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ケン、叱られる。


「何やってんだよお前は……!」

「す、すみません!」

「ったくいっつも面倒ばっか起こしやがって……!俺がどれだけ頭下げりゃいいんだよ!」


ケンは、サキと一緒に行った大きなビルの五階、エレベーターを降りて扉三つ分奥の部屋の前で早朝から叱られていた。扉についたプレートには『第一班』と書かれ、両縁が紫で塗られている。その扉の前に仁王立ちし、ケンを叱咤している男は四十に近いおじさんで濃い目の紫のネクタイをしている。スーツは皺だらけだ。彼は短い天然パーマの頭をがしがしとかき、舌打ちをした。ケンは勢いよく下げた頭をあげる。


「テツさん、あの、これには事情があってですね!」


ケンは今にも暴動を起こしそうな彼を宥めるように両手をひらひらと動かす。しかしテツが腹を立てている理由はケンだけにとどまらなかった。


「ケン、腹減った」

「サキ!」


そう、サキだ。

正しくは、治安維持隊の許可なしに誓いをたたせてサキをメンバーに入れてしまったことにテツは怒っている。治安維持隊に入るにはちゃんと手順を踏まなければならないのだが、ケンはサキを救いたい一心ですべてを無視した。当の本人、サキは悠長にケンの後ろであくびをかました。テツは深く長いため息をつく。ケンはまた勢いよく頭を下げた。


「すみません!僕の成績に免じて許してもらえないでしょうか……」

「てめえ……それ出されると俺が引くしかねえじゃねえかよ!お前分かって使ってるだろ!」

「はい!」

「お前変なとこで性格悪いよな、ったくよお……」


テツは悔しそうに顔をしかめる。

ケンの成績は常に上位で、担当区分地域は今年も治安維持隊モデル都市に選ばれた。警察も道を聞かれる程しか活躍しないのんびりとした平和な都市となり、麻薬密売人が蔓延る街が今や観光と農業を中心に栄える街へと生まれ変わった。ケンはもうその街を担当していないが、悪い噂はまだ立たない。成績上位者はこの成績を言い訳にして、少しばかり上に物言うことができる。謂わば権利の濫用である。

テツは後ろを向き、扉を開けた。ギギギ、と油分が足りない音がする。


「まあ中入れ、詳しく聞いてやっから」

「ありがとうございます!ほら、サキ」

「……うん」


ケンはサキの方を向き、安心させるような微笑みをみせた。サキは居心地が悪そうに身体を揺らし、ぎこちなくケンの手を握った。テツはそれをみて態度の違いに驚いたのか、鷲が手榴弾を投げつけられたような顔をした。サキも何故ケンが怒られているのか理解したようで、それに自分が関与しているとなるとだんだん悠長にしていられなくなったのだ。ケンはサキの手を引いて、テツの後ろをついていく。中はどこにでもあるようなオフィスだ。入口から続く通路の両脇に資料が積んである机が並び、中途半端な仕切りがしてある。部屋中に電話のコール音とキーボードを叩く音が響いている。テツは直進し、突き当たりにあるガラス張りの応接室のドアを開いた。高そうな机とソファがある。ケンはサキに座るように促した。サキは手を離し、茶色いソファに腰掛ける。ケンがその隣に座ると、ぎしっと音がして二人の腰が沈んだ。テツは向かいのソファにどかっと座り、ネクタイを緩める。腕組みをして足を広げ、ソファに凭れる。


「サキ、だったか?あー、お前さん個人情報は」

「僕が全て調べてまとめたものがこちらになります」


ケンは持っていた黒いショルダーバッグから水色のクリアファイルを取り出す。中には二十枚のA4用紙が入っていた。ケンが昨日徹夜して調べ上げた個人情報の束だ。テツは舌打ちをしてそれを受け取った。

治安維持隊はこういった特殊なケースに限り、情報機関へのアクセスができる。それも限られた人のみで、ケンは権利の濫用である。

テツさんは資料をハラハラと一枚ずつ目を通し始めた。サキは拳を膝にのせ、ぎゅっと握りしめている。彼も緊張してるんだ、ケンは少し微笑ましくなった。どれだけ喧嘩が強く、夢への気持ちが熱くても、所詮は十九歳の少年なのだ。テツは資料を机に置き、唸った。


