レン、銃声を聴く。
治安維持隊は表立って行動できない。どれだけ人を助けても、この国の治安を守っても、命を落としても、誰からも知られることなく仕事をこなして死んでいく。警察や公安で何かしら失態をおかしたり、人事で左遷されたりした人間が大概はこの職につく。
だが、『キラー』という職は少しばかり特殊だった。普通の人間がこの地位につくことはなかった、つまり『キラー』は逸脱した生き物であるということだ。多くが古代から民族の血を受け継ぐ者。その多くは民族的差別を受け、普通の人間と呼ばれる部類の生き物は昔からそれら民族を豚のように扱ってきた。
「早く!早く、その野蛮人を殺せ!この、いいか、飼い主のいうことは絶対だ!」
よく肥えたお偉いさんが顔に汗をびっしりかいている。怯えた目の先には先日摘発した麻薬売人の残党が六人、各々武器を持ってよだれを垂らしている。
無造作に伸びた髪をワックスでかきあげてかためているが、一房ほど取りこぼした前髪を眉間に垂らし、ワインレッドの瞳をした男、レンは両者を睨む。右には雇い主である偉い人、左には残党がみえる位置に立っていた。
「すまねぇ!『マスター』がくるまで待ってくれねぇか?俺ぁ書類の処理が苦手なんだよ!」
「はっ、そう簡単に言うこと聞いてりゃこういうことにはなんねえんだ!」
残党の一人が助走をつけて、手に持っていたバッドをレンの頭上で振り上げた。レンは右足の踵に力を入れてそれを軸にスッと後ろに身を引く。残党はバッドを空振った。その刹那、レンは左膝を相手の肋骨に勢いよくお見舞いする。膝頭に何かが当たり、ドグッと鈍い音が鳴った。
「があっ……、!」
「じっとしてろっつうのがわっかんねぇのかよ……」
相手はその場に倒れ、レンはバッドを持っている手の甲を革靴の踵でグリグリと踏んだ。両側からは息をのむ声、下からは小さな悲鳴が聞こえる。
(昔から、そうだ)
レンは中学生の時の血液検査により、「狩猟民族狼科」と診断された。その時から彼の人生は大きく変わる。それまで仲良くしていた友達が離れていき、家は近所から孤立するようになった。それまで両親が定期検診を受けなかったこと、産まれた時の血液検査を受けなかったことがレンの中ですべて繋がった。治安維持隊を就職先として選んだのは、自分の居場所を作るためだった。両親は蒸発し、今は治安維持隊所有の宿舎に寝泊りしている。
(昔っから、この目は、変わんねぇや)
レンが目を細めた時、突然レンの背後にある扉が開き、二人の足音が聞こえた。そしてレンの両側の斜め後ろで立ち止まり、両者銃を構えた。
「こちらは治安維持隊です。おとなしく武器を捨てて手を挙げてください」
右耳に女にしては低く、男にしては高い中性的な声が響く。残党は次々を武器を床に落とす。それをみた雇い主を名乗る男が余裕をみせる笑みをにたりと浮かべ、鼻で嘲笑った。
「ふん、所詮野蛮人だな……、私の力には到底及ばぬ!野蛮人には野蛮人が一番だ!」
レンがギロリとそちらを睨むと既に左後ろからの気配は消えており、男の笑いは悲鳴へと変わった。艶やかで短い黒髪の青年、アイが死神のような深く赤い目で男の額に銃を構えていた。そして、死刑判決でも下すような声色で囁いた。
「これ以上『マスター』を侮辱しないで頂きたい……」
「アイちゃん、銃をおろしなさい、今回の任務はまだ終わっていません」
レンに右にたつ『マスター』がアイを優しい声で制御する。アイは小さく頷き、ゆっくりと銃を下ろした。レンは『マスター』の方に身体を向けた。緑が混じった茶色い髪が揺れ、澄んだライムの瞳が安堵の表情をみせる。
「ごめんなさい」
『マスター』、渚は銃の引き金を引いた。
「定期検診の結果?」
「うん、すごく興味深いよ!実はね、僕、自由研究で血液について研究したことがあってね」
「……あっそ」
レンは興奮気味に話す渚にそっけない返事をした。渚はそのことすら気にならない様子で話を続ける。
「アイちゃんは電子民族人科だってね!これは昆虫科と二つに分類されるんだけど、電子学について特に長けているらしくて、それで」
「マスター、やめてください」
「ああごめんアイちゃん、でもすごいよ!なんでアイちゃんはこんなとこに入ったの?君なら大学教授、はたまた研究者なんて夢じゃないのに!」
「……、そうですね」
民族差別も様々だ。数の多い順で並べると、一般民族、狩猟民族、電子民族、知能民族、稀少民族の五つに分けられ、その民族ごとにまた細かく分類されている。一般民族がピラミッドの頂点と言える血液分類だ、生きることに何一つ困らない、所謂『特民』ではない民族だ。アイは電子民族人科であり、電子関連の能力に長けている。
「ではマスター、質問がございます」
「ん?なんだい?」
「何故マスターはこのお仕事に就かれたのですか」
アイは瞳を真っ直ぐ見据えて言う。渚は首を少しばかりひねって答えた。
「んーそうだね、僕は一般民族アジア科だし、無理もないかな」
「元公安だろ?エリートコースじゃねぇか」
「僕の場合は簡単なことだよ、僕は左遷。完全な左遷さ」
渚はコーヒーポットを傾けてお気に入りのマグカップにあったかいコーヒーを注ぐ。
「僕がカラーコンタクト入れて、髪も染めてる理由は知ってるよね?」
「はい、民族差別をなくす運動ですよね?」
「うん、それを公安のみんなに知られちゃって、ほらー組織改革?したかったんだけど、失敗して今ここにいるよ」
しかし渚は笑顔で続けた。
「僕はここが合ってる。ここからまた、組織改革をしていけばいいだけさ、今はだって、アイもレンもいるんだもん」
その言葉にレンとアイは赤面し、アイは黙りこんで俯いてしまい、レンは熱々のココアを一気に飲み干した。




