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お友達からはじめませんか? (怜奈視点)



「…………」

「玲奈、玲奈ってば」

「…………………」

「おーい、生きてる?」


私、ただいま、商業科の講義室で干からびています。

美穂ちゃんが声をかけてくれているのは分かりますが、返答する気力も湧いてきません。

はぁ、このまま砂になって消えてしまいたいです。


「玲奈ってばー、どうしたのよ?」


私の肩をゆする美穂ちゃんを見つけて、永吉くんが不思議そうな顔で近づいてきました。


「上月さんがどうかしたの?」

「あー、なんか、今日は朝からこうなのよね。なにやっても反応無し」


美穂ちゃんと永吉くんの声が遠いです。

頭の中ではぐるぐると、雅人くんの拒絶の言葉が木霊しています。

はぁ。見事にフられてしまいました。ヘコみます。

彼女いらないってことは、他につき合っている人がいるとか、彼女がいるってことじゃないんでしょう。

好きな人も彼女もいないけど、私とは付き合いたくないってことですよねー。

断ったあとの、雅人くんの気遣うような目が忘れられません。


「はぁ」

「また溜息。これで何回目よ?」

「これはアレか。落ち込んでいる上月さんを俺が慰めるという絶好のチャンスの予感……っ!?」


永吉くんが拳を握りしめてそう呟き、そっと私の肩に手を置きました。

そして、私の顔を覗き込んで甘く囁きます。


「上月さん。悩みがあるならいつだって相談して。俺でよければいつでも胸を貸すから」


その言葉に私はちょっと顔をあげて、永吉くんの整っていると言われる顔をじっと見ました。

優しい言葉をかけられているというのに、ちっとも胸がときめきません。

やはり顔、なのでしょうか。

これが雅人くんの言葉だったらなぁ。と想像してから、空しくなってまた溜息を吐きだしました。


「永吉くんの胸は要りません」

「!?」

「それよりも美穂ちゃん。ちょっと相談に乗ってもらえませんか?」

「もちろん良いとも」


信じられない!という顔で硬直する永吉くんの横で、美穂ちゃんがまかせろと言わんばかりに胸をトンと叩きました。

あまり聞かれたい話では無いので、硬直する永吉くんを置いて、校舎2階の隅にあるベンチへと美穂ちゃんと二人で移動します。

近くの自販機でジュースを購入し、並んでベンチに腰かけると、おもむろに美穂ちゃんが切り出しました。


「それで、いったい何があったの?」


心配してくれる美穂ちゃんに、私は今朝起こったことを話しました。

美穂ちゃんは私の話を聞き終わると、呆気にとられた顔をします。


「告白してフられたって……ちょっと、頭が追いつかないんだけど。あんた、昨日好きな人が出来たとか言ってなかった?」

「そうですよ。一昨日ひと目惚れして、昨日美穂ちゃんに話して、今日告白してフられたんです」

「展開早っ! ツッコミ所しかないんだけど。あんた、見かけによらず行動派だったのね」

「だって! 雅人くんを前にして、あふれ出るこの思いを口に出さずにはいられませんっ!」


私がぐっと拳を握りしめると、美穂ちゃんは呆れたようなジト目で私を見ました。


「はいはい。玲奈の残念さは十分理解した。それで、具体的に何の相談なの?」

「雅人くんを諦められません。どうしたらいいでしょうか?」


私の必死な問いかけに、美穂ちゃんはふむ、と小さく唸って言った。


「ちなみに、玲奈は何が駄目だったと思ってる?」

「……やっぱり、私が好みじゃなかったのかな、と」

「それは可能性として低いんじゃない? ごく普通の感性を持っていて、容姿を理由に玲奈を恋愛対象外にする奴は少ないと思うわよ」

「そうでしょうか?」


主観では、私の顔は気持ち悪いと思っています。客観的にみると可愛いらしいですが、人の好みは千差万別ですからね。

雅人くんが、私のように歪んだ感性の持ち主ではないと言いきることはできません。


「その彼が特殊な嗜好の持ち主で無い限り、顔がアウトって可能性は低いわよ。というか、玲奈の場合、他に問題にすべき点が多すぎるでしょうに」

「他に問題にすべき点、ですか?」

「分からない? 私がその彼の立場でも、告白されたら断るけどね」


美穂ちゃんの言いたいことが分からずに目を瞬くと、美穂ちゃんは大きくため息を吐きだしました。


「聞くけどさ。玲奈はその彼のどこに惚れたの?」

「私の理想のど真ん中な男性でした。主に顔です」

「正直でよろしい。そこで質問だ。よく知らない男に、顔が好きです。と告白されたら、玲奈ならどうする?」

「断りますね」


今まで、そういうパターンはよくありました。

ナンパされたりだとか、ひとめ惚れしましたとか……主に好みじゃない人からですけど。


「つまり、そういうことよ。よく知りもしない人間から告白されても……まあ、中にはOKする人もいるけど、断る場合が多いってこと」

「でも、もし雅人くんが告白してくれるなら、私は初対面でもOKしますよ?」

