デートではない。買い物だ。(雅人視点)
……やってしまった。
俺は携帯を放り投げると、畳に重たい身体を投げ出した。
上月さんと一緒にパソコンを買いに行く約束をしてしまった。
上月さんのあまりの不慣れな様子についついお節介な気になって、後先考えずに気が付いたらポロリと誘うような言葉を口に出してしまっていたのだ。
「二人で買いものとか……どうするよ」
上月さんと二人で街を歩くの? 俺が? 逮捕されない?
いやまあ、流石にただ歩いているだけで逮捕はされないだろうけど、周囲の視線は痛いだろうな。
というか、どうして俺は上月さんを誘ってしまったんだ。
携帯アドレスを交換したことといい、流されまくっている。
早々に上月さんとの交流を断ち切るつもりだったのに、ズブズブと深みにはまっている気がする。
告白を断って、それで関わりを断とうと思ったのに。
どう考えても俺と上月さんなんて釣り合わないだろう。そんなの、よく分かってるというのに。
「なんで、ちょっとばかり、楽しみだとか思うんだよ」
連作先だって、教えないこともできた。
メッセージだって無視すれば良いし、電話だって出ないこともできる。
なのに結局は上月さんに押し負けて、なんだかんだと相手をしてしまっている。
それを嫌だと思うどころか、楽しみだと思ってしまうなんて……自分の変化に色々と焦る。
俺と上月さんは釣り合わない。
大丈夫、それはちゃんと自覚してる。こうやって上月さんが俺を構うのも、一時の気の迷いか何かだ。
ちゃんと自覚してる。だから、俺はまだ大丈夫だ。
「あー……でも、どんな服着ていけば良いんだよ」
お洒落なんてものには縁遠い。というか、キモデブがお洒落とか輪をかけてキモいだけだろう。
いつも着ているようなヨレヨレのTシャツで行くのもなんとなく違う気がするが、だからといって気合い入れた服装とかしていって、何勘違いしてんだよ、デブ。とか思われたら最悪だし。
うん、別にデートじゃないし。普段通りで良いだろう。
上月さんの買いものにつき合うだけだし。別にデートじゃないし。
二人で出掛けるといっても、デートじゃないからな。勘違いなんてしてないし。
デートじゃないけど、上月さんと並んで歩くんだよなぁ……。
―――― とりあえず、ユニクロ行こう。
そんなこんなで、迎えた土曜日。
新品の服のタグを切り忘れてないかとか、変な所はないかとか、なんとなく落ち着かなくて服を三度着替えたりして、気づけば家を出る時間になっていた。
鏡に映るのはいつも通りのキモデブだ。やはり、何を着てもデブはデブだし、不細工は不細工だ。
何も気にすることはない。今日はただ、買いものにつき合うだけである。
パソコンを買うということなので、向かう先は秋葉原だ。
正直、上月さんとアキバを歩くというのは色々と居たたまれない気持ちになるのだけど、まあ、仕方がない。ディープなオタク的ショップには、なるだけ近づかないで歩こう。
待ち合わせ10分前に到着したというのに、上月さんは待ち合わせ場所に既に居た。
ナンパとかにあってたらどうしようかと思ったけれど、場所がアキバだからか、そう言うこともなかった。どちらかというと、オタクっぽい野郎は上月さんを遠巻きにしている。
気持ち分かります。声かける勇気なんかないですよね。
今日の上月さんはひときわ可愛い。短すぎるわけじゃないけど、ちょっと短めのスカートに、ブーツがよく似合っている。絶妙なスカート丈である。
どう声をかけるか戸惑っていたら、上月さんに気づかれてしまった。
「雅人くん!」
目があった瞬間、上月さんは花が咲いたような笑顔で俺のところまで駆けてくる。
嬉しくてたまらないと言わんばかりの表情が、めちゃくちゃ可愛い。
周りに居たやつらが、上月さんに名前を呼ばれた俺を見て、ぎょっとしたような顔をしていた。
待ち合わせ相手がキモデブですみません。
「上月さん、早いね」
「雅人くんに会えるのが楽しみで、早くついちゃいました」
この人は、なんで恥ずかしげもなくこういう台詞を言えるのだろう。慣れているのか? リア充の余裕か?
