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状況が理解できない件 (雅人視点)

突然だが、俺は漫画が好きだ。ラノベが好きだ。エロゲが好きだ。

冴えない主人公が美少女に追いかけられるハーレム物とか、大好物だ。

空から女の子が降ってこないか妄想したこともある。

だけど、俺はもう19歳だ。厨二病はとっくに卒業しているし、現実を嫌というほど思い知っている。

女の子は降ってこないし、顔面崩壊したキモデブに彼女ができるはずがない。

俺はたぶん、生涯独身だろう。

いいんだ。俺の嫁は二次元にいる。画面から出られないのが玉に傷だが、俺をキモイと罵ることもない素敵な彼女だ。

俺はそれで満足だ。

リアル嫁なんて必要ない。そう言い聞かせていたというのに……。


この状況はなんだってんだ?






ひっきりなしに俺の携帯が音を鳴らしている。

工学科の友人達からのメッセージ攻撃である。

内容は誰からもほぼ同じ。

上月玲奈とどうなった? どういう関係なんだ? といった野次馬根性丸出しの内容である。

上月玲奈とどういう関係か、だって?

そんなもの俺が聞きたいよ! マジで何がどうなってんだ!!



上月玲奈の姿を思い浮かべて、俺は自室の布団にダイブした。

くりっとした大きな目に、優しげな眉。白くてすべすべした肌に、ピンク色の愛らしい唇。

背はそれほど高くなく、全体的にスマートだけど、肉が必要な場所にはきっちりとついている。

噂には聞いていたが、生で見ると想像以上の愛らしさだった。

そんな美少女とキモデブの俺が、何故か一緒に下校することになった。

数メートル距離を開けてとか、俺が後ろからコソコソ追いかけたとかそういうのじゃなくて、文字通り、隣に並んで道を歩いた。

それだけでも奇跡だっていうのに、あろうことか彼女は俺とお、お付き合いしたいとか言いだして、挙句の果てにキキキキキ、キスまでしたのだ!


やばい。思い出しただけで汗が噴き出る。

照れるというよりも、犯罪者の気分だ。

俺、何も悪いことしてないはずなのに、とにかく色々と謝罪したい。

上月さんの唇と俺のタラコがひっついた図を想像したら、なんというかもう、犯罪的な何かだ。誰かに見られたらお巡りさんを呼ばれる。間違いない。

というか、なんであんなことになったんだ!?

俺がイケメンならまだ分かる。だが、俺は自他共に認めるキモメンだ。

公園を散歩していたら、子連れマダムがさっと女児を俺から遠ざけるレベルのキモメンだ。

容姿のせいで性格も捻くれ、おまけにオタク。女に好かれる要素が微塵もない。

それを自覚しているからこそ、俺は生涯をオタク道に費やそうと決心していたというのに……。


上月玲奈。彼女はいったい何者なんだ!?

少しの躊躇もなく俺のタラコにマウストゥーマウスできるなんて、正気じゃねえ。

いったい何を企んでいるのか、想像もつかないのが余計に恐ろしい。


脳裏に過ったのは、高校時代、罰ゲームとして俺に告白してきた少女だった。

俺が告白に舞い上がって頷くと、涙を流して逃げ出した。トラウマの一つである。

あの瞬間から、俺は女を信じないと決めたのだ。

俺を好きになる女なんている筈ない。

上月さんも裏があるに違いない。


俺は自分にそう言い聞かせてから、上月さんの様子を思い出した。

裏があるに決まっている。絶対に裏があるはずなんだけど、上月さんが俺を見る目は熱っぽく、そこに嫌悪感は微塵も見つけられなかった。

まるで、本当に俺に恋をしているような表情だったのだ。


もし、万が一、これがなんの罠でもなく、本当に上月さんが俺を好きだったら…………。


いや、ないない。ありえない。

そもそも、惚れた理由がひと目惚れだぞ!?