「相手がどんな人間かも分からないのに? 最悪な奴だったらどうするのよ」

「んー…でも、多少性格が悪くても、雅人くんなら愛せます」


私がきっぱり言い切ると、美穂ちゃんは珍獣でも見るような目をします。


「あんたが筋金入りのメンクイだって噂、本当だったのね。というか、玲奈がそこまで言い切るって、そんなに格好良いの?」

「格好良いです! あ……でも、私の主観ですからね。世間一般的に格好良いとは言えませんけど」

「ふぅん? まあでも、玲奈はその彼の見た目に惚れたワケでしょう? だったら、似たような見た目の人だったら、彼じゃなくても良いわけだ」


思いがけない美穂ちゃんの言葉に、私の思考は一瞬停止しました。

似たような見た目であれば、雅人くんじゃなくても良い?

そう、なのでしょうか

確かに、外見に惚れたということは、そういうことです。

だけど、今の私には雅人くん以外の男性は考えられません。

雅人くんそっくりな容姿の人が現れて、私のことを好きだと言ってくれても、やっぱり雅人くんのことが気になる気がします。

それは、どうして?


「雅人くんじゃなきゃ嫌です。確かに好きになったきっかけは容姿ですし、私は雅人くんのことをよく知りません。だけど、容姿が理想であれば他の人でも良いとは思えないんです」


きっかけは確かに外見ですし、中身に惚れたといえるほど雅人くんのことをよく知りません。

なのに、どうして雅人くんじゃなきゃ嫌だと思うのでしょうか。

脳裏に過ったのは、告白を断った時の雅人君の苦しそうな目でした。

思えば、告白を断ったのは雅人君なのに、どうしてあんな目をしていたのでしょう。

私は、雅人くんのことをなにも知りません。それが、なんだか悲しくなりました。


「その言葉を聞いて安心したよ」


美穂ちゃんは、迷う私に向かってにっこりとほほ笑みました。


「本当に顔だけが好きだっていうなら、もう諦めなって言うんだけどね。そうじゃないっていうなら、もうちょっと頑張ってみたら? 永吉を見なよ。フられたからって、それで絶対にあきらめなきゃいけないってワケじゃあないんだ」

「永吉くんって、諦めたんじゃないんですか?」


私の言葉に美穂ちゃんは苦笑します。


「どう見ても諦めちゃいないでしょ。アイツも報われないね。本当に眼中にないんだからさ」

「私は、雅人くん一筋ですから」

「うーん。やっぱりあれか。同種っていうのは結ばれないもんなんだろうね」

「同種って、私と永吉くんが? どの辺りが同種なんですか」


似ている点が思い浮かばずに首を傾げると、美穂ちゃんはピンと人差し指を立てながら言いました。


「見た目は美形だけど、中身は残念」

「…………」


私、永吉くんと同レベルに残念なのでしょうか。ちょっとヘコみます。







最後にちょっと余計なひと言もありましたが、美穂ちゃんに相談にのってもらって、私の気分も浮上しました。

フられたからといって、諦めなければならないわけじゃない。そう思うと、心が軽くなります。

それに、私が駄目だった点も見えてきました。

よく知りもしない人に告白されて、OKするひとは少ない。美穂ちゃんの言うとおりです。

雅人くんの素敵さに舞い上がって、すぐさま告白してしまった事が悔やまれます。もう少し冷静になって、雅人くんに私がどういう人間かを知ってもらってから告白すべきだったのです。


なので、私は新たな計画を立てました。

恋人が駄目なら、お友達。よくある、お友達から始めましょう!というやつを実行するのです。


決意を新たにした私は、講義が終わったあと、またしても工業科の入り口で雅人くんを待ち伏せしました。

待つことおよそ20分。

どことなく沈んだ様子で工業科棟から出てきた雅人くんは、佇む私を見つけて目を見開きました。


「なぜ居る!?」

「こんにちは、雅人くん」


私が笑顔を浮かべて雅人くんに駆け寄ると、雅人くんは警戒したように、ざざっと後ろに下がりました。


「え、ちょ、意味分かんないんですけど。俺、今朝、告白を断ったよな?」

「断られましたね」

「なぜ居る!?」


よほど私がここに居るのが意外だったのでしょう。雅人くんは同じ言葉を繰り返します。

確かに、告白を断った女が、半日もたたずに復活して自分の目の前に現れたら驚くでしょう。

我ながら、こりないというか、しつこい自覚はあります。


「告白を断られたので、とりあえず、恋人になることは諦めました」

「お、おぅ」

「なので、友達になりませんか?」

「どうしてそうなった」


雅人くんは頭を抱えて、理解できない物を見る目を私に向けます。


「だって、ほら、よく言うじゃないですか。お友達から始めませんか?って」

「いやそれって、いずれは恋人になるための言い訳みたいなものだから。というか、それ、告白された側の台詞だからな!? 告白した側が言う台詞じゃないから!」

「え、そうなんですか?」


雅人くんの言葉に私はショックを受けました。

なんということでしょう。よもや、お友達になることすら出来ないなんて!


