知らない。

 少女は国家機密であろう話を口にした。


「実は、すでに我が国では勇者の召喚を行っていたのです」

「なんだと!? 公式で我らと共に公開で行う予定ではなかったのか!」


 驚きと怒りに満ちた声が彼女を責めるが、異変にみな魔王の所為ではと慄く。勇者召喚を行おうとしたから、魔王の怒りに触れ何か起きたのだと。


「いいえ、勇者様は現れました」

「今どこに」

「……私が目を覚ました時にはもう」

「貴方は? なぜそんな事を知っているのだ」


 彼女は目を閉じ、一呼吸を置いて今現在の身分を述べる。貴族籍のある側近の一人娘だと。そして、勇者を召喚したのは自身である、と。


 地下には血塗られた祈祷師たちの死体はそのままだった、だがそれは秘密裏に埋葬され、少女の話は一部の者のみしか知り得ない最高機密として隠された。

 多くの血と少女の犠牲が必要な勇者召喚。少女が無事だったのは、恐らく勇者が助けたのだろう。

 彼女は教会へ祈りを捧げる日々を選び、国は他国に分断され、それぞれに統治された。あの魔方陣がある地下は、今、教会が管理をして総本山として敬われている。


 そして、また新しいバラードが追加された。

 聖女の祈りと勇者のバラードが。



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