あざとい感じだとイラっとするだけで済むのに、普通に可愛いから困る。
「今日は来てくれてありがとうございます。私一人で選べる気がしなかったので、とても助かります」
「……別に、暇だったし」
相変わらず、気の利いた台詞一つも言えない自分が嫌になる。どうしてこういう斜に構えた返答しかできないのだろうか。ブサメンのツンデレとか誰得だよ。
上月さんと並んで、パソコンショップへと向かう。
道行く人の視線が気になる。まず上月さんに見惚れて、隣を歩く俺をみて驚いた顔をするのだ。まあ、そういう反応になるよなあ。
上月さんは相変わらず周囲を見ていない。というか、熱のこもった視線で俺を見てくる。
色々と困るので、できればそんなに見ないでほしい。
「秋葉原ってあまり来ることないんですけど、面白いですねぇ」
上月さんは客引きのメイドを興味深そうな目で見ていた。
萌え絵の描かれた看板にも、メイド服にも、嫌悪的な反応が無いことに少しほっとする。
ネットゲームをやりたいと言うくらいだし、そういう文化を毛嫌いしているわけではないのだろう。
「上月さんて、こういうの大丈夫なの?」
「こういうのって?」
「その、オタク的なもの」
問いかけると、上月さんはうーんと首を傾げた。
「あんまりアニメとか見ませんけど、別に嫌いじゃないですよ? あ、ファンタジーには興味あります」
「ファンタジー?」
「はい。私、前世魔法使いだったので」
厨二病的な発言に驚く。上月さんって、そういう冗談も言えるのか。意外だ。
「そう。俺は今生、魔法使いになりそうだよ」
とりあえずネットスラングで冗談を返すと、意味が通じなかったのか上月さんは首を傾げた。
そんな雑談を交えながら歩くと、すぐに目的のショップに辿りつく。
「うわぁ、パソコンがいっぱい」
路面にはみ出すように並べられた商品を、上月さんは物珍しそうに眺めている。
近くにあったワゴンから、商品をひょいと持ち上げて、きょとんと首を傾げてみせた。
「これとか、何につかうものかまったく分かりません」
「それは外付けHDD。データが保存できる」
「へぇ。なんだかケーブルとか、周辺機器だけで山ほど種類がありますね」
「自作パーツとかも置いてるから多く見えるんだと思う」
「自作? パソコンって自作できるんですか?」
「普通に出来るよ。っていうか、俺のも自作だし」
ボソリと言うと、なんだか尊敬するような目で見つめられた。
いや、別に凄いことじゃないから! ネットとかで調べれば誰でも作れるから!
無駄に俺を持ち上げる上月さんの言葉に居心地の悪さを感じながら、既製品の販売コーナーへと向かう。
上月さんから予算を聞いて、その範囲内でなるだけ性能が良いものを選んだ。
希望を聞いても、どんなものが良いか分からないから任せるとのことだったので、機能重視のタワー型パソコンになってしまった。ディスプレイも24型。そこそこ大きいヤツである。
思った以上の予算だったので、ついつい欲張ってススメてしまったが、上月さんにはオーバースペックな気がしないでもない。
調子に乗ったせいで、購入したパソコンは重いしデカイ。
上月さんにはノートパソコンとかの方が良かったんじゃね? とか思ったが、後の祭りだ。
会計が終わると、上月さんは当然のようにその大荷物を両手で抱えようとした。
いや、待て待て待て!
「俺が持つから!」
俺は慌てて上月さんから荷物をひったくった。流石パソコン。なかなかの重量がある。
というか、上月さんの細腕でこれ抱えて歩けないだろ。
よいしょと荷物を抱えると、上月さんが焦った顔をした。
「そんな、悪いですよ!自分で持ちますから!」
「いや、上月さんがこれ持つの無理だろ」
「大丈夫です!私、これでも力持ちなんですよ?」
「だとしても。上月さんに荷物持たせて、横を手ぶらで歩くとか無理」
周囲の視線が痛いどころじゃないぞ。なにその拷問。
上月さんが申し訳なさそうな顔であわあわしているが、なんと言われても譲る気はない。
流石にこんな大きな荷物を抱えてうろうろ出来ないので、買いものが終わるとすぐさま駅に向かった。
そしてその流れで、俺は上月さんの家に行くことになってしまった。
不可抗力だ。
流石にこんな重いものを、途中ではいっと渡すわけにはいかない。
そうなると当然、家まで運ぶというのは、自然な流れなのだけど。
電車に並んで座りながら、俺はダラダラと汗を流した。
上月さんの家にお邪魔するとか……マジか。この展開は考えてなかった。
俺が落ち着かない様子で指で膝を叩いていると、大学近くの駅に電車が止まった。
「この駅です」
上月さんに促されるまま電車を降りて道を歩く。緊張で歩幅がせまくなる。
女の子の家に行くとか、俺の人生で起こり得ないイベントだったはずだ。
いや、それを言うなら上月さんに告白されるとかいう、ぶっちぎりでありえないイベントを既に体験しているわけだけど、だからといって耐性なんてついているはずもないし。
とにかく逃げ出したい。けど、両手に持った荷物を投げ出すわけにもいかない。
行くのが嫌というわけではないんだが。
嫌ではないんだけど、緊張するというか、とにかく胃が痛い。
「あ、ここです」
そういって上月さんが立ち止まったのは、単身者向けの小さなマンションだった。
「……上月さんって、一人暮らし?」
「はい。地方から上京してきましたから」
「あ、そうなんだ」
ということは、部屋に二人きりですか。
いや、下手に両親とかに会うよりはずっとマシだけどさ!
「ちょっと散らかっていて恥ずかしいですけど」
そういってはにかむ上月さんの顔を見て、俺の胃がシクリと痛んだ。
まじで、なんなの、このシュチュエーション。