「……お友達から、始まりませんか?」

「始まらないから」

「どうしてもですか?」


私が必死に食い下がると、雅人くんは大きく息を吐きだしました。


「上月さん、諦め悪いな」

「だって、失敗したなって思ったんです。私、雅人くんのことをよく知らないし、私のことも全然知ってもらえないまま告白して断られて。このまま、縁が切れてしまうのは嫌だったんです。もっと雅人くんのことを知りたいんです」


私が切実に訴えると、雅人くんは困った顔をした。


「俺は、上月さんに興味を持ってもらえるような奴じゃないけど」

「そんなことはありません。興味めちゃくちゃあります! 好きなタイプから枕カバーの色まで知りたいです!」

「枕カバーの色を知ってどうする!? というか、俺の枕には興味持たないで下さい。割とマジに」

「全てを知りたいという単なる比喩です。その反応は枕になにか秘密があるんですか?」

「ノーコメントだ!」


何故か枕カバーに過剰反応を示した雅人くんは、そう叫んだあと大きく息を吐きだした。

それからじっと私の顔を見て、どことなく苦しそうな顔で呟いた。


「俺は、関わりたくないって思ってるんだけど」

「それでも、私は関わりたいんです。……迷惑ですか?」

「…………迷惑だよ」


拒絶する言葉と共に、ふいっと雅人くんは私から顔を逸らします。

雅人くんに拒絶されると、胸のあたりがチクリと痛みます。

だけど、私は自分の胸の痛みに構っていられませんでした。

だって、私から顔を逸らした雅人くんの方が、ずっと辛そうな顔をしていたのですから。

そんな顔で拒否されても、諦められるわけありません。


「詳細に教えて下さい。どのあたりが迷惑でしょうか?」

「は? え、なにその質問」

「私は雅人くんと関わりたいと思っていますけど、できるだけ迷惑にはなりたくないと思うので、雅人くんの迷惑にならない範囲で関わり合いになりたいのです。でも、具体的に何が迷惑になるのか思い浮かばなかったので、ご本人である雅人くんにお聞きしたいのです」

「え? え?」


たたみみかけるように問いかけると、雅人くんは目を白黒させます。

とりあえず何か返答しなければと思ったのか、ぼそりと小さい声で返答をくれます。


「好きとか言われてもワケわかんないし……あと、待ち伏せとか……やめて欲しい」


好きというのも迷惑に入るのですね。あと、待ち伏せも駄目と。

うーん、難しいですね。あ、そうだ!


「分かりました。だったら、連絡先を交換しましょう!」

「どうしてそうなった」

「だって、連絡方法が分からなければ、待ち伏せするしかないじゃないですか。でも、それは迷惑なんですよね?」


当然のように私が言うと、雅人くんは困惑した顔をします。


「え、いやそれ、違うくない? 変だろう」

「変じゃないですよ」

「いや、絶対おかしいって。俺に関わらなきゃいいだけだろ?」

「それは私が嫌です」


きっぱりと言い切ると、雅人くんは頭を抱えてその場にしゃがみこみました。

雅人くんが戸惑っている間に、私はハンドバックからスマートフォンを取り出しました。


「これ、私の連絡先です」


にっこり笑って差し出したスマホ画面を、雅人くんは得体のしれない物体をみるような目で睨みます。


「……これ、連絡先を交換する流れ?」

「はい。雅人くんも携帯、出して下さい」

「…………」

「連絡先を教えて頂けないのであれば、また、今日みたいに待たせてもらいます」


私がそう言うと、雅人くんは物凄く不本意そうにスマートフォンを取り出しました。

しぶしぶではあるものの、連絡先を交換することを拒否されなかったことで、私は思わず笑顔になります。


「……待ち伏せされたら、困るから」


そう言いわけのように呟いて、雅人くんがスマホを弄ると一件の連絡先が登録されました。

無機質な番号の羅列を見て、顔がにやけるのを抑えられません。


「ありがとうございます!」

「っ、お礼を言われるようなことじゃないし」

「いいえ、嬉しいのでお礼を言わせて下さい」


連絡先を交換する。これって、お友達に一歩前進ですよね!

私がスマホを抱き締めてニマニマしていると、雅人くんは顔を真っ赤にして吐き捨てるように言いました。


「もう、用件は済んだだろ? 俺は帰るからな」

「あ、どうせなら一緒に帰りませんか?」

「断る!」


雅人くんは冷たくそう吐き捨てると、赤い顔のまま、逃げるように走り去ってしまいました。


お友達への道はまだ遠そうです。

だけど、雅人くんの番号が並ぶディスプレイは、私の心をあっためてくれるのでした。

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