防御or逃走。その二択しか選べない (雅人視点)
二次元嫁のイラストがプリントされた抱き枕に頭を乗せて、俺は何度目になるかも分からない溜息を吐きだした。あれだけハマっているネトゲにログインする気にもなれず、ただ無意味に部屋の中をごろごろと転がっている。
脳裏に浮かぶのは、上月さんのことだ。
彼女はマジでなんなんだ。
美少女で明るくてオタクに忌避感なくて、料理上手でオマケに俺が好きとか、マジでなんなんだ!
特に最後のひとつ。上月さんが嘘ついてる様子はなさそうだけど、いまだに信じられない。
やっぱり、化かされているのではないか。こんな都合のいい存在が許されていいのか?
……ああもう、クソ。
目をつぶったら上月さんの顔が浮かんでくる。
上月さんの顔を思い出し、彼女の整頓された部屋を思い出す。鼻孔をくすぐるほのかな柑橘系の香り。
心臓がドクドクと早くなるのが分かる。
「ああクソ、失敗した……」
連作先なんて教えなければよかった。
心配して買いものになんてつき合わなければよかった。
早々に関わりを断っておくべきだったんだ。手遅れになるまえに。
――いや、もう、手遅れだろう。
流石に自覚した。俺は上月さんに惚れている。
というか、惚れるなという方が無理だろうが!
なんなんだよ、あの人。
美少女で明るくてオタクに忌避感なくて、料理上手でオマケに俺が好きとか、マジでなんなんだ!
思考がループするけど、やっぱり思わずにはいられない。もはや存在が脅威だ。
そんな脅威に迫られて、恋愛守備力底辺の俺が惚れずにいられるわけがない。
俺のハートは紙装甲だぞ、ぺらっぺらだ! 悪いか! これでも頑張ったんだ!
必死で警戒して、選択肢も逃げると防御の二択だったはずなのに、惚れてしまった。
いくら防御しようとも、上月さんの攻撃に俺の紙装甲が耐えきれるはずが無かったし、逃げようとしたら回り込まれてしまっていた。上月さんからは逃げられない。大魔王か!
俺みたいな人間に告白してくる変な人。理解できない宇宙人。
そんな風に思っていた。
だけど、上月さんの事情を聞いてしまったのが不味かった。
上月さんにだって人生があって、色々と悩みを抱えたり乗り越えたりしている。
上月さんは、宇宙人じゃなく普通の女の子だった。
そう意識してしまえば、あとはもう、転がるだけだ。
キモオタが美少女に惚れるとか、マジ絶望すぎる――はずなんだけど。
問題は、ナゼか上月さんも俺が好きだと公言していることなんだよな。
つまり、両思いだ。
両思いということは、俺が気持ちを告白すれば、おおおお、お付き合いできるということだ。
お付き合い。恋人。カップル。
未知の領域すぎて怖い。
街で手を繋ぐ男女を見かけては、リア充爆発しろと、呪いをかけていた俺がお付き合い?
しかも、相手があの上月さんだぞ! ありえんだろう!
無理無理無理無理キャパシティーオーバー。脳がヒートする。
「マジ、どうすりゃいいんだ……」
恋愛経験? そんなもん、あるわけない。
両思いなのだから、俺が上月さんに気持ちを打ち明ければ上手くまとまるのかもしれないけど……。
俺は自分の身体を見下ろす。
太って締りの無い、脂肪だらけの弛んだ身体だ。
顔だって、どうしようもないくらいの不細工だ。赤点どころか零点だ。
鏡を見るのが苦痛になるようなこの顔面で、モジモジしながら上月さんに告白するのか?
――無理だ。やっぱり、どう考えても釣り合わない。
上月さんは気にしないだろう。あの人は、色々と特殊だ。俺の顔を好みだとか言ってしまえる、ぶっとんだ感性の持ち主だ。
だけど、周囲はどう思う?
上月さんの隣に、俺みたいなキモデブが並んで歩くことを、不快に思わないヤツなんていないだろう。
ただでさえ目立つのが嫌いない俺が、そんな視線に耐えられるのか?
誰かに上月さんに相応しくないと言われて、そんなことはない、俺は上月さんに相応しい彼氏だ。なんて胸を張って言えるのか?
