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夏のはじまり

 僕は後方で立ち尽くし、見ていることしか出来なかった、その力場に入り込めばたちまち木っ端微塵になってしまう。

 イザナキは軽快な動きで左右に飛び振り降ろされる鎌を避けていた。地面に深く突き刺さったそれは次の攻撃までにかなりの隙が有り、もう片方の鎌に注意しながら向かって左の足の付け根、同じ場所を一撃離脱を繰り返しながら何度も切りつけていた。

 それは一見すると単調な作業のように繰り返し繰り返し行われていた。"敵"は学習や知能はなく、ただ定められた目標に向かって鎌を振り下ろすだけの機械に思える。しかし恐ろしく大きい、それだけで恐怖に値した。

 変化は唐突に訪れた、同じように振り下ろされたと思われた巨大な鎌は地面に刺さることはなくそのままの勢いを残して左右のなぎ払いへと変わっる。イザナキは見越していたように懐に入り込みその二つの左右から来る質量をやり過ごすと三度左足に大剣を叩き込み今度は疾駆して距離を取った。

 あてが外れた鎌は糸が切れた振り子の様に周りにまだ残っていた建物にめり込み粉塵や無数の瓦礫が宙を舞う。「危ない!」そう叫んだときにはもう遅かった。彼は振り返る、はじめて僕がここに立っていることに気づいたようだった。見開かれた目、透き通って何者も見ていないような透明な瞳だった。そして煙の中に消えていった。

 地鳴りが続いた、イザナキの持っていた剣が僕の足元まで滑ってきた。煙の中を蜃気楼のように黒い巨大な影が近づいてくる。あの声が、死の声が僕を縛って動けないでいた。煙がだいぶ晴れて彼ノ――異形の者が近づいてきたことでより巨大さがわかった。遠かったのでさっきまでは見えなかったが、三角の檻状の物の中に顔らしきものが見える。目は認識できないが口ははっきりとわかった。白い歯が見えた、息使いが伝わってくる。彼ノ者”敵”は笑っていた。

 音も、感覚も何も感じないのに視覚だけは世界が静止しているかのごとく全てをはっきりと認識していた。体は動かない。釘付けにされ動けないでいる。

「イザナキ!」サラの声。

 その言葉で金縛りが解けて体を奮い立たせた、呼吸すら出来ないでいた口を開け声にならない咆哮をあげた。僕は剣を右手で握った。サラは横たわって動かないイザナキに駆け寄っていた。

 その直後地面が激しくゆれ、周りがまた音は消えた、視界はゆっくりと動いているように感じられた。

 僕の右肩はなくなっていた。

 その事実を深く考える時間を彼ノ――異形の者はくれない。今度は左手でその大剣を掴み、左に転げて、寸でのところで斬撃をかわす。重い、剣が重い、夢では綿のように軽く自由だったのに。

 夢にみたこの大剣の現実はあまりにも空虚だった、力も湧かない、希望もない。失うものを無くして、最初から手に入らないものを残して。

 「サラ」彼女は女神に変わって僕を助けてはくれない。

 彼女は彼に寄り添い涙を流していた。そんな光景は見たくない。そんなんじゃないはずだ。状況は開始されているのに、こんな時に僕は空を見上げ空気を吸い込む、遠くの月がまだ夜じゃないのに輝いて見えた。片手では重く持ち上げるのが精一杯だった、何とか左肩に乗せて敵に向かって動く。

 次弾、振り下ろされる強力な鎌状の鈍器は前に滑り込みかわした。こいつは体が大きいからそんなに速く動けない。剣を肩から振り上げて重力に任せてイザナキが攻撃を集中していた脚部に振り下ろす。脚部の異形な、一見すると陶器のように滑らかな外角は崩れ露出した間接部分にめり込ませる。ただの鉄の塊だったその大剣はたしかに役割を果たして”敵”は倒れた。

液体がその傷口から溢れ出て僕はそれを浴びた、生暖かく不思議と心地良かった。

 剣を引き抜く、”敵”の手が迫る。仰向けに倒れて良く見えないのか僕が容易にかいくぐることが出来た。次は股関節の部分に剣を差し込みその反動で敵の体に飛び乗る。短い咆哮が聞こえた。異形の者も痛みを感じるのか、頭を目指して移動する、先程までいた場所は手で覆われていた。少し遅かったら潰されていたかもしれない。胸のあたりまで来た時、敵の顔が持ち上がった、口が少し開かれて荒い息が僕にかかる。それは相変わらず笑っているように見えた。

 剣を逆手で持ち思いっきり胸の端から飛んで喉元に全体重をかけて突き立てた。

 僕はすぐに振り飛ばされて地面に激突した。”敵”の悶えながら響く唸り声、悲しくとも怒りとも、どちらにも聞こえたその声が僕をやさしく包む。

 彼ノ者の手は僕ではなくイザナキとそれを支えるサラめがけて伸ばされた。その手は届くことなく止まった。

 僕の手と一緒だ、暖かくも届かない、希望も、意思も、絶望さへも。

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