この崩壊した顔面と、たるみきって脂肪だらけの身体のどこに惚れる要素があるというのか。

なにか別の思惑があるに違いない。


だとしたら、上月さんは演技派だ。大女優の素質がある。

俺の容姿にまったくの嫌悪感を見せず、タラコにキスできる鋼メンタルの持ち主で、おまけに美少女。

なんだかとても怖い。美人局だったらどうしよう。

明日登校したら、俺の女に手ぇだしてんじゃねえよ!とかいって、怖い人が出てこないだろうな。

いくら払えば許してくれるだろうか。今月お金無いんですけど。

あ、でも、上月さんがキスしてくれるなら1万くらい払っても良いような気が……って、何考えてんだ。

売春よくない。ダメ、絶対。


「とにかく、なんか怖いから、避けよう」


君子危うきに近寄らず。一晩悩んだ俺が出した結論は、情けないことに逃げの一手だった。






翌日、俺がびくびくしながら登校すると、校門に上月さんが居た。

偶然居合わせたとかじゃない。明らかに人待ち顔で、校門にもたれかかって周囲を見回しているのだ。

ひどく嫌な予感がする。

よし、今日は裏門から入ろう、そうしよう。

俺がクルリと背を向けた瞬間、背中に弾んだ声が突き刺さった。


「雅人くん!」


振り返らなくても分かる。少し甘さを含んだソプラノボイスは上月さんのものだ。

やはりという気持ちと、なぜ俺に声をかける!?という疑問が入り混じる。

こうもはっきり名前を呼ばれてしまって、無視して逃げ出せるほど、俺はメンタルが強くない。

おそるおそる振り返ると、上月さんが輝く笑顔でこちらに向かって走り寄ってきていた。


「おはようございます、雅人くん」


軽く息を切らしながら、うっすらと頬を桃色に染めて挨拶をされる。可愛いなおい。

というか、なんで朝から待ち伏せなんだよ!


「上月さんはその、何してるの?」

「雅人くんを待っていました」

「それは、なんとなく分かったけど。でも、なんで?」


俺を見るなり駆けだしてきたのだから、待っていたのはなんとなくわかる。でも、その理由が分からない。

とりあえず、美人局を警戒して周囲を見回してみる。

いまのところ、怪しい怖い男の姿はない。

怪しい男の姿はないが、ギャラリーが沢山いる。

学内で美少女と有名な上月さんが、俺のようなキモデブを待っていたのだ。何事かと気になるのだろう。

気持ちは分かるがあんまり見るな。何事なのかは俺が知りたい。


俺の問いかけに、上月さんは恥ずかしそうに頬を染めた。


「その、少しでも早く雅人くんにお会いしたくて……」


くそ、可愛いなオイ! 平常心、平常心、平常心。

そんなに俺に会いたかったのか……なんて、お花畑な思考はしないぞ!