「……上には俺が通しておく」

「あ、ありがとうございます!」

「どうなるかは保証しねえぞ」


ケンは立ち上がってお辞儀をした。サキも遅れてケンの真似をする。テツはまた舌打ちをして、にやっと笑った。


「サキ、腹減ってんのか」

「え?」

「さっき言ってたじゃねえか」

「ああ、……」


サキはきょとんとしたが、すぐに思い出して頷く。ケンはまたテツに尊敬の気持ちを抱いた。この人は本当に人をよく見ている、ケンは嬉しくて笑った。


「しゃあねえなあ、よし……今から飯いくぞ」


テツの口角がみるみる上がり、頬に皺が寄る。同時にサキの腹の虫が鳴いた。サキとケンは顔を見合わせて笑う。テツもそれをみて、乾いた声で大きく笑った。

今日はうんとおねだりして、いいものを食べさせてもらおう。ケンは心の中でそう決意するのだった。


その決意虚しく、食事はいつものカレー屋だった。


「ニッタ、アキラ?」


サキはメロンソーダを飲み干したあと、一息おいて復唱した。テツはカツカレーを食べる手を止めない。ケンは焼きカレーにふうっと息を吹きかけて口に含んだ。まだ熱かったのか、口内に空気を入れようとはふはふ口と肺を動かす。


「おい、自分を捨てるんじゃなかったのかよ!」

「まあ、聴け」


テツはスプーンをサキに向け、そしてサキのカレーの皿をコツコツと叩いた。サキはそれをみて、渋りながらも自分のカレーの上で卵を割った。スプーンでカレーに乗った生卵の黄身を割る。トロっとした黄色がカレーに被さり、サキは無意識に唾液を口内に溜めた。素早く混ぜて、ぱくりとそれを食べた。ここのカレー屋はテツのお気に入りで、よくケンも食べに来る。サキも気に入ったようだが、顔は不満げだ。


「自分を捨てるのは『キラー』と呼ばれるご身分だけだ。俺ら『マスター』はその必要はねえんだよ」


『キラー』を言い換えると『殺し屋』、つまりケンやサキを指す。彼らは『マスター』と呼ばれる治安維持隊班長の指示に従いターゲットを粛清、処分する。ケンの『マスター』は、この場合治安維持隊第一班班長のテツとなる。


「俺は『テツ』って名前で昔『キラー』をやっててな、引退してこの職についたとき名前だけ返してもらったって訳だ」

「名前、だけ……」


テツは、昔はかなり腕がたつ『キラー』だった。銃の名手で今でもたまにケンに銃の指導をしている。

ケンはカリカリとした焦げたカレーをスプーンでかき集め、口に含んだ。


「ニッタアキラは本名だが、まあ、すきに呼べ!」

「どういう漢字かくの?」


テツはサキの質問を受け、胸ポケットから名刺を取り出した。背景に『PPC』と薄い青色で印刷された専用の用紙に、黒インクで【新田 徹】と大きく書かれている。名前の上には肩書きである、【治安維持隊第一班班長】と書かれていた。テツはその名刺を裏返し、ボールペンを取り出して走らせた。そして終えてサキに名刺を渡す。サキは受け取ってすぐに裏返した。テツはまたカレーを頬張った。


「緊急時の連絡は一番上の電話番号、本部に繋がってる。下のは俺んだ、何かあればよこせ」


手短に説明をすませたテツはにいっと頬に皺を寄せて水を飲んだ。ケンは空になった皿にスプーンを置く。サキはポケットに名刺を入れる。二人が食べ終えているのをみて、急いで残りのカレーをかきこんだ。口の周りにルーをいっぱいつけながらも、なんとか食べ終えたサキは両手を勢いよく打ち合わせる。


「ごちそうさま!」


サキは大きな声で言った。ケンは笑って水を吹き出しそうになった。




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