「どう考えても無理だろう……」
俺は溜息を吐きだした。
胸が苦しい。鉛を飲み込んだみたいに、鳩尾の辺りがズシリと重い。
俺は自分が嫌いだ。大嫌いだ。
たとえ誰が許しても、周囲の目が無かったとしても、上月さんが俺みたいな人間と付き合うなんて、俺が許せない。ネガティブで自信が無くて、物事から逃げることしかできない野郎なんて、一人でいるのがお似合いだ。
手を伸ばせば、手に入るのだとしても。
逃げ癖が性根にこびりついている俺には、手を伸ばすという勇気すら無い。
俺が気持ちを自覚してから、二週間ほど時間が過ぎた。
俺の言った言葉を守ってか、上月さんは学校ではまったく接触してこない。
だけどもメールは毎日届くし、最近では一緒にネトゲをやったりしている。
大丈夫なのかと怪しんでしたのだが、上月さんは本当にネトゲを始めてしまった。
彼女の行動力は凄いと思う。
どうせ楽しめずにすぐに飽きるだろうと思っていたのだけど、意外と楽しそうにゲームをしているのだから侮れない。チャットの文字を打つのが遅くて会話が数テンポ遅れていたり、ネット用語が分からずにズレた言動を繰り返しているが、それでも楽しんでいるようでなによりだ。
そんな感じて、俺は結局、つかず離れずの距離を保ったまま上月さんと接している。
距離をつめる勇気はなく、かといって関係を断ち切るのも嫌で、現状維持に逃げていた。
「そういえば、彼女と進展はあったんですか?」
微分積分学の講義の後、隣に座っていた長戸圭が、突然俺にそんな話をふってきた。
圭は眼鏡敬語キャラを自称する変わったヤツだが、なんだかんだで気が合う友人だ。
「彼女って誰だよ?」
「ほら、上月玲奈さんですよ。雅人に告白してきた、かの有名な勇者嬢です」
圭に上月さんのことを聞かれて、俺は眉根を寄せた。
上月さんに関しては、一時、色々な噂が流れた。俺が無理やり上月さんに迫ったとか、事実と異なるものばかりだったけど、事実を言ったところで信じてもらえるはずがないので、訂正するのも嫌になった噂だ。
上月さんが学内での接触を自制してくれるようになったので、その噂は時間とともに消えていった。おそらくは、俺がフラれたのだろうという推測で落ち着いたのだと思う。
だというのに、どうして今更、圭は俺にそんなことを聞いてくるのだろうか。
「別に、進展も何も無いけど。……なんで?」
「だって、二人で仲良くネトゲしてるんですよね? もしつき合うことになったら、隠さずに教えて下さいね」
「ブッ!」
圭の言葉に俺は飲んでいた麦茶を吹きだした。タラコ唇を震わせながら、圭のシルバーフレーム眼鏡を見つめる。
「なぜ、お前がそれを知っている」
「だって僕、上月さんとよく連絡取り合ってますから」
「は?」
え、なにそれ、いつの間に?
いつの間に連絡先なんか交換した?というか、面識も無かったはずだよな。
サァっと頭から血が下がっていくような気がした。
上月さん、まさか、圭にもモーションかけてたりするのか? いや、圭は確かに俺よりずっとイケメンだし良い奴だけど。工学部だったら誰でもいいとか?
「おーい、雅人、もしもし?」
「え……いや、ちょっと思考が追いつかなくて。どういうこと? なんで圭が上月さんと連絡取りあってんの?」
微かに声を震わせて尋ねた俺を、圭は玩具でも見つけたような、ニヤついた笑顔で見つめる。
「いえ、上月さんに突然連絡先を聞かれまして。なかなか積極的ですよね、彼女」
え、マジなんなの? 連絡先聞かれたって、どういう状況で?
積極的って、確かに上月さんは物凄く積極的女子だけど、なんでソレを圭が知ってるんだよ。
俺がタラコをプルプルさせながら悶々としていると、耐えきれないという様子で圭が笑いだした。
「ブハッ! ごめん、ちょっとからかっただけですよ。大丈夫。別に上月さん迫られただとか、そういうんじゃないから安心して下さい」
「べ、べべべ、べつに心配とかしてないし!」
「説得力無いですよ。というか、そうですか。まったく脈が無い訳じゃなくて良かったですね、上月さんも」
「な、な、何を言ってるんだよ、お前は!」
からかわれたのだと分かって、顔が赤くなる。この、似非敬語眼鏡め。腹の立つヤツだ。
「というか、なんで圭が上月さんの連絡先知ってるんだよ」
「大したことありませんよ。雅人の情報提供して欲しいって頼まれて、教えてあげただけです。連絡先も、その流れで交換しました」
「いつの間に……」
上月さんが圭の連絡先を知ったのが、俺絡みと分かって安心しつつ、俺は成程と頷いた。
おかしいと思ったんだよな。突然、上月さんがネトゲを……それも、俺がハマっているヤツをやりたいなんて言いだすなんてさ。友達に薦められて、なんて言っていたけど、その友達と一緒にゲームをやってる様子も無かったし。
俺がネトゲやってることを聞いたから、彼女もやりたがったのか。
しかも、あんな高いパソコンを購入してまで。
「雅人、顔がニヤついてますよ」
「……うっさい」
圭に指摘されて、俺は誤魔化すように腕で顔を拭った。
少し前なら、コソコソと探られたことを不快に思ったかもしれないけれど、今はまったく嫌な気がしない。
嫌な気がしないどころか、興味を持たれていることを、嬉しく思ったりもする。
我ながら、自分の変化が嫌になる。
「その様子じゃあ、つき合い始めるのも秒読みですか?」
「……いや、それはない」
からかう様に尋ねられて、俺はスッと表情を消した。
俺の様子に何か感じるところがあったのか、圭が不審そうに眉を寄せる。
「どうして。今の感じじゃあ、雅人も彼女に好意を持ってるように見えましたけど?」
「だとしても。俺と彼女じゃあ、釣り合わないだろ」
「まあ、くちさがない噂は色々と流れるでしょうけど。関係ありますか? 周りが何と言おうとも、当人同士が良ければそれでいいと思いますけど」
圭の言葉は至極もっともだ。だけど、周囲の目を気にしないなんて、俺には無理だ。
容姿がコンプレックスで、いつだって周囲に笑われているような気がして、不安になる。
そのくせ、容姿を改善しようと努力することさえ放棄した。こんな不細工が必死に取り繕う様は、余計に滑稽で馬鹿らしいと思って、欲望のままに太るのも放置していた。
どうせ顔が終わっているのだから、努力したところで意味が無い。
せめて、高望みせず、目立たず、地味に、世間の邪魔にならなようひっそり生きよう。
そんな風に思っていた俺に、上月さんの隣は眩し過ぎる。
上月さんに思ってもらえるなんて幸運に巡りえただけで、もう十分だ。
「たとえ両想いになれても、やっぱり上月さんは俺には分不相応だよ」
ちりちりと胸の奥に燻る思いはあるけれども、諦め癖が染みついている俺は、自分にそう言い聞かせるのだった。