誰が好き好んで俺に会いたがるものか。騙されるな。クールになれ。


「それに、謝りたかったんです。昨日、雅人くんは走って帰ってしまったので、もしかして、気持ち悪かったんじゃないかなって」


上月さんの言葉の意味が理解できず、俺は少し考える。


「つまり、走り去る俺の姿が気持ち悪くて、その苦情を言うために俺を待っていたと?」

「違います、どうしてそうなるんですか! そうじゃなくて、その、私が無理にキスなんてしたから、雅人くんが怒って逃げちゃったんじゃないかって思って!」


上月さんの反論の声に、周囲から悲鳴のようなどよめきの声が上がる。


「っ、上月さん、ストップ、ストップ!」


上月さんの言葉はギャラリーにもばっちりと聞こえてしまったらしい。

キスってなんだ!? どういうことだ!? という声が耳に届く。

俺は頭を抱えたくなった。このままじゃヤバい。俺に突き刺さる周囲の視線がヤバい。

このままこの場所で会話するのは不味い。


「上月さん、とりあえずこっち!」


俺はむんずと上月さんの腕を掴んで、人目の無い場所まで逃げる。

どうしてこうなった。というか、昨日の工学科でのやりとりもそうだけど、上月さんには周囲の目を気にするという配慮は無いのか? ギャラリーまるっと無視ですか。

俺が上月さんの腕を離すと、上月さんはぽうっとした顔で俺を見つめた。


「強引に連れて行かれるっていうのも、イイですね」

「は?」

「いえ、なんでもありません」


上月さんは誤魔化すように咳払いをしてから、俺に向き直った。


「それで、昨日の件なんですが……どうして雅人くんが逃げ帰ってしまったのか知りたくて」

「それを聞くか?」


どうして逃げ帰ったかなんて、決まっている。

美少女にキスされるという俺の人生で起こりえる筈がない珍事に動揺して、まともな判断力が無くなったからだ。察してくれ。

俺が返答に困ってまごまごしていると、上月さんは不安そうに俺を見上げた。


「やっぱり、私が気持ち悪かったからですか?」

「どうしてそうなる!? というか、それはこっちの台詞だし!」


俺の言葉に、上月さんはきょとんとした顔をした。よく変わる豊かな表情だ。


「気持ち悪いと思うのは、上月さんの方だろ? 俺にキ、キス……なんかして」


尋ねてしまって、ちょっと後悔する。

これで、真正面から「気持ち悪かったです」なんて言われてみろ。俺の柔なメンタルはボロボロになる。

何と言われてもいいように覚悟を決めていると、上月さんは不思議そうに首を傾げた。


「どうして私が気持ち悪いと思うんですか? 私からキスしたのに」


そりゃそうだ、正論だ。自分からキスしておいて、きもち悪いと罵るなんて、理不尽にも程がある。

だけど、俺はその理不尽がまかりとおってしまうくらいのキモデブなのだ。


「そうだとしても、普通、嫌だろう。俺みたいなの……」


俺がそう吐き捨てると、上月さんは大きく息を吐きだしてから、むっとした顔をする。


「雅人くん、昨日の私の言葉、ちゃんと聞いてなかったんですね? 私、言ったはずですよ? 雅人くんは素敵な人です。格好良いです。気持ち悪いなんて思うわけありません」

「あ……う……」


とうてい自分に向けられていると思えない褒め言葉を受けて、俺は言葉に詰まる。

格好良いも、素敵も、俺とは程遠い言葉だ。

そうだというのに、上月さんはとても嘘をついているような顔に見えないのが困る。


「上月さんはの感性はおかしい」

「そうかもしれません。でも、嘘で言っているわけじゃあ無いんですよ?」

「……信じられない」

「昨日は、キスしたら信じてくれるって言いました」


上月さんに言われて、俺の頬が引きつった。

確かに言ったが、それは、この顔にキスなんてできる女はいないと思ったから言えたのだ。

その言い方だと、まるで俺がキスを催促したようではないか。


「どうしても信じられないって言うなら、もう一度キスしましょうか?」

「っな……!?」


挑発するような笑みを浮かべて、上月さんは俺との距離を一歩詰める。

俺は思わず飛び上がって、10歩ほど後ろに下がった。

頭にカッと血が上って、心臓が煩いほど音を立てている。

上月さんは不満そうな顔をした。


「そんなに逃げなくても良いじゃないですか!」

「たたたたた、性質の悪い冗談はやめてくれ! キモデブはからかってはいけないと教わらなかったのか!? 惚れてしまったらどうする気だ!」

「からかってもいませんし、惚れてもらえるなら大歓迎なんですけど」

「なっ…………」


軽く頬を染めながら言われた言葉に思考が停止する。

惚れてもいいって、いや、ダメだろう。

こんな美少女に惚れるとか、不毛過ぎるだろ……って、あれ? 両想いならいいのか?

いやいやいやいや、落ちつけ俺。両想いとか無いから! おかしから!

血が上って冷静になれない頭で、俺はとにかく否定する。

これは何かの間違いだと言い聞かせていなければ、このままとんでもないところに流されて、戻ってこれなくなりそうだった。


「私、雅人くんが好きです。雅人くんは、私じゃあ駄目ですか?」


俺が必死で逃げようとしているのに、上月さんはジリジリと俺を追い詰める。


「……上月さんは、誰かに洗脳でもされたんですか?」

「洗脳なんてされてません。私の意志です」

「これで俺が頷いたら、物陰から怖い男が出てくるんだろう」

「出てきませんよ。怖い男って誰ですかそれ」


じわりじわりと追いつめられて、逃げ場がなくなっていくようだ。

本当に、本気……なのだろうか。

いやいやでも、しかし。ありえない。だけど。

もしかすると、本当に、マジなのか?

上月玲奈が、俺に惚れるなどという事態が、現実に起こっているというのか?


「雅人くん。私と、つきあってもらえませんか?」


上月さんの目を見つめる。

熱のこもった真剣な目だ。とても人を騙そうとしている目には見えない。

赤くなった頬も、うっすらと熱でうるんだような瞳も、正直、めちゃくちゃタイプだ。

こんな美少女とお付き合いできたら、人生が変わるような気がする。


鼓動が速い。耳の奥で血が流れている音まで聞こえそうだ。

頷いてもいいのだろうか。

俺が、上月さんと付き合ってもいいのだろうか。


口を開こうとした瞬間、高校の時の記憶がフラッシュバックした。

校舎裏に呼び出され、俺が告白に頷くと、とたんに泣きだしてしまった少女。

そして、隠れるように茂みから出てきたクラスメイト達。


『ダッセー、本気にしてやんの!馬鹿じゃねぇ?』

『罰ゲームとはいえ、よくコレに告白できたなあ! 尊敬するわ!』


耳障りな気持ちの悪い声。耳に木霊する嘲笑と、心がどす黒く塗りつぶされるような絶望。

気持ちが悪い。吐き気がする。

あんなのは、もう二度とごめんだ。

上月さんがあの時の子と同じではないとしても、騙す目的が無いのだとしても、やっぱり俺には無理だ。

期待して、受け入れて、裏切られたら?

……冗談じゃない。

俺は、恋愛なんてしない。一生しない。独りでいい。


俺は大きく息を吸い込んで、分厚い唇をきつく噛んだ。


「悪いけど、俺、彼女とか要らないから」


突き放すような冷たい声が出た。

学内一の美少女を、学内一のキモメンがフる。

マジでありえねぇ。どうしてこうなった?

だけど、これで良いんだ。

そもそも、俺と上月さんとだなんて、釣り合うはずが無いし。これで良い。問題無い。

―――だけど。


「…………そう、ですか」


上月さんが泣きそうな顔をしていた。

それだけで、胸が潰れそうなほどの罪悪感に苛まれる。

ど、どうしたらいいんだ?

というか、もっと他に上手い言いかたがあったんじゃないか?


「その……ご、ごめん」


謝るのもなんか変だと思ったけれど、思わず謝罪が口から零れた。

こういう時はどうすればいいんだよ! 己のコミュ力の低さが嫌になる。


「雅人くんが謝ることじゃないです。その、私が雅人くんの好みじゃなかっただけのことですし」

「いや、それはない」

「え?」


思わず本音を零してしまうと、上月さんはきょとんとした顔をした。

誰が好みじゃないと言った。というか、顔はめちゃくちゃ好みだっての。


「上月さんに問題があるわけじゃないんだ。その、これは、俺の問題だから」


女性不信。いや、人間不信に近いかもしれない。

信用できる奴もいるけど、基本的に他人は信用できない。顔のイイやつは得にだ。

だから、これで良い。

上月さんだって、今は気の迷いで俺に告白なんかしているだけだ。

きっとすぐに他に好きな人が出来て、俺のことなんて忘れるに違いない。


「それじゃあ。……その、ごめん」


最後にもう一度だけ謝罪して、俺はできるだけ上月さんの顔を見ないようにして、その場から立ち去った。


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